女子大生の、北欧への自分探しの旅を描いた『ミッドサマー』。美しい自然に囲まれた小さな村で開催される祝祭の中で、悩みを抱えたヒロインが新たな自分を見つけるまでを描いた物語である。
本当だ。嘘ではない。
「ミッドサマー」北欧の小村へ自分探しに出発!気分爽快な「祝祭」映画だ、本当だ。嘘ではない

家族を失ったヒロイン、恋人や友人とともに北欧の小村で開かれる夏至祭へ


とある年の冬、主人公ダニーは「自分の妹が両親を殺した末に自殺する」という悲惨な理由で家族を失う。恋人クリスチャンとの仲は冷え切っていたが、この惨劇によりクリスチャンはダニーのそばを離れるのをためらい、2人はその後も付き合いを続けていた。

翌年の夏。クリスチャンは友人のマーク、ジョシュ、ペレとともにペレの故郷であるスウェーデンの田舎の村、ホルガを訪れる計画を立てていた。文化人類学を専攻するジョシュとクリスチャンは、研究という目的も兼ねてこの旅行を計画していたのだが、とあるパーティーの席上でこの計画を知ったダニーも研究旅行に同行することになる。彼らの目的は、ホルガ村で開催される夏至の祭り。特に今年開催されるのは、90年に一度の大祭なのだ。

スウェーデンに到着した一行は、車を用意してホルガ村を目指す。出迎えてくれたのは、白い民族衣装に身を包んだ素朴な人々。日の沈まない白夜の中、ダニーたちはハーブでトリップしたりして過ごす。しかし翌日以降、ホルガ村の人々の儀式が本格的に始まったところで状況は一変。
学生たちは予想だにしていなかった「祝祭」に取り込まれていく。

長編デビュー作『ヘレディタリー/継承』で、2020年代以降のホラー映画の筆頭格に躍り出たアリ・アスター。その新作は北欧の太陽の下で起こるお祭りの映画だった。「大学生たちが謎の集団によってとんでもない目に合わされる」という由緒正しいホラー映画の構造をなぞりつつ、その現場は優しく太陽が照らし出すお花畑に囲まれた、スウェーデンの小さな村。素朴だが心優しい人々が住む、美しい土地である。

アリ・アスター監督は『ヘレディタリー』でも「徐々に登場人物の人間関係がギスギスしてくる」「その人物たちの隙間に、怪異がジワジワと侵入してくる」という描写が抜群にうまかったが、『ミッドサマー』でもそのテクニックは健在。「病院に通うほどではないけど精神的に脆い彼女と、その相手をするのに正直疲れている彼氏」「男だけで出かけるはずだった旅行に、友達の彼女がついていくと言い出した時の断れない雰囲気」みたいな、「あ〜これはイヤだな〜」という微妙に気まずい空気を、序盤にこれでもかと盛ってくる。

この巧妙に設置された人間関係の隙間が、儀式の始まりとともにジワジワと広がり始める。微妙に空気が読めず、周囲にちょっとずつ気を遣わせるダニー。彼女のことが若干嫌になりつつも、なんだかんだではっきりとした行動に出ないクリスチャン。腹の底ではホルガの村人のことをバカにしているマーク。そしてホルガ村の出身かつ、何を考えているのかなんだかよくわからないペレ。
なんだかイヤ〜な人間関係の隙間がホルガ村の祭りと噛み合ってしまった時、ちょっとびっくりするような展開へとつながっていく。

まるでスールキートス映画のような、癒しと解放の物語


主人公ダニーは『ヘレディタリー』同様、キツい理由で家族を失った女性である。元々抗不安薬を必要とするような精神的な弱点があり、彼氏のクリスチャンともうまくいかず、微妙に空気が読めない。ある程度自分が原因なのはわかってはいるけど、しかし他人とうまくやれそうでやれない。精神的な病気にかかっているわけではないが、さりとてメンタルが安定しているわけでもない。さらに家族を失ったことで、ダニーの精神はさらに不安定になっている。危ういバランスである。

『ミッドサマー』は、そんなモヤモヤを抱えたダニーの自分探しの物語である。恋愛や人間関係に悩んでいる女子が、北欧の自然に囲まれた優しい人々が住む小さなコミューンを訪れ、食べたり祈ったりしながら新しい自分を見つける……。冗談でもなんでもなく、『ミッドサマー』はマジでそういう映画だ。ホルガの村人として白い衣装を着た小林聡美やもたいまさこが出てきてもおかしくないし、彼氏の友達として加瀬亮あたりが出てきても納得だ。スールキートス制作の映画のようなストーリーと道具立てなのである。


ダニーは面倒な人間関係からも解放され、家族を失ったトラウマも癒され、「儀式」の中で自分にとっての新しい家族を見つけていく。村に伝わる秘伝のお茶を飲み、みんなと一緒に楽しく踊り、飛び込みで参加したにも関わらず村の儀式の中心へと飛び込んでいく。うまく馴染むことができなかった学生たちのコミュニティを抜け、ダニーはホルガ村の中に居場所を見つける。ダニーが自分にぴったりの場所を発見するまでの物語が『ミッドサマー』だ。

というように『ミッドサマー』は癒しと解放の物語であり、単純に観客をビビらせるためのホラー映画かというと、そうは断言できないところがある。そんな映画なので、見終わった後の気持ちはなんだかスッキリ。「よかったね、ダニー!」と笑顔で劇場を後にできる。爽快な作品なのだ。

特に自分の周囲の人間関係に鬱屈したものを感じている人が見れば、ニコニコしながら劇場を出られると思う。とにかく客がビビって終わりの単純なホラーではないということだけは確か。あなたも是非、柔らかい光に包まれた北欧への小旅行を楽しんでいただきたい。
(しげる)

【作品データ】
「ミッドサマー」公式サイト
監督 アリ・アスター
出演 フローレンス・ピュー ジャック・レイナー ウィリアム・ジャクソン・ハーパー ウィル・ポールター ほか
2月21日よりロードショー

STORY
家族を失ったダニーは、恋人クリスチャンや友人たちと共にスウェーデンの小村ホルガ村で開催される夏至の祭を訪れる。
小さな村での祭りに参加し始めたダニーたちだったが、ある「儀式」が行われてから状況は一変する
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