長瀬智也×宮藤官九郎『俺の家の話』が他の追随を許さない理由 山賊抱っこは最大の発明
イラスト/AYAMI

※本文にはネタバレがあります

いよいよ折り返し『俺の家の話』7話

『俺の家の話』(TBS系 毎週金曜よる10時〜)第7話は家族旅行の帰りの車中からはじまる。ユーミンの「BLIZZARD」を合唱し、みんな、ご機嫌。「行きはよいよい 帰りはこわい」とは反対で、帰りのほうがノリノリという珍しいパターンだった。


【前話レビュー】「親父最高!」最低の家族旅行を最高の旅行にした、人生を投影した寿三郎のステージ

観山家に平和が訪れ、介護を通して家族の再生を描くドラマ自体も折り返しへ――。ばらけていた家族の関係は繋がってきたものの、寿三郎(西田敏行)の体調は徐々に悪くなり、要介護2になってしまう。そして寿一(長瀬智也)さくら(戸田恵梨香)の急接近と、まさに禍福は糾(あざな)える縄の如し。

じわじわとさくらにコーナーに追い詰められているような寿一は秀生(羽村仁成)の親権問題で頭を悩ませていた。

また、観山家では高価な面(おもて)や装束がなくなっていて、寿三郎は泥棒の仕業だと言いだす。家族旅行のときにちはる(田中みな実)に面を渡した件もあり、さまざまな女性にあげたことを忘れてしまっているのではないか疑惑が持ち上がる。

なくなったものを泥棒のせいにするのは認知症の症状のひとつ(物盗られ妄想)と聞いて心配する観山家一同に、介護支援専門員・末広涼一(荒川良々)は「認知症患者の行動には親族にしかわからない伏線があるんです。見逃してない? 伏線。回収して、伏線。伏線!」と、冗談に見せて本質的なことを説く。

『俺の家の話』が他の追随を許さないのはこういうところだ。宮藤官九郎のドラマは「伏線回収が見事」みたいな評判が、たとえば「『半沢直樹』は顔芸がすごい」みたいなノリでSNSで語られている。
そんな世の風潮に対して、自ら「伏線」(あらかじめ描かれたことがあとになって意味があったことがわかること)ネタを放つサービス精神。

でも、それだけだと単なるメタ(引いた視線で、物語の仕組みなどをわかった体で見ること)になってしまうが、認知症患者の行動の原因は親族にしかわからないことを「伏線」と言い換える妙。しかもこの回、みんな大好き、見事な伏線がさりげなく張られている。

この回の最大の伏線は、最初になにげなく出てきた、能を習いに来た男の存在であることだろう。寿一と元妻のユカ(平岩紙)が語ったプロポーズの思い出も伏線になっているが、そういう目立つところではなく、なにげない日常描写かと思った部分であることが洒落ている。

介護も能もプロレスも伏線もなにもかもをひとつも表面的に扱っていないところが素敵な『俺の家の話』。能に関しても、一般的にはさほど親しみのない能に対して、敬意がある。世阿弥の言葉として、有名な「秘すれば花」を繰り返し使って、親しみのある言葉にしてしまう。

また、秀生が、当たり前のように「おじいちゃんと一緒に『道成寺』のDVDが観たい」と「鬼滅のDVDが観たい」のようなノリでねだる。能が好きになってきた子どもが、アニメや特撮を観る感覚で能に親しんでいく。生活が身体に染み込んでいく様子をちゃんと描いているところは、宮藤官九郎が長年の演劇の現場で、繰り返しの稽古を経ながら演技を自然なものにしていく作業を当たり前にやっている人だからこそではないかと思う。

その生活の記憶がなくなっていくのが老い。
能のことは身体で覚えていたとしても、家族旅行の思い出などは薄れていく。それを寿一は不安に思い、だからこそ、「能死体」「能死体」(識字障害なのでこういうふうに書いてしまう)と能をやりたい秀生と、彼に期待を賭けている寿三郎と会わせてあげてくれと寿一はユカに頭を下げる。

秀生を迎える寿三郎や観山一家。今、この瞬間を楽しく生きる、その大切さが伝わって来た。まさに「泣きながらやっても、笑いながらやっても、介護は介護ですからね」という末広の言葉のとおり。

面白いのにエロい山賊抱っこ

第7話には、さくらと寿一のキュンとするラブも盛り込まれている。これはきっと磯山晶プロデューサーの持ち味ではないかと思うのだが、磯山×宮藤作品の良さのひとつに、男子っぽさと女子っぽさがうまく融合しているところがある。今回、融合して生まれた最大の発明は「山賊抱っこ」。それにすっかり魅入られたさくらが寿一にぐいぐい迫り、寿一もまんざらではない様子になっていく。

ある夜、寿三郎が寝て、観山家に、さくらと寿一がふたりっきりになると、インスタントラーメンを作ることに。さくらの手際のよさに魅入られる寿一。食卓に向き合ってラーメンを食べながら長い会話をする。さくらの告白を、寿一は自分の殺気が人を不幸にするからと断る。
でもさくらは、その殺気を受け入れ、寿一は嬉しくなる。

やがて、寿一はさくらに近寄り山賊抱っこ。「あ、やだ。嬉しい」とさくら。抱えたまま2階にあがり、自室の畳にさくらを横たえる。なぜか手袋をして、いったいどんなプレイ……と思ったら……「え」。

「山賊抱っこ」は逆さまの女性の臀部がむきだし(もちろん衣服は着用)になることで、面白いのにエロいという素晴らしいスタイルである。この回、「真面目な親父と不真面目な親父が部屋の中でせめぎあっていた」という寿一のセリフがあったが、能への真面目な取り組みと不真面目にエロいものへの興味がひとりの人間のなかに同等にあるように、山賊抱っこには、真面目と不真面目が絡み合っている。

長瀬智也×宮藤官九郎『俺の家の話』が他の追随を許さない理由 山賊抱っこは最大の発明
次回8話は3月12日放送。画像は番組サイトより

今や、壁ドンとか顎クイがギャグになってしまうのとは逆に、山賊抱っこはおもしろからはじまって、いまやキュンとなるアクションと化してしまった。こういうことこそクリエイティブだと思う。

だがラーメンの夜ではまだ寿一とさくらのピークは来ない。ピークはラスト、寿一のプロレスの試合までお預けだ。


ここでユカへのプロポーズと同じパターンが起こる。寿一は、グイグイ来られてその気になりがちな人なんだなあとか、感情表現をプロレスに託してしまうのだなあとか、いろいろ追い詰められて、「家に殺気を持ち込んといて」などと言われ悲しい気持ちのときに、そんなこと気にならないという人(さくら)が現れたらそりゃ嬉しいだろうとか思いつつ観る。

さくらの場合には、「秘すれば」「花」というコール&レスポンスが加わって、寿一のプロポーズも進化した。何にしても寿一の人柄は憎めない。愛らしい。寿三郎への思慕、ユカに本音をぶつけられての戸惑い、息子の作文を読んで涙、さくらへの止まらない恋心、ラーメンをうめえうめえとすする姿……からプロレスアクションまで、長瀬智也のさまざまな表情が堪能できた。

【関連記事】『俺の家の話』5話 寿一の亡き母をはっきり描かないことで描く女たちの涙
【関連記事】『俺の家の話』4話 『あまちゃん』手がけた宮藤官九郎のテンポいい朝ドラ的様式が痛快
【関連記事】『俺の家の話』3話 秘すれば花――本音を隠す父と息子が示す能の真髄

※第8話のレビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターにてお知らせします

●第8話あらすじ
ついに、さくら(戸田恵梨香)へ自分の気持ちを告白した寿一(長瀬智也)。だが、まだそのことを家族に話すわけにはいかず、何事もないかのように振る舞う2人。そんな中、突然寿三郎(西田敏行)が「終活をする」と言い出した。自分が「要支援2」だと思っている寿三郎は、今のうちに遺産相続について書き記しておこうと言うのだ。「さくらへ贈与する」と寿三郎は言うが、それを聞いたさくらはキッパリと断ってしまい……。
日は変わり、寿一は寿三郎から新しい演目の稽古をするように告げられる。
同時にスーパー世阿弥マシンの新しい対戦相手が決まり、寿一は能とプロレスを同時進行で稽古していくことに。そんなある日、寿限無(桐谷健太)との稽古中によろけてしまい、寿一は病院へ。診察の結果、とあることがきっかけとなりアキレス腱を断裂。2週間の車椅子生活を余儀なくされる。そして、観山家に“車椅子の親子が2人”という生活がスタートするのだった。


番組情報

TBS系
『俺の家の話』
毎週金曜よる10時〜

出演:長瀬智也(プロフィール)
戸田恵梨香(プロフィール)
永山絢斗(プロフィール) 江口のりこ(プロフィール) 井之脇海(プロフィール) 道枝駿佑(なにわ男子 / 関西ジャニーズJr.)(プロフィール) 羽村仁成(ジャニーズJr.)(プロフィール) 勝村周一朗(プロフィール) 長州力(プロフィール) 
荒川良々(プロフィール) 三宅弘城(プロフィール) 平岩紙(プロフィール) 秋山竜次(プロフィール)
桐谷健太(プロフィール)
西田敏行(プロフィール)

脚本:宮藤官九郎(プロフィール)
音楽:河野伸(プロフィール)
チーフプロデューサー:磯山晶
プロデューサー:勝野逸未 佐藤敦司
演出:金子文紀 山室大輔 福田亮介

製作:TBSスパークル TBS
(C)TBS

番組サイト:https://www.tbs.co.jp/oreie_tbs/


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
編集部おすすめ