映画『爆弾』で“喋りすぎる”容疑者・スズキタゴサクを怪演し、第49回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を獲得した佐藤二朗。トーク番組やコメディ作品で見せる“陽”の顔も魅力的だが、闇をまとったキャラクターを演じた時、彼の演技はまた別次元へと突入する。
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■“負”を描く創作物から見える、佐藤二朗の胸の内
白昼のファミレスで残忍な無差別大量殺人事件が発生。被害者は、客も店員も例外なく鋭利な刃物で刺されていた。警察が入手した防犯カメラの映像に残っていたのは、容疑者らしき中年男(佐藤)。しかし男が相手を刺していることは明らかなのに、大勢の警官がどんなに目を凝らしても、証拠となる凶器を握っているはずの右手の中には何も見えない。あまりにも不可解な状況に捜査本部の国枝(佐々木蔵之介)が苛立ちを募らせる中、過去の事件の資料から容疑者の正体が明かされていく。
自身が原作・脚本・主演を兼ねた映画として、念願の企画を実現させた。佐藤は「5年くらい前でしょうか。もともと誰に頼まれたわけでもなく、映画の脚本を書いて、30人くらいのプロデューサーに渡して。
見えない凶器を振りかざし、相手を次々に刺し殺していく男を主人公としつつ、誰とも、何とも接することなく生きてきた、名も無き怪物の狂気や孤独を浮き彫りにしていく物語だ。過激なテーマと特殊な世界観ゆえに、佐藤は「お蔵入りになりかけた」と吐露。「演出家の堤泰之さんはよく、“二朗くんのホンは、お客さんが笑っていると思ったら、急にパーン! と冷や水をかけられるようなところがある”と言うんです。これは僕が意識してやっていることで、“既成概念に冷や水をかけたい”という想いが、僕のなかにある」というように、本作でも平穏な日常が一瞬にして変化する恐ろしさが表現されている。
本作だけでなく、監督・脚本・出演を務めた映画『memo』や、原作・脚本を手がけ、舞台での上演から映画化もされた『はるヲうるひと』、戯曲を書き下ろした舞台『そのいのち』など、佐藤自らが生み出した物語は、いずれも負を抱えた人を描くものだ。“陽”のイメージも強い佐藤だが、創作物には彼のどのような一面が反映されているのだろうか。
佐藤は「『そのいのち』では、脳性麻痺の女性とその介護士を描き、『はるヲうるひと』では、虐げられた女郎。『memo』では、強迫性障害を抱えた女の子を描きました。
続けて「以前、水野美紀ちゃんが言っていたんだけれど、“二朗さんは、ご自身も負を抱えた側だという意識があるんじゃないか”と。僕はそんなことを思っていなかったんだけれど、そこで“確かにそうかもな”と感じて。神様はみんなに同じカードを配るわけはなくて、世の中って当たり前に理不尽ですよね。残念ながら、“逆転不可能だ”と思うような、貧困のカードしか与えられない人もたくさんいる」と思いを馳せながら、「そういった神様の気まぐれなカード配りに、人間のぬくもりや繋がりなど、口にするのは小っ恥ずかしいような綺麗事が負けてほしくないという想いがある。どの作品に取り組む時にも、そういった意識があると思います」と胸の内を明かす。
■スズキタゴサクから山田太郎へ。無口ゆえの“不穏”
一方で、これまでとはまた違ったアプローチも込められている。佐藤は「これまでは、“繋がることを諦めなかった”主人公を描いてきました。今回の山田太郎は、“繋がることを諦めた”主人公」と紹介。「主人公がちょっと前を向けることで、お客さんに希望を持ってお帰りいただくお話もいいし、“こんなことがあっては、いかん!”という物語を提示することで、何か感じてもらえる作品もあるといいなと思っていて。
劇中には“繋がることを諦めなかった”男として、佐々木蔵之介演じる刑事・国枝が登場する。いわば、本作に込めた希望となるキャラクターだ。佐藤は、「国枝役は、何としても蔵之介さんに演じてほしかった」と力強くコメント。「20代の頃に、舞台で初めて共演させていただいて。蔵之介さんが主役のマクベスで、僕は脇役。その後もドラマ『ハンドク!!!』(TBS系)や、『モンスターペアレント』(カンテレ・フジテレビ系)では対峙する役柄で共演させていただきました。ものすごく好きな俳優」と言葉に熱を宿らせ、「何としても口説き落としたかったので、プロデューサーを介して蔵之介さんに長文でラブコールを送った」と振り返る。
オファーを受けた佐々木は、佐藤について「20代の頃から、同じ演劇畑で戦ってきた同志だと思っている。思いたい。思わせてくれ」というコメントを発している。
生み出した唯一無二のキャラクターを自ら演じる上では、どのような役作りに臨んだのか。漫画版では会話を繰り広げることもある主人公を、映画では「あまり言葉を喋らない男にした」と佐藤。
「『爆弾』のスズキタゴサクは、延々と喋っている男でした。スズキタゴサクと差をつけたいという思いもあり、山田を喋らない男にするのはアリだなと。“これは言わなければいけない”と思うセリフは、長いこと人と話していないので、声帯が退化して、声が潰れているというイメージで話す。
■遠回りしてきたからこそ、今の自分がいるのかもしれない
シリアスとコメディの間を縦横無尽に行き来するなど、佐藤の役者としての存在感は増す一方。しかし「暗黒の20代」というように、これまでの道のりは険しいものでもあった。
大学を卒業する頃には「役者になりたい」という想いがありながらも、「役者として飯を食っていけるわけがない」と感じてリクルートに就職し、「1日で辞めた」という佐藤。「その後には2つの養成所に行って、2つともダメで、また就職をして。でもやっぱり“役者をやりたい”と思い、劇団『ちからわざ』を旗揚げして。いろいろなところに迷惑をかけながら、あっちこっちに行き来して。もう無茶苦茶ですよ!」と声を上げつつ、「でもそうやって遠回りしてきたからこそ、今の自分がいるのかもしれないね」としみじみ。「“これが当たり前だ”という常識のようなものを、気にしないところがあるのかもしれない」と自己分析する。
それは表現者として、胸に刻んでおきたい性質だとも。「僕には“演じる欲求”とは別腹に、“書くという欲求”があるんですが、どちらにしても表現する人間としては、“安住してはいけない”という気がしていて。
14年ほど前のインタビューでは、役者業について「なくてもいい職業だけれど、だからこそ誰もが届かない“彼岸”にいたいと思う。他のことは何もできない、ただのおっさんでいいけれど、お芝居に関しては特別。“彼岸にいる人”でありたい」と話していた。57歳になった今の佐藤二朗の心境について尋ねてみると、「松尾スズキさんが、“役者は芝居に関しては彼岸にいなければ”と言っていたことにすごく共鳴したんですよね。今も“彼岸にいる人”でありたいと思っていますが、その時とはちょっと違って。常に“僕は彼岸にいることができているだろうか”という不安がある」と回答。「14年前のほうが、自信があったかもしれないですね。でもその不安が、芝居にいい影響をもたらしている気がするんです」と、もがきながら高みを目指し続けていた。(取材・文:成田おり枝 写真:高野広美)
『名無し』は、5月22日(金)より全国公開
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