現在絶賛放送中のアニメ「謎の彼女X」は、そんな我々男性の童貞力を試すだけでなく、すり減ったその力を回復することができる奇跡のアニメである(ちなみに「童貞力」は「勃起力」とか「精力」とかとイコールではないので、そちらでお悩みの方には多分効果がないと思います念のため)。
主人公・椿明(つばき・あきら)は高校二年生。彼のクラスに卜部美琴(うらべ・みこと)という女子が転校してきたところから話は始まる。
ボサボサのショートカット、少し伸ばした前髪で目を隠し、無愛想で友達を作る気も見られない。突然授業中に腹を抱えて笑い出すかと思えば、昼休みには机に突っ伏して寝てしまう。少し……というかかなり「浮いた」女の子だ(ちなみに彼女の席はもちろん主人公の隣です)。時代はケータイのない頃で、主人公達の性に対する感覚も、現在からするとやや「遅れている」ように見えるかもしれない時代。
ある日の放課後、一人教室の机で眠りこけている卜部を見つけ、起こしてやった椿は、彼女が去った後の机がよだれで濡れていることに気づき、魔が差したようにそのよだれを指ですくい取って舐めてしまう。ところがその後しばらくして彼は熱を出して寝込んでしまう。ただの風邪かと思われたものの、一向に熱は下がらず、学校を休み続ける椿。
そこに突然転校生・卜部が彼の自宅を訪れ、衝撃的なことを告げる。
ーー「椿くん。わたしのよだれを舐めたでしょう。あなたの熱は、わたしのよだれを舐めていないから禁断症状が出たのよ」
卜部の「説明」によると、彼女のよだれを舐めたことによって、椿は毎日彼女のよだれを舐めないと熱が出てしまう身体になってしまった、そしてそれは彼が自分に「恋をし」「よだれによる絆」ができてしまったからだというのだが……。
何だそれは、と誰もが思うだろう。卜部は人間ではないのか? マッドサイエンティストの父親に何かされた娘? それとも謎のウイルスに感染した患者?
しかも彼女は、並外れた身体能力を持ち、椿がうかつに近づこうとしたりすると、パンティの腰のところに挟んだハサミ(当然それを手にするためには制服のスカートを跳ね上げる必要がある←ここ重要)を操り、近くの看板だの本だのあっという間に切り刻んでしまうことができるのだ。「なんでパンツにハサミなんか挟んでるんだよ!?」という椿の当然の疑問にも
ーー「わたしは……そういう人だから」という答。
まさにタイトル通り「謎」だらけの「彼女」だ。
ところがこのアニメは、そういう「謎」が少しずつ明らかになる、そういう作品ではない。この後、回を重ねるにつれ、童貞男子(童貞力の強い非童貞男子を含む)にとって、女性というものは常に「謎」である、どこまで行っても「謎」であるということをひたすら確認し続けることになる。「よだれによる絆」というのはそのシンボルに過ぎない。
冒頭からいきなりセックスの話は出てくるのだが、実のところ直接的な接触についての話はあまりない。卜部はよだれを舐めさせることを日課にし、「彼女」になった後も、頑なにキスやそれ以上の接触を拒む。
アニメで興味を持って原作も既刊分は全部読んだのだが、原作の方はあっさりしすぎていてアニメの方に軍配をあげたくなる。というか、動いて、声が入ることで「完成」された作品であるように思えるのだ。同じシーンであっても、漫画の数コマで描かれてしまうのとアニメでは時間経過、「タメ」が違い、それだけでも、エロさは数倍違ってしまう。
そして、卜部の声。
多分、誰が聴いても「アニメ声優じゃないな」とすぐ分かる、あまり可愛げのない、低くフラットな発声。一部では「棒読み」とさえ言われたりもしている卜部の声を担当するのは女優・吉谷彩子という人らしい。あいにくこの名前を覚えて意識するようになってからは、動く演技を見たことがないので、女優として、あるいは女性として好きなタイプなのかどうかも実はまだ分かっていない。でもとにかく、卜部美琴というキャラクターを構成する上で、あの絵柄、あの性格に吉谷彩子の声は素晴らしくハマっていて、ぼくはほぼ生まれて初めてと言っていいくらい声優に惚れてしまった(正直、アニメの可愛い系の声は嫌いではないけれどほとんど区別がつかない)。
そしてOPの「恋のオーケストラ」EDの「放課後の約束」と両方の歌を歌っているのもこの吉谷彩子。これがまたどちらも素晴らしい。80年代アイドル風の楽曲と、斉藤由貴を思わせるフラットかつ伸びのある高音部の歌声に、思わず高校生の頃にタイムスリップしてしまいそうになる。
ところで実は、作品中何度も繰り返される「よだれ」という言葉にはどうもぼくは抵抗がある。口の端から垂れたのは「よだれ」と呼ぶしかないが、口の中に溜まったり指につけたりしたそれは「つば」「唾液」ではないのかと。どっちでも一緒だろって? いやなんかやっぱり「よだれ」の方がより生々しい感じがしてちょっと嫌……。
(我孫子武丸)