7月3日のナゴヤドームではじまり、9月1日、明治神宮野球場で初代キャプテン・桜井玲香の卒業とともに幕を閉じた「乃木坂46真夏の全国ツアー2019」。延べ29万人を動員した今回のツアーは例年以上に挑戦的なライブだったように感じた。
ブロック別にその“挑戦”について考察しつつ、9月1日のファイナルについても改めて振り返りたい。

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まずはツアー限定ユニットのブロック。昨年は選抜メンバーが自分で曲やメンバー、演出を決める“ジコチュー”プロデュースのコーナーがあったが、今回は24th「夜明けまで強がらなくてもいい」選抜の1期生と堀未央奈北野日奈子が中心メンバーとなって“継承”をテーマにユニットが組まれた。今回も曲や演出については中心メンバーが考案したようだ。その中から2つのユニットをピックアップしたい。

松村沙友理は3期生の中村麗乃と4期生の田村真佑と組んで、エキストラを交えた演劇(+歌唱)を披露した。その名もさゆりんご劇団。神宮球場では、劇団結成を渋る2人の前で松村がひとり3役の芝居を披露するというメタ構造の内容になっていた。

松村はMCでさゆりんご劇団はアニメ『ラブライブ!』がベースになっていると発言したが、3年以上活動している秘密結社・さゆりんご軍団(伊藤かりん佐々木琴子寺田蘭世中田花奈)は『涼宮ハルヒの憂鬱』がベースになっている(文庫版『涼宮ハルヒの溜息』の松村による解説を参照)。アニメをこよなく愛する松村は、今後も2次元と3次元のボーダーを軽やかに跳び越えていくだろう。

生田絵梨花は2期生の伊藤純奈、3期生の久保史緒里、4期生の賀喜遥香という“歌ウマ”メンバーで、ミュージカル・ドリームガールズをオマージュしたノギームガールズを結成。さゆりんご軍団がオリジナルの『白米様』をR&Bアレンジして歌唱した。


昨年のジコチュープロデュースでは、松村沙友理がさゆりんご軍団で生田絵梨花の『命の真実 ミュージカル「林檎売りとカメムシ」』を白米(を食べる)バージョンで披露したことに対するアンサーとも捉えられる。また、乃木坂46のドリームガールズ風ユニットといえば、アンダーライブ北海道シリーズ(2018年10月)で能條愛未樋口日奈、伊藤かりんによる『逃げ水』も忘れることはできない。

そして、“融合”をテーマにしたブロックでは、アンダーの名曲が今ツアーオリジナルの編成で披露。1曲目の『あの日 僕は咄嗟に嘘をついた』のセンターに立ったのは生田だった(オリジナルセンターは井上小百合)。生田がセンターを務めた10枚目シングル表題曲『何度目の青空か?』のアンダー曲が“咄嗟”だ。

思い出されるのが2014年12月31日深夜に放送された『CDTVスペシャル!年越しプレミアムライブ2014→2015』(TBS系)。年齢の関係で出演できない生田に替わって、井上がセンターに立って『何度目の青空か?』を歌った。そう、今回の逆パターンだ。

同年から始まったアンダーライブで迫力のあるパフォーマンスを身につけた井上は見事にセンターを務めあげた。ちなみに、井上センターの『何度目の青空か?』を観て「ライブに行きたい!」と思うようになり、乃木坂46に完全にハマったのが3期生の久保史緒里である。

“融合”ブロックの3曲目『不等号』のセンターは齋藤飛鳥。オリジナルのセンター・中元日芽香と齋藤飛鳥は仲が良く(本人たちは「ビジネス」と主張)、“格差社会コンビ”として知られていた。
初期こそタイプが違うため仲良くなれると思わなかった2人だが、ともに選抜入りした7枚目シングル『バレッタ』の期間に「どこか似てる」と距離が縮まり、あえてネガティブな話をして気持ちを落ち着かせる仲になった。

中元が11枚目のアンダー曲『君は僕と会わない方がよかったのかな』のセンターになった時は、アンダーライブを観て“覚悟”を感じた齋藤飛鳥が中元に長文のメールを送った。

舞台『じょしらく』で同じチームになった時は、齋藤飛鳥が中元にだけ葛藤を語ったこともある。2016年、全国ツアーを選抜のセンターとして走り抜けた飛鳥は、「ひめたんとか(北野)日奈子とか、私の気持ちを分かってくれているんだろうなという子が選抜にいる事実は安心感につながりました」と語っている(『TopYell』16年11月号)。

ちなみに、齋藤飛鳥が初センターになった『裸足でSummer』の選抜ポジションで、齋藤飛鳥と中元日芽香と北野日奈子がトライアングルポジションになったことを、北野は「夏の大三角形」と呼んだ。

いまはアイドルと別の道を歩んでいる中元だが、曲は残り続ける。齋藤飛鳥は『不等号』に新しい命を吹き込んだ。過去を語ることは野暮なことかもしれないが、過去の積み重ねによって「いま」はできている。齋藤飛鳥はライブパフォーマンスでその連なりを表現してみせた。

(9月1日の神宮球場では、中村麗乃の髪型に中元を思い出したファンも多かったかもしれない)

本編最後のブロックは、齋藤飛鳥のドラムを起点として生バンドをバックにメンバーたちがパフォーマンス。過去にストリングスによる演奏や、乃木團と歌ったこともあったが、生バンドは初めての試みだ。

注目は2曲目の『スカイダイビング』。
17年の夏曲(3rdアルバム『生まれてから初めて見た夢 』収録)なので披露する必然性はあるのだが、それ以上に生バンドのブロックで披露する意味があった。作曲した菅井達司氏によると、『スカイダイビング』は前田敦子のソロライブ(2014年4月3日/Zepp Tokyo)を観てインスピレーションを受けて書いたという。そのライブは生バンドで行われていた。

アイドルとバンドの融合に刺激を作られた“乃木坂らしさ”がない曲だからこそ、メンバーたちも伸び伸びとパフォーマンスしていた。結成から9年近く経って、乃木坂46の新しい可能性が生まれたのだ。『スカイダイビング』では、花道を並んで駆ける桜井玲香、秋元真夏、松村沙友理の姿が印象的だった。

ツアー最終日となる9月1日は、乃木坂46キャプテン・桜井の卒業の日でもあった。アンコールで、純白のドレスを着た桜井は自身の卒業について語った。16年夏に体調不良で1カ月半休養した際、桜井は芸能界を辞めることまで視野に入れていたが、メンバー、スタッフ、ファンは彼女を支え、復帰への道筋を作った。その時に桜井は「本気でこのグループを守らなきゃと思った」という。

卒業を決めたのは「卒業しても、自分と乃木坂は一生、関わっていく」と思ったから。これまで卒業していったメンバーを見て感じたことなのだろう。
「これからも私は『乃木坂』なんだと思っています」と語った。

桜井は卒業ソングである『時々思い出してください』を涙ながらに歌うと、会場中のファンが“桜”が描かれた紙を掲げた。そして、9月4日発売の新曲『夜明けまで強がらなくてもいい』では、センター・遠藤“さくら”とのペアダンスで乃木坂46魂を受け渡すのだった。

さらに『ロマンティックいか焼き』に続いて、アンコール4曲目として本人が「この曲、好きなの~」と選んだのが『僕だけの光』だった(15枚目シングル『裸足でSummer』のカップリング曲)。

2016年10月のアンダーライブ九州シリーズ。本編最後に希望を掴もうとする曲が『僕だけの光』だった。最近では5月24日のアンダーライブ横浜アリーナ公演で、卒業する伊藤かりんがWアンコールの曲として『僕だけの光』を選んだ。『僕だけの光』は乃木坂46にとって特別な曲になりつつある。

実は約5カ月前に桜井は『僕だけの光』について語っていた。「まいまい(深川麻衣)やななみん(橋本奈々未)が卒業コンサートのセットリストを自分で決めたじゃないですか。何年か前に「私だったら何を歌いたいかなぁ」と考えた時、「『僕だけの光』は絶対に入れたい」と思ったんです。『僕だけの光』はメロディラインが良くて、歌っていてすごく気持ちいいから」(『EX大衆』19年5月号)

『僕だけの光』を歌っていると、膝の治療のため全国ツアーで欠席していた井上小百合がサプライズ登場(モバイルメールでも今ライブの不参加を匂わせていた)。
桜井と井上は同学年。井上、桜井、中田花奈、永島聖羅西野七瀬、能條愛未、若月佑美の94年組は乃木坂46メンバーの中で“狭間の世代”と本人は感じていた。しかし、それぞれが『僕だけの光』を見つけてポジションを確立。気づけば94年組は黄金世代になっていた。

そんな94年組も桜井が卒業すると、現役メンバーは井上と中田のみ。桜井と井上が肩を組んで歌う姿には去る者と残る者のドラマがあった。

Wアンコールで桜井が選んだのは『会いたかったかもしれない』という意外な曲だった。デビューシングルに収録された同曲はAKB48の初期代表曲『会いたかった』のアレンジバージョンで、「乃木坂46=AKB48の公式ライバル」というイメージを与えた『会いたかったかもしれない』。乃木坂46は“公式ライバル”の呪縛に苦しんだ時期もあったが、いまは独自のグループとして確立。あえて『会いたかったかもしれない』を歌うことで、世代交代が進む乃木坂46のリスタートを宣言したようにも感じた。

新キャプテンの秋元に促されて、グラウンドを一周する桜井。半周に達するところで昨年12月に卒業した94年組の若月佑美が王子様のように現れた。
2人の関係はもはや説明しなくてもいいだろう。ハグを交わすと若月は「ここからは“戦友”として頑張りましょう」と声をかけた。

メインステージに戻った桜井をメンバーが出迎えると、最後は円陣を組んで「努力、感謝、笑顔、うちらは乃木坂 上り坂 46!」と3万5千人のファンと声を上げる。最後、桜井は「乃木坂に入ってよかった」と話した。これまで乃木坂46を卒業したメンバーの多くが残してきた言葉だ。

この日、多くのOGが神宮球場に集った。乃木坂46は卒業生が気軽に足を運べる場だ。以前「卒業生を含めた運動体が乃木坂46ではないか」と問いかけると、桜井は「そうなるのはひとつの理想ですね。グループではあるけど、一線で活躍している子がいて、卒業してもその世界で頑張って、そのループが続いていく。そんなスケールの大きい組織を作ることができたらいいね、とスタッフの方と話したことがあるんです」と答えた(『EX大衆』2019年5月号)。

9月1日は乃木坂46の初代キャプテンの卒業の日であり、新しい乃木坂46が生まれた日でもあったのだ。
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