
※本文にはネタバレがあります
要素は多いのにひとつも無駄がない『俺の家の話』3話
「介護にまさかはないんです」(さくら)【前話レビュー】『俺の家の話』2話 介護・親子関係に悩みを抱える視聴者の救いに
宮藤官九郎脚本、長瀬智也主演で介護を描く『俺の家の話』(TBS系 毎週金曜よる10時〜)。の第3話は、主人公の観山寿一(長瀬智也)がピンチヒッターでリングに立っている間に、要介護1の父・寿三郎(西田敏行)が倒れ、病院に運び込まれるという、まさかの緊迫の場面からはじまる。
かぶっていたマスク(プロレスの)をとってマスク(感染予防の)に替えて病院に入る寿一を見て、筆者が磯山晶プロデューサーに取材したとき聞いた話を思い出した。
「最初に宮藤君(脚本の宮藤官九郎)の書いた企画書では、介護のために一回引退したレスラーが、介護のうっぷんをマットで晴らそうと覆面レスラーとして復活し、能でもプロレスでも面をかぶっている面白さが主だったんです」
――Yahoo!ニュース 個人より
レスラーのマスクと能の仮面(マスク)の共通点の面白さがあったことがわかるが、そこにニューノーマルとしてのマスクも加わり、3重奏になっているところが『俺の家の話』の厚みになる。
秘すれば花
介護問題と芸能の歴史とプロレスとホームドラマのジャンルミックスで、どこを見ても面白い。さくら(戸田恵梨香)の過去の回想が、最近の連ドラによくある長ぜりふで語られ、視聴者の感情を揺さぶるとき、過去の様子が能(新作能『私の家の話』)で再現されたのも良かった。小劇場演劇ふうでもミュージカルふうでも落語ふうでもなく、鎌倉時代から室町時代にかけて成立した能にまで遡ってしまったのがすごい。これがまた単に、仮面つながりで面白いというだけでなく、能を選んだことに意味があるように感じさせるのである。能の宗家である父の跡を継ごうと一度はプロレスを引退した寿一は、収入を得るためと、能よりもプロレスが好きだと思い直したことから、能の修業と覆面レスラーとの二重生活を送り始める。いや、家事もいれたらやっぱり3重か。
覆面レスラーの名前は「スーパー世阿弥マシーン」。能の基礎を形成したと言われる世阿弥の名を借り、萬媚の面をつけて登場し、リングで大暴れする。技は「親不孝固め」。
世阿弥とは、父の観阿弥と父子で能のスタイルを作りあげた人物である。父と子というところに、寿三郎と寿一が重なってくる。寿三郎は寿一を厳しく教える。
寿三郎は、さくらは彼に恋愛感情はなく、単に仕事として介護をしていることを、すぐに忘れてしまい、いつまでも婚約者気分でいたが、じつは、それは子どもたちへの手前、“フリ”をしていただけだった。さくらとの生活によって元気になって、まさかの要支援2になったのは要介護1を演じていただけだったのか。
舞(江口のりこ)が買ったシルバーカーを押して散歩しながら、さくらに「子供たちの前では今までどおり恋人でいてくださいね。でないと、かっこつかないから」と言い、「死に方がわからない」と迷いを口にしながら、「父」として、いかに子どもたちに「風呂敷のたたみ方」を見せるか、それを考える寿三郎。
このときの西田敏行が渋い。第1話で長州力が言った「おれたちが勇気をふりしぼるのはな、リングシューズを履くときじゃねえんだよ、脱ぐときなんだよ。察してやんな」というセリフとも重なる。カッコいいセリフではあるけれど、それを声高にたくさんの人に言うのではなく、ほんのすこしの人にそっと伝えるだけ。
寿三郎も寿一も、家族や親しい人に素直に本音を漏らさないのは、寿三郎が寿一に語った能の真髄で、世阿弥の著書『風姿花伝』に記した「秘すれば花」(大事なことは言わないでおく)の精神でもある。舞の言う「気を遣ってますって言わないのが気遣いじゃん」も同じく。

「秘すれば花」は上品な考え方。一方、さくらはあっけらかんとしている。寿一が、家族にしかできないことと、家族ではできないことがあるからと、さくらに婚約者のふりをしてほしいと頼むと、「割り切った関係でいられるし」と月額3万円の報酬を提案。「皆さんが曖昧過ぎるんですよ、裕福だから」とさくらはかわいい顔をしてなかなかしたたかな人物に見える。
明らかになったさくらのつらい過去
その理由が、「新作能『私の家の話』」で明かされた。それはさくらのつらい過去だった。子供時代のさくらは、能を勉強中の秀生(羽村仁成)が演じている。反抗期の兄は大州(道枝駿佑)、母は舞(江口のりこ)。母の再婚相手は、40代のDV男、小太りのホストなど、ダメそうな人ばかり。彼らは皆、面をかぶっている。面によって、誰か特定の俳優の顔に限定されず、想像が増幅される。ここでは再婚相手の個性は問題ではなく、あくまでも母に不幸をもたらすもののイメージで良いからだ。そういうときに能面って役に立つ。寿三郎は偶然、スーパー世阿弥マシーンの試合を観る。それもまたエンディングノートに書いた「さくらちゃんとプロレス観戦」を叶えるために。
ピンチに陥った世阿弥マシーンに「立てー!」と声援を送り、勝利に導く寿三郎。寿一は試合を早く終えると家事までこなす。プロレスのマスクをなべつかみにして。気遣いを口にしがちな寿一だが、自身のつらさは誰にも言わずモノローグ。秘すれば花の哀しさよ。
シリアス面から笑いまで、要素は多いのにひとつも無駄がない。鍛えられた筋肉で軽やかに笑顔で技を繰り出す天才プレーヤーの演技を見ているような感動を覚えるドラマである。
【関連記事】『俺の家の話』1話「息子だからできねえんだよ、ちくしょう」リアルな台詞に共感
【関連記事】『俺の家の話』2話 介護・親子関係に悩みを抱える視聴者の救いに
【関連記事】TOKIO 長瀬智也のぶっ飛びド天然エピソード
※第4話のレビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターにてお知らせします
番組情報
TBS系『俺の家の話』
毎週金曜よる10時〜
出演:長瀬智也
戸田恵梨香
永山絢斗 江口のりこ 井之脇海 道枝駿佑(なにわ男子 / 関西ジャニーズJr.) 羽村仁成(ジャニーズJr.) 勝村周一朗 長州力
荒川良々 三宅弘城 平岩紙 秋山竜次
桐谷健太
西田敏行
脚本:宮藤官九郎
音楽:河野伸
チーフプロデューサー:磯山晶
プロデューサー:勝野逸未 佐藤敦司
演出:金子文紀 山室大輔 福田亮介
製作:TBSスパークル TBS
(C)TBS
番組サイト:https://www.tbs.co.jp/oreie_tbs/
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami