特撮ヒーローものを見て性的に興奮したことはありますか?
悪の女幹部の衣装ががエッチだった? あーあるある、あるよね。
戦隊物のピンクがぱんつ見えそう? 子供心ながらにヒーローショーでドキドキしますよね。

いえいえ、もっとでっかいのいきましょうよ。「ウルトラマン」。
ウルトラマンのスーツってつるつるヌメヌメしているじゃないですか。ボンデージっぽいじゃないですか。
ウルトラマンが大怪獣と戦って、ちょっと負けそうになるシーンって、非常にセクシャルではありませんか。
男女ともに、ウルトラマンが負けるシーンでヰタ・セクスアリスしちゃった人、いたら手をあげなさい。

はい。

これを「変態的」というのは簡単なんですが、意外と性的なものを感じたことのある人はいるようで、大槻ケンヂはかつて自らのエッセイ『ボクはこんなことを考えている』で「ウルトラセブンで性に目覚めた」話をしていました。
一緒に遊ぼうと呼び出した6、7歳の女の子が、幼少期の彼に「ゴム縄でぶたせなさい!」と言った、なんて話も。
なるほど、これはまぎれもなくSMプレイそのものの根源だ。

大槻ケンヂ原作、西炯子マンガの『女王様ナナカ』の新装版が発売されました。
実際に描かれたのは1993年。
バブル真っ只中の時期です。
しかし単行本化されずお蔵入りに。この幻の名作が2007年に「コミックリュウ」にて続きを掲載、ようやく単行本化されました。
そちらも絶版になっていたため、今回はプラスアルファをして再発行されました。
西炯子のデビューが1987年、大槻ケンヂが筋肉少女帯としてメジャーデビューしたのも1988年。
80年代後半から90年代といえば日本がバブルに浮かれカオスだった時期ですねえ。
テレビの中では躁のように踊り狂うジュリアナボディコンが映される一方、自殺やいじめが大問題にも。躁鬱もいいとこでしたね。
こんな妙な時代を見てきた大槻ケンヂと西炯子。作品はもろに時代を反映しております。

ヒロインの女性ナナカは幼少期に特撮ヒーローもので性に目覚め、大人になってからはSMクラブの女王様として働くことになりました。まさに大槻ケンヂのエッセイのエピソードそのままです。

SMクラブって不思議な場所ですよねえ。だってロールプレイをするわけじゃないですか。あなたが女王様、私が下僕。
お金を払ってシチュエーションを設定し、いじめてもらう。第三者から見たら相当にシュールな場所です。自分も見たことも行ったことも無いので、話だけ聞くと頭上にいっぱい「?」が浮かびます。
しかし、大槻ケンヂはエッセイのネタもかねてSMクラブ体験をしたり、SM嬢と対談したりして実際に調査していました。
色々なSMクラブに訪れた人のエピソードが書かれています。バレリーナの服を持ってきて「いじめられる後輩になりたい」と願う中年のおじさん。「令嬢に仕える老人として扱って欲しい」と長編原稿を持ってくる20歳の若者の。うーん、笑ったほうがいいのか泣いたほうがいいのかわからない不可思議さよ。
こんな人々の思いを濃縮して詰め込みながら、ドラマティックにマンガ化したのが本作。

第三者から見たら、プレイ現場なんてそりゃ珍妙なんですよ。当たり前ですよ、性をさらしている状態がノーマルなわけない。
ましてや、SMプレイはロールプレイ。ファンタジーの中で自分の欲求を全部噴出させるんですもの、傍から見たら奇妙な光景です。
しかし女王様はプロです。
本気で女王様になり、奴隷(という名の客)が本気で演じた時、普段持っている苦しみや悲しみに対しても気取らずに素直になれるんですよ。
鬱憤を抱えた自殺志望の青年や、容姿にコンプレックスがあり裏切られた女性などがナナカの元を訪れます。
女王様ナナカは言います。
「束の間でもなりたい人間になり切らせてやるのがあたしの仕事なんだ」
誰も見てないよ。女王様しか見ていないよ。

自殺のようなインナーに向かってしまう弱さをテーマの一つとして描いている本作。
西炯子はいわゆる負け組や虐げられた人々、失敗した人たちをリアルに、でも優しく丁寧に描く作家です。
おひとりさま? 非リア充? そうかそうか、本当のさみしさってこういうものだぞ、と描いた上で「それでいいんだよ」と掬い上げます。
大槻ケンヂはダメ人間や絶望した人間であることに対して開き直り、赤ちゃんになれ、人生そんなもんだのほほんと生きろとエールを送る作家でありミュージシャンです。
このタッグの描く作品は、どこまでもシビアで厳しく、そして温かいです。
負け犬で何が悪い。
ナナカ様の前では、学生も、ブサイクも、ヤクザの幹部も、みんな「犬」だぞ。

エッセイでは大槻ケンヂはこう書いています。
「自分が、どれだけ人に影響力があるのか、またどれだけかまってもらえる存在なのか、人間関係が希薄になればなるほど、人は社会の中で自分がどういう位置にいるのかを確認せねば不安でいられない。SMクラブに通う人々は、無意識の内に「自分探しの遊戯」をしているのかもしれない」
一時のSMプレイが人を救うなら、それは素晴らしいことじゃないか。

ところで、現在「私たちの 俺たちの 西炯子」フェアが開催されており、次々と新作や過去の名作が様々な出版社から出ています。『恋と軍艦』『兄さんと僕』『女王様ナナカ』『姉の結婚』
タイトルの通り男女ともに楽しめるのが西炯子作品。是非これを機会に読んでみてください。

たくさんのイライラやコンプレックスが、ちょっとだけ、やわらぎますよ。
(たまごまご)
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