科学的批判精神を持つ人間だけが真実を見極められる。

 ロス・モンゴメリ『ハレー彗星の館の殺人』(村山美雪訳/角川文庫)は一九一〇年五月のイギリスを舞台にした歴史ミステリーだ。

 日付が重要になる。この年の五月六日にはエドワード七世が急逝した。わずか10年ほどの短い在位期間である。跡を継いだのは次男のジョージ五世だ。社会に動揺をもたらすにはそれだけでも十分だが、さらなる事態が加わっていた。ハレー彗星が地球に接近し、長い尾を引く姿を凶兆と見なす者たちを恐慌状態に陥れていたのである。彗星の尾には青酸ガスが含まれていて人類は全員窒息死するとの説を唱える者もいた。

 舞台はコーンウォール地方の潮汐島(タイダルアイランド)に建つ、タイズ館である。ここに紹介状を持ったスティーブン・パイクという少年がやってくることから物語は始まる。スティーブンはある理由で少年院に送られ、そこを出たばかりである。かつて従僕として働いていた時期があると説明し、なんとか館に雇い入れてもらうことに成功した。

 その五月十八日には、ハレー彗星が地球に最接近することが観測されていた。

タイズ館の主であるコンラッド・ストッキンガム-ウェルト卿は、ハレー彗星によって世界が滅亡すると言い立ててきた人物である。コンラッドは館を完全に封鎖して彗星の接近によって起きる高潮や毒ガスの脅威から身を護るのだと宣言する。だがその晩に殺人事件が起きてしまうのである。外部に対して閉ざされた館の中で、さらに密室的状況が成立している部屋の中から死体が発見される。当然だが、容疑者は限定されるだろう。

 不運なことに、スティーブンも嫌疑をかけられてしまう。スコットランド・ヤードからやってきたジャーヴィス警部は骨相学の信奉者で、それによって犯罪者は特定できると考えている。今となっては疑似科学であると断言できるが、まだ否定されていなかった時代だ。ただ、ジャーヴィスは骨相学の一件を措いたとしても香ばしい人物で、憶測で犯人を決めつけるばかりか、逮捕をちらつかせて関係者を脅すようなことも平気でする。ここまでトンチキな警察官が描かれるのは近頃珍しく、却って新鮮でさえある。

 ジャーヴィス警部のせいで危うい状況に追い込まれたスティーブンは、デシマ・ストッキンガムと組んで行動することになる。このコンビが本作の探偵役である。

 七十九歳のデシマは、コンラッドの叔母である。父を介護するためタイズ館に引き籠り、未婚のままほぼ社会と接触をもたずにこの年齢まで来たが、知識豊富で聡明な頭脳の持ち主であり女性でなければ科学者として名を成したであろう人物だ。当時の女性に対する社会的な差別の犠牲者だとも言える。デシマは毒舌家で、コンラッドをはじめとする一族の者に対して辛辣な言葉をぶつけるために、タイズ館では腫物に触るような扱いを受けている。

 五月十八日の午後にスティーブンはこのデシマに呼びつけられ、おっかなびっくり居室へと向かった。そこで彼が雇われた第一の理由が、外出して彗星観測をしたいデシマを手伝うためだと明かされるのである。彼女は下半身が不自由なので、車椅子を使わないと動けないのだ。青酸ガスの脅威を避けるためコンラッドに外出は禁じられているわけだが、デシマはスティーブンにこう言う。

「ええ、彗星の尻尾にはたしかに青酸ガスがある。ただし、そのせいでわたしたちが死ぬというのは誤りね。青酸ガスはとても希薄だから、ゾウが蜘蛛の巣を踏みつけて通りすぎるみたいに、わたしたちの大気もそれを通り抜けてしまう。世界じゅうの科学者団体が何ヵ月もまえからそう言いつづけているのに、それに異を唱える人たちの意見だけがこの国ではどの新聞の一面でも伝えられている。

それも何か驚かせることを書かなければいけないという理由だけで[......]」

 公共の場ではこうした科学的な思考こそが重要であるはずなのに、顧みない人々はいる。政治家の中にもオカルト的思考を持つ人がいて、ジャーナリズムまでが思考停止してその言説を垂れ流すという事態は21世紀の現在においてもしばしば見られることだ。現代人はハレー彗星に踊った前世紀の人々を笑えない。

 このデシマが、館で起きた殺人事件を推理する。スティーブンはワトスン役、というよりは動けないデシマに代わって行動する担当なので、ネロ・ウルフにとってのアーチー・グッドウィンとでも言うべきか。単に情報伝達するだけの使い走りではなく、スティーブン自身も推理をし、真相に向かって進んでいく。二人はいいコンビなのだ。ただしデシマは頭が明晰すぎて、他人を慮らずに発言してしまうこともある。初めは相手が雇い主であるために怯え、遠慮していたスティーブンだが、次第に反論もするようになっていく。二人の間には階級や性別、年齢を超えて友情が育まれるのだ。

 ジャーヴィス警部に容疑者扱いされたり、タイズ館の中では新米であるために立場が弱かったりといった事情でスティーブンの行動が制約を受けることが、物語にスリルを醸し出している。デシマが居室から動けないという設定も、二人の連携がうまくいかない状況を作り出すのに効果を上げている。

よく考えられた人物配置だと思う。

 ミステリーとしての美点は、手がかり提示が丁寧に行われることだ。前述したように第一の殺人は密室的状況で行われるのだが、そこで犯人が弄した工作は注意深く読めば痕跡がわかるように書かれている。犯人がやったことのすべてが合理的なわけではないのだが、一九一〇年という時代設定を考えれば許容範囲だろう。最後にわかる真相は意外に入り組んだものなのだが、読者を混乱させないように段階を踏んで推理が行われる。何度も驚きが訪れるわけである。だから読み終えたときに大きな満足感がある。上出来だ。

 モンゴメリはもともと児童文学の書き手で、『ハレー彗星の館の殺人』が初めての一般向け小説なのだという。スティーブンが少年の主人公なのは、そうした背景があるためか。本国では好評で迎えられ、続刊も予定されているようだ。毒舌デシマとそれに負けないスティーブンの活躍、今後が楽しみである。

(杉江松恋)

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