連続テレビ小説「半分、青い。」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)
第8週「助けたい!」第45回5月23日(水)放送より。 
脚本:北川悦吏子 演出:橋爪紳一朗

45話はこんな話


律(佐藤健)と正人(中村倫也)をモデルにして、秋風(豊川悦司)は鈴愛(永野芽郁)たちにクロッキーレッスンを行う。

君たちが漫画家になるための今だ


F1、爆風スランプ、中森明菜、ユーミン・・・等90年代のヒット曲をBGMにしたクロッキーレッスンを通して漫画家の仕事の真髄を語る回であると同時に、律がまだ自分の目標や夢を見つけられていないがゆっくりでいいと悟る回。

基本、15分、秋風(豊川悦司)劇場。
彼の名セリフ集だった。
「合コンじゃないんだから紹介必要なし」
「君、顔地味だけど筋いいね」
「タイヤ交換なし 一回勝負」
「手を止めない! 迷わない! とにかく描く」
「死んだ線を描くな」
「え〜 タジオ脱がせたかったな〜」
「今日からは君たちのすべての時間が漫画の時間だ。君たちが漫画家になるための今だ」
「一見余計なことする時間も回り道もあっていいと思います。いろんなことがあってすべてが今につながっていく」
「〜〜それは実りのある時間だと 私なんかは思います」
等々・・・。
言っていることは正論ばかりだが「君たちが漫画家になるための今だ」とか「私なんかは思います」とか独特な言い回しがおもしろかったのと、秋風の着ている服の背中に「クソッ」と書いてあるのが印象に残った。

俺は鈴愛と違って時間がかかるって話


鈴愛はいよいよ漫画家の夢に向かってまっしぐらに走り始めたわけだが、律は正人とふたりで官能をくすぐるようなポーズをとるモデルのバイト。危うく脱がされそうになるが鈴愛に救われる。
まさに「僕の今はなんのための時間なんだろう」と佐藤健が思ってしまわないように、うるさ型の視聴者が、単なるイケメンサービスか! と思ってしまわないように、律がモデルをやっている意味が説明される。
鈴愛との対比である。
目標にまっしぐらの鈴愛とくらべて、「僕の今はなんのための時間なんだろう」と、まだ何もみつからないことを秋風が肯定することで、楽になる律。
「でもあせらない」「なんだって楽しいよ」と鈴愛に言う。
それを受けて鈴愛は「律は天才だな 幸せをみつける天才だ」とこれまた律を肯定するのだ。
「半分、青い。」は鈴愛のことも律のことも誰のことも一切否定しない。
いつどこで何をどうしようと好きでいいという感じ。ドラマも、家族もお仕事も8、90年代の流行もいろんなことが散りばめられていて好きなところを見て愉しめばいい。文句を言うことを楽しむのも自由だろう(たぶん)。

そして「一見余計なことする時間も回り道もあっていいと思います。いろんなことがあってすべてが今につながっていく」と言った秋風の根拠もわかる。
彼自身が回り道(漫画家になるまえ大阪で百科事典のサラリーマン)をしていたそうだ。

メモ


モデルをやってる最中、なぜか自主的に律と手をつなぐ正人。それを見る鈴愛、裕子(清野菜名)、ボクテ(志尊淳)のそれぞれの反応がおもしろい。もしや、ここが「人の心の温度が上がっていく瞬間を見ました」(BY 律)なのか。

女子校育ちで生身の男子に縁がなかった裕子は鼻血を出してしまう。「漫画家志望にありがちな頭でっかちな・・・」と自嘲気味。
裕子「あの子かっこいい 律君」
鈴愛「やるよ」
やるよって・・・。

菱本(井川遥)がお昼に用意した「キノゼンのお弁当」。
「キノゼン」と聞くと甘味処の「紀の善」を思い浮かべる。紀の善のあんみつなどは差し入れの定番。お昼ごはんも食べられて、いまはあるかわからないがキジ弁当とかよく食べた。でもNHKだから実在の固有名詞は出せないはずなので、お弁当が有名な設定の架空の「キノゼン」なのだろう。

弱いから、好き。


秋風のクロッキー教室を見ていて思い出したのが、長沢節のセツ・モードセミナー。2017年、創立100周年を機に歴史を終えた絵画教室で、80〜90年代の寵児となったクリエーターたちを多く排出していて、菱本が着ているピンクハウスのデザイナー金子功もそこの出身だ。漫画家だと桜沢エリカや安野モヨコがいる。
「半分、青い。」45話。秋風(豊川悦司)衝撃発言「タジオ(佐藤健)脱がせたかったな〜」
「新装版 デッサン・ド・モード 美しい人を描く」 美術出版
長沢節の描くくるぶしがすてき

「新装版 デッサン・ド・モード 美しい人を描く」 美術出版
先生の評価基準は「美しい」。人間のカラダの線をさらさらとシンプルに描きつつ、その本質をずばりと浮き上がらせるファッションイラストレーターの長沢節先生が、生徒とともにただひたすら授業でクロッキーをしたり、日本の南仏こと千葉の大原に写生旅行に行き、そこで描いた絵の品評会をしたり。先生に選ばれた人はセツ・ゲリラとして卒業後も活動していた。
モデルはめちゃめちゃ細い男子とか女子とかだった。
じつはわたしも90年代、角川書店で仕事しながら通っていて(当時の角川はセツと近いところにあったのだ)、仕事が忙しくなって行かなくなってしまったが、アトリエの雰囲気はとても好きだった。

セツ先生はたくさんの著書を出しているが、代表作に「弱いから、好き。」(89年)というのがある。人間の弱さを讃え、弱い者同士が引き合い補い合って生きていくことを理想とした書である。あゝ、「半分、青い。」と点と丸の構成が同じではないか。でもこれは81年の糸井重里がつくった西武百貨店のコピー「不思議、大好き。」が元かと思われる。

そういえば、北川悦吏子の作風には、連綿と、この弱い者同士が寄り添っていく姿が描かれている。「愛していると言ってくれ」も「オレンジデイズ」も「ビューティフルライフ」も「ロンバケ」も。もちろん鈴愛と律も。どうしたってあの川べりで寄り添っていた幼いふたりがその象徴だ。そう思うと、鈴愛がどれほど自由気ままな言動をしても律がいまのところ覇気がなくても見守っていきたい気持ちになる。

長沢節が青春を過ごした芸術家たちが集う場・池袋モンパルナスには「すずめが丘アトリエ村」があった。
(木俣冬)
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