世界幻想文学大賞とヒューゴー賞を受賞し、アメリカ探偵作家クラブ賞の最終候補にもなった話題作。

 早川書房のサイトで「『進撃の巨人』風異世界の本格派ミステリ」との煽り文句があったので、ふふっ、そうやってすぐヒット作にあやかろうとする......と思ったのだが、実際に本を手に取りページを開くと、物語の舞台である神聖カナム大帝国の地図が載っていて、それを見ればもう納得するしかない。

同心円状に三重の防壁がめぐらされているのだ(中心にあるのが帝国聖所)。さらに最外縁は海に面しており、そこにもうひとつ「臨海防壁」が設けられている。ただ、これは内陸部の三重防壁に比べると長さは短く、「東の海」と呼ばれる海域に面した区域だけを防衛するようになっている。つまり、ここが第一の防衛ラインというわけだ。何からの防衛かというと、巨獣リヴァイアサンである。

 雨季が訪れると東の海にリヴァイアサンが姿をあらわし、一体また一体と海岸に迫る。リヴァイアサンは個体ごとに、色も骨格も脚の数も違い、なかには腹部に顔を備えているものもある。この顔はどうやら偶発的な発生物のようだ。

 海から来るモンスターの常として、彼らは上陸すればまっしぐらに人間社会の中心をめざす。この作品の場合は帝国聖所だ。それを阻むために防壁が築かれた。ここしばらくは、どうにか臨海防壁で食いとめているが(壁が破壊され軍団員の犠牲も出るものの)、リヴァイアサンは年々巨大化しており、いつまで持つかわからない。

 神聖カナム大帝国を特徴づける要素が、リヴァイアサンとの闘いのほかにもうひとつ。それは高度な生体改変技術だ。動植物を改変させ、産業や生活に役立てている。それどころか、脳を含めた人体までも積極的に作り変え、特別な能力を有する専門職(というよりも超人種)まで生みだしていた。すべてを記憶する記銘師、複雑な計算をこなす数理師、筋肉を増強した怪力師などだ。つまり、この作品は世界観こそ中世的ファンタジイだが、テーマ的にはポストヒューマンSFでもある。

 そして、作品の興趣としてもっとも重要なのが、ミステリとしての起伏に富んだ展開だ。

 臨海防壁と第三環状防壁のあいだにある州のひとつ、カミス州にある町ダレタナ(神聖カナム大帝国のなかでは辺境地)にある、ハザ家の屋敷で起こった不可解な死から、物語ははじまる。亡くなったのは、技術省のブラス司令官。身体の内部から急激に生えてきた木によって殺されたのだ。事件が発生したとき、屋敷の所有者であるハザ家の者は誰もおらず、使用人が七人いただけだった。ブラスは以前この屋敷に何度か来たことはあったようだが、事件当日はなぜ使用人しかいないところを訪ねたのか? 捜査がはじまる前から、何か隠されている雰囲気が芬々だ。

 事件捜査にあたるのは、訳ありでカミス州に赴任してきたベテラン捜査官アナゴサ・ドラブラ(階級は少佐、中年女性、呼び名はアナ)と、採用されたばかりの捜査官助手のディニオス・コル(階級は中尉、若僧、呼び名はディン)である。もっとも、天才肌で変人のアナは自分の家から一歩も出ず、現場に足を運ぶのは仕事をはじめたばかりのディンだけだ。風変わりなキャラクター造形のバディ小説である。

 ディンは記銘師として優れた才能があるが、アナに隠している重大な秘密(罪)があり、打ちあけられずにいることがずっと負い目になっている。

 いっぽう、アナは自由奔放に周囲を振りまわす。

 捜査の過程で、ディンはさまざまな危険をくぐり抜けるのだが、協力して捜査に臨んでいる、別な州の捜査官助手タジ・ミルジン(階級は大尉、一本気な中年男)から「おまえには強みがあるぞ」と言われる。ディンはピンとこないのだが、ミルジンはこうつづける。「ドラブラがおまえの面倒を見ると決めたからだ。頭はいかれてるが、少佐の保護のもとにいられることを幸運だと思え」。

 咄嗟にディンが返した言葉は、「少佐の保護のもとにいるせいで危険が迫ってるんですよ」(原文は「せいで」に傍点)。

 それを聞いたミルジンが笑う。「そりゃ、もっともだな!」

 こんなふうに、アナとディンが互いに迷惑をかけつつ、絶妙なコンビネーションを発揮していくのが楽しい。

あと、上で紹介したやりとりに出てきたミルジンが、なかなか絶妙な脇役なのだ。これからお読みになるかたは、彼が初登場するところ(124ページ、名前がわかるのは125ページ)から注目してみてください。物語が進むにつれて、味が沁みだしてきます。

 ブラスの奇怪な死からはじまった事件は、ダレタナから東、州境をまたいだ先にあるタラ州の都市タラグレイでの、十人の技官の突然死(ブラス同様に身体から生えた木に殺された)とつづく。おりしもリヴァイアサンの出現と時期が重なり、捜査は困難の度を増すばかり。また、事件の根は思わぬほど深く、神聖カナム大帝国の体制にまでかかわっていることが見えてくる。物語の終盤、何段階も底が抜けていくような展開が凄まじい。

(牧眞司)

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