ニュージーランドのウィローバンク野生動物保護区で暮らすブルースは、絶滅危惧種のミヤマオウムのオスである。
ブルースには他の鳥にはない特徴があった。
通常なら、武器としても食物を得る道具としても大切なクチバシを失うというのは、極めて深刻な状況であり、生存にも大きく影響すると思うだろう。
だがブルースは、群れの他のどの個体も使わない独自の戦い方を編み出し、なんと群れのボス(アルファ)になったのだ。
この研究成果は、学術誌『Current Biology[https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822%2826%2900259-9]』(2026年4月20日付)に掲載された。
上クチバシを失ったミヤマオウム
ミヤマオウムのオス、ブルースが暮らしているのは、ニュージーランド南島のクライストチャーチにある、ウィローバンク野生動物保護区である。
ブルースは2013年、まだ幼鳥の頃にこの保護区に来たが、その時点で既に上クチバシを失っていた。
事故だったのか、それとも捕食者に襲われたせいなのか、あるいは仲間との争いで失ったのかは、ブルース本人にしかわからない。
クチバシは鳥にとっては手のようなものであり、食事やコミュニケーション、攻撃・防御に欠かせない器官である。
上クチバシを失ってしまえば、餌をつまんだり割ったりちぎったりといった基本動作も難しくなる。
そればかりではない。羽繕いがうまくできないと、羽の状態が悪化して保温や防水の機能が落ち、感染症のリスクも上がってしまう。
他の個体との争いにも不利になり、群れの中での順位の低下にもつながる。そうなると、餌の確保にも苦労することになる。
だから普通ならクチバシを失った鳥は、野生で生き延びる可能性が著しく下がってしまうはずなのだ。
だが、ブルースは違っていた。露出した下くちばしを槍のように突き出すことで他のオスを打ち負かし、餌へのアクセスを確保し、群れでの優位性を維持していたのである。
絶滅危惧種のミヤマオウム
ミヤマオウムはニュージーランド南島に生息する、世界で唯一の山岳性オウムだ。全長46cmほどで、全身がオリーブ色の羽根で覆われている。
羽を広げるとその下側に鮮やかな赤い羽が見える美しい鳥である。マオリ語では「ケア」と呼ばれている。
人間の幼児並みの知能と非常に好奇心旺盛な性格から「世界一頭のいい鳥」とも称されている。
哺乳類以外で唯一、仲間同士で楽しそうな行動(プレイコール)を伝染させることが確認されている。
また、食物の少ない環境に対する適応するため、体力、学習能力、好奇心、協調性、適応性も極めて高く、集団で協力して様々ないたずらをする。
ミヤマオウムはニュージーランドの入植者が植生を破壊し羊を放牧する様になった後、集団で羊を襲ってその背中の肉を食べることがあったため多数が射殺され、絶滅寸前になった。
1986年以降は法令によって保護されており、現在はIUCNレッドリストで絶滅危惧種(EN)となっている。
クチバシがないのに群れのアルファに君臨
ニュージーランドのカンタベリー大学の研究チームは、ウィローバンク野生動物保護区でミヤマオウムの行動や社会関係を観察していた。
ミヤマオウムの群れはすぐに、ブルースの特殊な「強さ」に気づいた。
上クチバシがないのにケンカに負けず、むしろ他のオスを圧倒して、群れの最上位、アルファに君臨していたのだ。
そこで研究チームはブルースの行動に興味を持ち、争いの様子や餌場でのやりとり、羽繕いのやり方などを記録し始めた。
研究チームはブルースを、「行動の工夫だけによって、個体として「アルファ」の地位を獲得し維持する、あらゆる種を通じて初めての障がいを持つ動物の例」とした。
この予想外の成果は、動物界における身体的な障がいが、必ずしも不利になるとは限らないことを示している。
ブルースは障がいがあるからこそ、行動を工夫せざるを得なかったのです。その結果、自分をより危険な存在にする方法を見つけました
カンタベリー大学の行動生態学者であり、本研究の共著者であるシメナ・ネルソン博士はこう語る。
独自の戦法でケンカでは負け知らず
研究チームはブルースと群れとの関係性を観察し、糞に含まれるストレス指標の分析を行って、群れの中での社会的順位を明らかにすることにした。
彼らはまず、群れにいる12羽のミヤマオウム(オス9羽、メス3羽)の間での、227回の攻撃的なやり取りを記録した。
そのうち162回はオス同士による争いだった。そのグループの中で、ブルースは36回の争いに加わり、なんとすべてに勝利している。
その争いのほとんどは長引かなかった。73%のケースでは、ブルースの攻撃は接触と同時に相手を退かせ、戦いがエスカレートする前に決着がついたという。
研究者たちはその結果に驚いた。
その代わりにブルースは、独自の戦い方を編み出していた。残っている下クチバシで相手を突くのである。
至近距離では首を伸ばして相手を突き、離れた位置からは走ったり跳びかかったりして、勢いをつけて攻撃する様子も観察された。
研究者たちはこの行動を「ジョスティング(槍試合)」と名付けたが、この種ではこれまで確認されていなかった戦術だという。
この方法は、通常なら適した戦い方とは言えない。
なぜならミヤマオウムの上クチバシは、下クチバシに覆いかぶさるように曲がっているため、相手を突いても上クチバシの丸い形状が当たるだけだからだ。
一方でブルースは前方へ強く突進して体当たりすることで、相手の体勢を崩すような攻撃を可能にしている。
さらにさまざまな角度から突きを繰り出し、相手の頭や背中、翼、脚に目標を分散させ、鋭い攻撃を加え続けるのだ。
観察の結果、ブルースは他のミヤマオウムに比べ、クチバシを使った争いを5倍以上行っており、この戦術は非常に有効だった。
そしてその結果、オス同士の優劣争いにおいて、ブルースは研究チームが記録した限りでは、すべてに勝利しているのだ。
強すぎて?ストレスフリーな群れでの生活
この勝利により得られる恩恵も明らかだった。
ブルースは餌場を優先的に利用するようになり、群れの中で唯一、他のオスから羽づくろいを受けるようになった。
さらに興味深いことも判明した。ブルースの糞に含まれるストレス関連ホルモン(コルチコステロン)の値は、群れの中で最も低かったのだ。
この結果は予想外でした。通常は、地位を維持する個体ほど強いストレスを受けると考えられていました
オークランド大学の大学院でミヤマオウムの研究をしている、アマリア・バストス氏(本研究には関与していない)はこう語る。
一方、共著者でカンタベリー大学の研究員アレクサンダー・グラブハムは、次のように述べている。
ブルースはあまりにも優位なため、そもそも大きな挑戦を受けていない可能性があります。彼は追い回されたり攻撃されたりする心配がないとわかっているのです
ただし、この成果があくまでも、管理された野生動物保護区で得られたものである。完全な野生であればまったく異なる結果になっていた可能性もある。
敵の多い完全な野生下では、ブルースはおそらく生き延びられなかったかもしれないと指摘する意見もある。
それでもブルースの事例は、生き物にとって大きな不利となる肉体的条件が新たな行動を生み、逆に社会的地位の獲得につながることを示したのだ。
身体的なハンデがあっても、それが必ずしも不利に働くとは限らない。短所が長所になるってやつだ。
行動を工夫して状況を変え、群れの中で優位な立場を築いたブルースは、動物の適応能力の幅の広さを端的に示す例だと言えるだろう。
References: Disabled parrot is undefeated alpha male of his group thanks to novel “beak jousting”[https://www.eurekalert.org/news-releases/1123227] / CELL[https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822%2826%2900259-9]











