「若い頃の投資の失敗を通して、事業においてリスクのある投資をするべきじゃないということを学びました」そう語るのは、株式会社理学ボディ代表・木城拓也氏だ。

一方で木城氏は、「投資そのものが悪いとは思っていない」とも話す。
現在、会社のお金を仮想通貨や先物取引のような投機的なものに使うことは一切ないが、人材や仕組み、会社の成長につながる分野への投資は欠かせないという考えは、これまでの経験から強く持つようになったという。

「リスクをきちんと守ること」と「挑戦を諦めないこと」。その両方をどう両立させるかは、何度も岐路に立ったからこそ見えてきた感覚だ。振り返れば、支払った授業料は決して安くなかった。だが木城氏は、それらの失敗を「高い教科書代だった」と表現する。

個人として投資に挑戦し、失敗を重ねたからこそ、リスクがあると分かっていながら突き進むような、愚かな経営判断をしなくなった。そんな経営者として見てもらえたら、と語る。波乱に満ちた投資遍歴の先に、今の経営判断はある。その壮大な挑戦とケタ違いの投資人生を聞いた。

当初は20~30万円だった運用額が、1,000万円に

――最初に投資を始めたのはいつでしたか?

2015年、26歳のときです。理学療法士として働いていたんですけど、株式投資をやりたくなって、スクールに入りました。週1回、マンションの一室で2時間、全10回の講義で「資産を年間1.5~2倍にする方法」を学ぶんです。


終わっても楽しくて、しばらく通っていました。そこで知り合った投資家に旅行に連れて行ってもらったり、エクシブに泊まったり。

自分の知らない世界に触れて、「こうなりたいな」という気持ちがどんどん強くなっていきました。

――印象に残っている言葉はありますか?

2回目の講義で「借金してやるな」と言われたことです。でもそのとき僕は、運用するお金が20~30万円しかなかったんですよね。

講義を受けているうちに、「もっと本気でやりたい」と思うようになって。そうしたら講師から「君も先生にならない?」って言われたんです。

ちょうどその頃、Facebookにトレードのことを投稿していたこともあり、周囲から投資について相談を受けることが増えていきました。

その中で、次第に「もっと大きな金額を動かせるのではないか」と考えるようになりました。そこでカードローンで資金を作りました。利率は高かったですが、「利回りで取り返せる」と思っていました。

運用額は、合計で1,000万円を超える規模になっていました。

「誕生日に1,250万円を失う」チャイナショックの悪夢

そこで日中は仕事を辞めて、9時から15時まではトレードに集中することにしました。

モニターをいくつも並べて、チャートに張りつく生活です。

アベノミクス相場だったので、最初は調子が良くて、月に100万円くらい増えることもありました。今思えば、完全にビギナーズラックだったと思います。

――転機はいつ訪れましたか?

2016年2月12日です。僕の誕生日でした。朝起きたらチャイナショックが起きていて、資産は大きく目減りし、追証もきて、完全に詰みました。

そのとき、事情を知らない親父から「お前、頑張ってるな」と連絡がきたんです。返す言葉がなくて、天井を見ながら泣き続けました。

スクールで教わっていたのは「年間で資産を増やす手法」だったので、どう頑張っても損失を取り戻すことはできない。デイトレード、先物取引、レバレッジ……儲かると聞いたもの、何とかなるかもしれないと思ったものには手を出しました。

結果的には、すべて裏目に出ました。

1,000万円超の借金から、仮想通貨で1億円超へ

最終的に親にすべてを話したんです。両親は年金と保険を解約して、返済を支えてくれました。

それでも借金は残り、最終的には1,000万円を超えていました。普通に働くだけでは返せない金額になっていました。

――そこからどう立て直そうと?

もう起業するしかないと思って、2017年に1号店を出しました。物件の契約も、返済に使っていたカードローンです。

家賃と返済で毎月35万円。スタートの時点から、毎月マイナス50万円が確定しているような状態でした。

実は、カードローンで借りていた350万円のうち、100万円はリップルに投資していました。株式投資スクールで知り合った社長から教えてもらって、3円のときに買ったんです。当時は長い間ほとんど動かず、「これ本当に上がるのか?」という感じでした。でも2018年1月、リップルが急騰しました。


400円を超えて、1億3,000万円になったんです。

――一気に状況が変わりましたね。

周りからは「すぐ売れ」と言われました。ただ当時は、「税引き前で億を超えても意味がない」と思っていて。税金を引いたあとで1億円残る状態を目標にしていたので、売りませんでした。
先物取引でも資金を失う

2019年に入ってから、相場の影響もありリップルは下落しました。20円台まで落ちたとき、「ここから経済はさらに悪くなるはずだ」と考えて、保有していたリップルをすべて売りました。

その資金で先物取引をやろうと思ったんです。でも市場の読みは外れました。結果として、先物取引でも資金を失いました。

ちょうどその頃、店舗を一気に2店舗出した直後で、事業としても資金繰りが楽な状況ではありませんでした。仮想通貨で得た利益があったとはいえ、判断を誤れば簡単にひっくり返る。
その現実を身をもって知ることになりました。

――リップルの後は、どんな投資をされていたんですか?

2022年ごろからは、メタバース内の土地やNFTアートなどに500万円ほど投資しました。ウォレットは「メタマスク」を使っていて、当時は「自分で管理していれば安全だ」と思っていました。取引所に置いておくほうがリスクが高い、と考えていたんです。

でも、ある日ログインしたら、残高はゼロになっていました。不正アクセスの可能性が高いと思っています。

――かなり大きな出来事ですね。

「どれだけ考えても、自分ではコントロールできないリスクがある」ということを突きつけられました。

――現在はシンガポールにお住まいだそうですね。投資以外では、どんなことにお金を使っていますか?

ほとんど使いません。住み込みのフィリピン人の家政婦さんに、週6日で750シンガポールドル(日本円で8万円前後)払っているくらいです。
“貯金だけでは変われない”──個人の価値観と、経営の判断軸

――それでも投資を続けるのはなぜですか?

これは完全に僕個人の価値観です。
ただお金を貯めているだけの状態は、僕にとってはあまり意味がない。

極端な言い方になりますが、貯金は「成長の機会損失」。ひいては、僕自身の“つまらなさスコア”みたいな感覚なんです。

もちろん、堅実な運用を否定しているわけではありません。ただ、アメリカ株を買って年5%増やすような運用では、自分の人生が大きく変わる感覚はなかった。

若い頃は特に、「人がやらないことをしてみたい」「自分の意思決定で結果が返ってくる状況に身を置きたい」という思いが強かったんだと思います。その結果、失敗もたくさんしました。

だからこそ、今ははっきり線を引いています。会社のお金と、個人のお金は別物です。会社では短期的なリターンを狙うような投資はしません。投資をするとすれば、人材や仕組みなど、会社の成長につながるものです。

若い頃に支払った授業料は、高いものでした。でもその経験があったからこそ、「リスクを理解した上で挑戦する」という感覚が、今の経営判断にも確実に活きていると思っています。

綾部 まと あやべ まと 三菱UFJ銀行の法人営業、経済メディア「NewsPicks」を運営するユーザベースのセールス&マーケティングを経て、独立。フリーランスのライター・作家として、インタビュー記事、エッセイやコラムを執筆。フランス・パリ近郊の町に在住。3児の母。趣味はサウナと旅行。
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