ヤクザが登場する映画といえば「仁義なき戦い」(1973年)に始まる実録ものと「日本侠客伝」(1964年)などの任侠ものに大別できる。いずれもドンパチと切った張ったの修羅場を描いて、暴力にカタルシスを求める観客を満足させてきた。


 最近はこの動きが進化したのか、ヤクザ社会を舞台に人間の葛藤にポイントをあてる作品も出てきた。本作もそうした一本といえるだろう。


 最愛の伴侶を病でなくした東島(萩原聖人)は生きる気力を失い、極道の世界から離れ、知らない街に流れ着く。一軒のナイトクラブに入るが、そこはぼったくりバー。多額の請求をされるが、東島は何も言わずポンと30万円を支払う。彼に興味を抱いたママの沙織(黒谷友香)は東島に仕事を任せるようになる。


 一方、組織の一員である南(深水元基)は繰り返される日常に耐えられずにいた。東島について沙織から報告を受けた南は、東島が景色を変えてくれることを期待し、東島に一人の少年・将吾(渋谷そらじ)の面倒を任せる。沙織の元、黙々と仕事をこなしてきた東島だが、将吾の秘密を知ったことをきっかけに、指示に背き、将吾を外に連れ出すのだった……。



やはりヤクザというのは醜い

 夜の街の風景を中心にしたダークな色調、極端にセリフの少ない虚無的な雰囲気。この映画はストーリーを追うよりも、ムードを味わう作品といっていい。


 ただ、そうした中でも東島は幼い将吾の異変に気づく。

将吾は日の当たらない部屋に隔離され、インシュリン注射を打たれている。食事はレトルト食品だ。さらに体には傷跡がくっきり見える。反社会勢力は幼児までも食い物にするのか……。


 ヤクザがいかに醜い生き物かを垣間見せるストーリーだが、その主軸はやはりヤクザの世界に生きる者と生きていた者の精神的な迷いだ。南は東島に自分と同じ匂いをかぐ。ゆえに運命が皮肉に作用。同類の者が敵対しなければならないという宿命に帰結する。


 黒谷演じる美人ママの沙織もヤクザ組織の一員だ。彼女も犯罪的行為に手を貸している。静謐ともいえる物語進行の中に、三人三様のアウトローの破滅が展開。何度も言うが、やはりヤクザは醜い。

ラストシーンがそのことを象徴している。


 ちなみに「月の犬」とは将吾が夜空を見上げてつぶやく言葉だ。月にはウサギがいるはずだが、彼の目には犬しか見えなかった。なぜなのか。それを考えながら鑑賞するのも一興だろう。(文=森田健司)


(配給=渋谷プロダクション/シネマート新宿他にて公開中)


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