格差・貧困問題に取り組み、メディアで積極的に発言をしている作家・雨宮処凛が、バンドやアイドルなどを愛でたり応援したりする“推し活”について深堀りするコラムシリーズ第7回。今回のテーマは、ラーメン界にも推し活があるのか? そこで、年間700杯ラーメンを食べ続ける、日本全国のラーメン店の発掘と紹介をライフワークにしている、かずあっきぃ(通称、ラーメン官僚)氏に登場してもらい、あまりに奥深いラーメンの世界について語ってもらった。
(前中後編の後編)文・雨宮処凛

【前編はこちら】年間700杯ラーメンを食べる男、ラーメン官僚に聞く麺人生「自分を変えたのは環七ラーメンブーム」

【中編はこちら】ラーメン官僚に聞く、ラーメン二郎はなぜ熱狂的人気なのか?「コスパがいい、日常の特別感」

【写真】ラーメン官僚、珠玉の推しラーメン3

「最近はスープの技術が極限まで上がってきて、今は麺で差別化する時代になっています。自家製麺を使うお店が増えていて、そうなると麺を食べさせる類のラーメンが美味くなっていく。だから今、つけ麺がブームになっている。これは論理的に言えることなんです」

令和6年の最先端ラーメン事情についてそう語るラーメン官僚。

ちなみにつけ麺というと濃厚な魚粉系のスープを想像してしまうが、それは「第二世代」のつけ麺らしい。

「第一世代は大勝軒のつけ麺です。
第三世代はラァメン家 69’N’ROLL ONE(ロックンロールワン)という店で生まれて、飯田商店が広めたタイプのあっさりした淡麗系スープですね。まず麺を昆布水につけて、その上でご自由に食べてくださいと。第四世代は、例えばRamen FeeLのつけ麺のようなタイプです」

そう言ってラーメン官僚が見せてくれた写真には、美しい二種類の麺と、塩、醤油の二種類のスープ。もはや私が知るラーメンのヴィジュアルではなく、なんだか懐石料理のような趣だ。

さて、そんなラーメン官僚が「次に来る」と予想するのは、「まぜそば」。

「スープの技術がマックスまで達して、麺が発達していったら、あとはトッピングくらいでしょう。
そうなると、次はまぜそばが来るんです」

大胆予測である。そんなラーメン官僚が今一番都内で「熱い」と思う店は東高円寺の「遊泳」だという。

「今年ブレイクしてますが、うどんとラーメンのハイブリットです。店主はラーメン店だけでなく、うどん屋で修行しているんです。非常にもっちりした超極太麺で、麺にこだわっている。今を象徴するラーメンです」

さて、ここまでラーメンの進化について語ってもらったが、96年の「ラーメン界の明治維新」(青葉、くじら軒、武蔵がオープン)から今年で28年。
まさにラーメン官僚がラーメン漬けとなってきた年月とほぼ重なるが、「失われた30年」と言われるこの国の経済的な停滞とも重なる。先進国で唯一、30年間賃金が上がらず、平均賃金を韓国に抜かれ、GDPを中国とドイツに抜かれてきた歴史だ。そのような世相とラーメンの世界はどのようにリンクしてきたのだろうか。

「96年というのは、ラーメンのあり方が変わった元年だと思っています。95年までは、特に東京では夜遊びのあとに食べるものでした。それがバブル崩壊後、時世も変わり、そんなに夜遊びをしなくなり、ファミリー向けのラーメン店が増えていった。
また、もともとロードサイドに多かったラーメン店ですが、新しい趨勢として、駅近の店も多くなっていきました。そんな90年代後半、ラーメンの値段は600~700円だったと思います」

そこから2010年代前半まで、だいたい700~800円で推移していたという。そうして21年頃、「1000円の壁」が突破されるという歴史的事件が起きる。24年の現在、1000円超のラーメンは普通に見かけるようになった。賃金が上がらない中、なぜ、ラーメンは値上がりしていったのか。

「素材の価格高騰です。
ウクライナの問題もあるでしょう」

そんな中、ラーメン官僚が危惧するのは食べ歩きの「後継者不足」だ。

「一杯1000円以上になると、学生や20代の社会人がラーメンの食べ歩きを始めようって時、つらいですよね。それくらい、ラーメン価格の上がり幅が大きい。重要な問題で、後継者不足を心配しています」

これほど値上がりしてもラーメン人気は衰えないのだから、考えてみればすごいことである。

そんなラーメン官僚の「夢」は、「いつかまた、個人のラーメン本を出したい」というもの。90~2000年代、ラーメン本は毎年出ていたものの、出版不況もあり難しくなっている現状があるようだ。


「あとは、ラーメン店があると言われている自治体を全部回りたい。すべてを制覇したいですね」

前編で前述したように、現在、年に700杯食べているわけだが、それでは出店のペースが上回り、取りこぼしてしまう店が出てくるのだという。

「どれだけ食べてても、途中で止まったらその一年後にできたラーメンを知らない状況になるわけです。だからこそ、年齢が上がるにつれ、ある程度食べ方もうまく変えつつ、続けたいですね。80歳で月60杯は食えないと思うので。ふと思うことは、死ぬのが嫌だな、ってことですね」

見果てぬ夢の中、絶対に辿り着けないゴールを目指すラーメン官僚の旅はこれからも続く。