篠原ななみ(本誌ライター)

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日本には世界的な老舗が多いという話はよく知られている。世界全体での老舗ランキングを一覧しても、上位は日本が独占している。


1位:金剛組(創業578年で1448年目)建設・日本
2位:慶雲館(創業705年で1321年目)旅館・日本
3位:古まん(創業717年で1309年目)旅館・日本
4位:法師(創業718年で1308年目)旅館・日本
5位:源田紙業(創業771年で1255年)製紙・日本
6位:シュティフツ・クリナリウム(創業803年,1223年年目)レストラン・オーストリア
7位:シュタッフェルター・ホフ(創業862年で1164年年目)ワイン醸造)・ドイツ
8位:田中伊雅仏具店(創業885年で1141年目)仏具・日本
9位:一文字屋和輔(創業1000年で1026年目)和菓子・日本
10位:朱宮神仏具店(創業1024年で1002年目)仏具・日本

特に京都の街を歩けば、創業数百年といった企業はごろごろある。もちろん、上記のトップ10を見てもわかるように、その多くは建設、宗教用具、あるいは飲食分野に集中している。それはいうまでもなく、古くから存在している産業には、それに紐づいた老舗があるからだ。例えば、現在最大のコンピュータゲームメーカーである任天堂が京都で創業したのは1889年であるが、これは同社がもともと花札メーカーとして出発しているためであり、ゲーム製造という意味では、1977年からである。

そう言った分野の代表例が化粧品やスキンケアといった分野である。現存最古の化粧品メーカーは1615年創業の日本の「柳屋本店」である。同社は食用紅、化粧紅、練紅、白粉、香油などの製造販売を起源としている。ようは「口紅とおしろい」という古来からある化粧品であるが、それでも創業は400年と、老舗ランキングに比べると意外にも新しい。

さらに踏み込んで、最近、男女共に関心を集めているスキンケアの分野となるとどうか。化粧水分野で現存最古の会社は、1885年(明治18年)創業の「桃谷順天館」である。ニキビ肌用化粧水からスタートした同社は、化粧石鹸の老舗として知られる花王(1887年創業)よりも歴史が古い。さらに言えば、同社は代々の製薬業「正木屋」を前身としており、当時すでに260年を誇る老舗であることを考えれば、実態としては400年を超える歴史を持ち、先述の柳屋本店と並ぶ最古の化粧品メーカーとも言える。


とはいえ、日本の老舗業界から見れば「まだまだ新興企業」のうように錯覚してしまうが、スキンケアなどという言葉が存在する遥か以前からスキンケア業として操業しているのは、なかなかすごい。

本誌でも美容医療や美容市場に関する取材を数多く行っているが、近年、スキンケア市場は急激に拡大している。2021年度に約1兆1,000億円だった我が国のスキンケア市場は、2025年度は約1兆4600億円。前年度比でも2.7%増だ。それは、老若男女、男女を問わず、スキンケアへの関心の高まりもあるが、日本の高品質なスキンケア用品が世界的な注目を集めている点も無視できない。インバウンド事業の一環として、スキンケア商品のショッピングツアーや体験が組み込まれているものも多い。

そこで本稿では、化粧品企業として最古参の一つである桃谷順天館(大阪/代表取締役社長・桃谷誠一郎)に、老舗メーカーから見る現在のスキンケア市場について、同社広報・石田成実氏に話を聞いた。

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(以下、インタビュー)

本誌ライター・篠原ななみ(以下、篠原):現在、急速に成長している日本のスキンケア市場について、老舗メーカーとしてどう感じているのか。お聞かせください。

桃谷順天館広報・石田成実氏(以下、石田氏):弊社は創薬メーカー正木屋としての源流から数えれば約400年、化粧品会社『桃谷順天館』としては141年となります。現在の市場環境は、私たちが近代的なスキンケアへシフトした明治初期の熱量に近いものを感じます。

篠原:それはどのような状況ですか?

石田氏:明治維新になり、急速に生活環境が代わり、西洋の文化や技術が一気に日本に流入している医薬品業界にも「治療薬」だけでなく、美容といった「キレイになる」「幸せになる」ための欲求が高まっているような状況です。
近年、世界的に技術の高まりやSNSなどによる情報の流通によって、最先端の医薬品や医療技術に対して、多くの人がさまざまな情報を手軽に得られるようになりました。その結果、新しい技術が生み出す、新しい成果が新しいニーズを生み出しています。その一つが男女問わず高まるスキンケアの分野ではないかでしょうか。

篠原:それは御社の歴史とも重なる?

石田氏:そうですね。和歌山の薬種商であった正木屋の当主、桃谷政次郎が桃谷順天館を創業する時、政次郎がまずやったことは、東京にゆき、西洋の最先端の創薬技術を学ぶことでした。東大で最先端の技術、大都会での最新の文化を身につけ、試行錯誤して作り出したスキンケア商品「美顔水」が全国で爆発的に売れたことが私たちのスタートになっています。日本でのスキンケア市場に始まりであると自負しています。

篠原:近年のスキンケア市場は、毎年、拡大しています。その背景には新しい技術、新しいサービスがどんどん出てきていることが要因ということでしょうか。

石田氏:はい、まさにその通り。近年のスキンケア市場は、技術の進化とともに拡大し続けています。さらには、こんな成分がいい、著名人が良いと言っていたから、などといった情報も常に増え続けています。
ただ、私たちが感じているのは、「情報が増えるほど、選べなくなる」という逆説です。だからこそ今、私たちは「本当に必要なのは、知識なのか。それとも、感覚なのか」という新しい問いに挑戦しています。

篠原:歴史ある御社が最近、取り組んでいる新しいチャレンジは何かありますか?

石田氏:はい、そうした問いから生まれたのが、「CHEF de BEAUTÉ(シェフドボーテ)」というブランドです。CHEF de BEAUTÉでは、成分や理論を先に提示するのではなく、「触れる・感じる・選ぶ」というプロセスそのものを大切にしています。自分の肌にとって何が心地いいのか——その答えは、知識ではなく、自分の肌が知っていると私たちは考えています。そうした感覚を取り戻す場として、五感体験型店舗「CHEF de BEAUTÉ kyoto(シェフドボーテ京都)」を、今年4月29日に京都にオープンいたします。ブランドの旗艦店でありながら、単なる販売の場ではなく、体験を通して「自分の肌にとって本当に必要なもの」を見つけていただくことを目的としています。

<創業140年>老舗化粧品会社が五感体験型店舗「シェフドボー...の画像はこちら >>

(写真提供:桃谷順天館)

篠原:品質にこだわる京都という場所にもあっている印象です。

石田氏:観光の合間にも立ち寄っていただける、「美のリトリート」して、ブランドの世界観を五感で堪能いただける空間になっていると思います。

篠原:具体的にはどのようなサービスがあるのでしょうか?

石田氏:たとえば、ハンドクリームのお仕立て体験は、スタッフとの対話を通じて、今の自分に最適な心地よさをその場で調合します。それはクリームのテクスチャーだけではありません。
香りや素材、出来上がった自分だけのハンドクリームを入れるためのパッケージの素材もスタッフ(シェフ)と相談してセレクトしていただきます。

篠原:なるほど、だから「五感体験型」なんですね。京都というゆったりとした時間と空間を最大に利用した贅沢なサービスですね。

石田氏:はい、まさにその通りです。老舗がひしめく京都の中で、私たち自身が持っている老舗としての技術力やホスピタリティを、まったく新しい環境で贅沢に体験していただくことが目的です。ですから、スタッフもいわゆる「ビューティーアドバイザー」ではなく、「シェフ」と名乗らせていただいています。

篠原:なるほど、世界最大の観光地である京都の環境と御社の老舗ならではのバックグラウンドを活かした企画ですね。

石田氏:これまでスキンケア業界ではこういった試みはありませんでした。どちらかと言えば、派手に、手軽に知ってもらうことが多かったはずです。しかし、消費者のみなさんの目も肥え、海外からも日本の高品質なスキンケア商品を求めてくるようになっています。そういった時代や価値観の変化に対して、私たち自身ができる最良解として、五感体験型店舗「CHEF de BEAUTÉ kyoto(シェフドボーテ京都)」を展開してゆく予定です。

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(以上、インタビュー)

最先端のテクノロジーが溢れる2026年の今、最古参のスキンケアメーカーが提示したのは、皮肉にも「自分の感覚を信じる」という、極めて人間的でアナログな体験である。
千年以上の歴史を持つ老舗が息づく京都で、自分の肌の声に耳を澄ませる時間は、多忙を極める現代人にとって、最も必要な「仕立て」なのだろう。創業140年を迎える老舗の挑戦が、成熟したスキンケア市場にどう響くのか注目したい。
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