■夜な夜な保育園で開かれる保護者の宴
熊本市東区にある「やまなみこども園」で、保護者が子どもの成長と、自分の親としての成長を願って保育に参加する文化があることは本書で述べてきた通りだ。こうした保護者の中には、園を実家や親友の家のように捉えて、気ままに訪れる人も少なくない。
夜な夜な園で開催される飲み会がその典型だ。
仕事を終えた保護者がビールや缶酎ハイ、それに焼酎のボトルを手に園にやってきて、夜更けまで顔を赤らめて語り合うのだ。
園には保護者会や各種行事の実行委員の集まりをはじめとして、運動会やキャンプの準備など複数の保護者が集まる機会がたくさんあり、保護者たちはそれを理由に頻繁に宴(うたげ)を開いているのである。
コロナ禍以降、全国的に多くの園で保護者会への参加者が激減し、謝恩会をはじめとして多くの会が縮小・中止に追い込まれる傾向にある。だが、やまなみこども園の保護者たちが未だに親族のように親しく付き合うだけでなく、あえて園の中で宴会をしようとするのは、彼らを結びつけるシステムがあるからだ。
■“認可外”ゆえの財政格差に対する連帯意識
これには、やまなみこども園が開園当初から認可外保育園として運営されてきたことが関係している。
国や地方自治体は、施設の構造や保育士の配置など一定の基準をクリアした保育園に対して「認可」を与え、多くの補助金を支給したが、財源が限られていることもあってその数は限定的だった。そこで第二次ベビーブームで保育需要が高まった1970年代に、認可園からあぶれた子どもの受け皿として急速に増えていったのが認可外保育園だったのである。
その形態は様々で、マンションの一室に子どもを押し込んでいるだけのようなところもあれば、やまなみこども園のように一般的な認可園よりはるかに高い評価を受けているところもある。
認可外保育園に共通する弱点は、補助金がないために経営が苦しいことだ。
この時に役に立ったのが熊本でつづく、酒を酌(く)み交わすことで親睦を深める文化だ。熊本には江戸時代から赤酒(あかざけ)が「御国酒(おくにざけ)」として保護されてきたり、お互いに酒を注ぎ合う「献杯・返杯」の文化があったりして、酒がコミュニケーションの道具となってきた。
園でも、それを受け継いだ人たちが、飲めても飲めなくても、気軽に宴会に参加することで連帯感を高めていったのだ。
■保育だけでなく経営に関与する保護者たち
園の創設者である山並道枝(やまなみみちえ)は言う。
「熊本市では一時期70もの認可外保育園がありましたが、どこも保護者の協力なくしてはやっていけませんでした。そのため保護者会が結束して、様々なイベントを開催して園の財政を支えたり、人手が足りないところを補ったりしていました。園のために汗をかくことは、そのまま自分の子どもの成長に直結するという共通の認識があったのです。
うちの園では、そうした伝統が開園から半世紀経った今でもしっかりと残っていて、保護者が園の保育だけでなく、経営にまで関与してくれています。みんなで園を支えるというスタンスが受け継がれているのです。
ただ、こういう伝統が残っているのは珍しいかもしれませんね。
■保護者会主催の多彩なイベント群
やまなみこども園の保護者会は毎年4月に会長以下の体制が決まり、主催する様々なイベントの実行委員会が結成される。
代表的なものであれば、夏祭りである「夕涼み会」や、出店が並ぶ「バザー」、それに日常的な保護者同士の物販「よかモン販売」などがある。
「よかモン」とは熊本弁で「良い物」を意味して、保護者の実家の農家で作られるオーガニック食品や、故郷の漁港から仕入れた干物など高品質のものを独自ルートで販売するのだ。これらの活動によって生まれた利益が園の運営費に充てられる仕組みになっている。
これに似た取り組みは他の園でも多かれ少なかれ行われている。だからといってこれほど保護者たちが主体的に参加するわけではない。
事実、やまなみこども園の特色を知らずに子どもを入れた保護者の多くは、「最初は園にかかわるのが面倒くさいと思っていた」「なんで他の親が園のことに熱心なのか理解できなかった」と異口同音に語る。
■「僕が知らない娘の姿まであった」と驚く父
やまなみこども園の特徴は、そんな親にすら保育に参加することのやりがいを実感させる環境があるところだ。
霜出豊和は、4人の子どもを園に通わせた。妻が入園を決めたものの、初め霜出自身は園の濃密な人間関係を煩(わずら)わしく感じていたという。彼はふり返る。
「最初に園で開催された夕涼み会に行った時は、親たちがものすごく盛り上がっていて引いてしまいました。
ただ驚いたのは、そういう保護者に限ってうちの娘のことをとてもよく知っているんです。『○○ちゃんのお父さんですね。○○ちゃんって○○してましたよね』と口々に話してくれて、そこには僕が知らない娘の姿まであった。後でわかったんですが、彼らは園に積極的にかかわっていく中で、自分の子どもだけでなく、他の子たちのことにも詳しくなっていたんです。
僕は彼らと話をしているうちに、だんだんと娘のことをもっと知らなくっちゃという気持ちになって園の活動に参加するようになった。そしたら娘はすごく喜んでくれて、友達やその保護者を紹介してくれ、一緒になっていろんなことに取り組んでくれるようになって……」
こうした中で、霜出は他の保護者と交遊する機会が増え、保護者会の活動にも力を入れるようになっていく。その一つが、夕涼み会だ。
■「夕涼み会」は地域住民との交流の場
夕涼み会は、夏の休日に開催される。その日の朝、年長の子どもたちは多彩な色の法被を着て手作りの神輿(みこし)を担いで、近所の健軍商店街を練り歩く。そして商店街の広場に神輿を置き、全員でソーラン節を披露し、集まってきた見物客にチラシを配って園で祭りを行うことを伝える。
園に戻った後は、各クラスの子たちが手作りの大きなステージに立ち、次々と出し物をする。
園の関係者だけでなく、近所の人たちも毎年楽しみにやってくるので、当日はごった返して人波に押し流されるような状態になる。こうした交流を通じて地域住民にもやまなみこども園のことを理解してもらっているのである。
日が暮れだした頃、ステージで子どもたちの出し物につづいて行われるのが保護者のショーだ。父親たちが「パパレンジャー」と称してヒーローショーを行う、母親たちがハワイアンダンスを踊る、保護者のトリオがコントやヒゲダンスを披露するなどだ。
園に関係のある人もない人も、みんなが仲良くなり、やまなみこども園のことを理解する。
■保護者の有志で「やまやまCLUB」結成
ある年、霜出は保護者たちと共にバンドを結成することになった。大学時代にフォークソング同好会に所属してバンドでドラムをやっていたのだが、卒業後は音楽から遠ざかっていた。それが、夕涼み会の準備をする中で、父親と母親の有志で米米CLUBのコピーバンドをやろうという話が持ち上がり、加わることになったのだ。
バンドは名づけて「やまやまCLUB」。名曲『浪漫飛行』を演奏しながら、母親たちが揃いの衣装を身につけて音楽に合わせて踊ることになった。
迎えた夕涼み会当日、霜出は人であふれかえる園庭のステージに上った。
まぶしいスポットライトがメンバーを照らす。スティックを打ち鳴らす音と共に『浪漫飛行』の演奏が響き、母親たちがダンスをはじめると、会場の保護者は歓声を上げて立ち上がり、音楽に合わせて踊りだした。同世代の保護者にとっても思い出の曲なのだろう。
会場の盛り上がりは見る見るうちに最高潮に達し、曲を知らない子どもたちまでもが触発されて見様見真似でうたいだした。
霜出は自分たちが奏でる音楽によって会場が一つになるのを目の当たりにして鳥肌が立つ思いがした。自分の子どもを含めて全員が嬉々としてうたい踊っている。それは大学時代のバンド活動で感じたのとはまったく異なる胸の高鳴りだった。
■子どもを通して経験する“第二の青春”
夕涼み会の後、霜出は保護者会の仲間に呼びかけ、再びバンドを結成した。
それから2年間にわたって保護者会長を務め、創設40周年イベントの時にはホテルのホールを借り切り、数百人の関係者を集めてバンド以外にも様々な催し物を行った。
霜出もまた、園で過ごすこうした時間が楽しく、予定以上に子どもを作ることになったという。彼は話す。
「夕涼み会でのバンドは、僕にとっての“第二の青春”みたいなものでした。若い時に夢中になった音楽をもう一度、今度は妻や子どもたちと共に楽しめるなんて、こんなに幸せなことはないじゃないですか。
ここみたいに園で保護者自身が喜びを感じられる環境って他にありませんよね。一緒にバンドや保護者会の活動をした家族とはとても仲良くなったし、旅行なんかにも出かけるようになった。だからこそ、保護者たちはもっと子どもたちと過ごしたい、もっと子どもがほしいと考えるようになっていくんじゃないでしょうか。私も気がついたら子どもが4人になっていました」
仕事が終わった後にスタジオでバンドの練習をし、汗も引かぬ間にビールで乾杯をし、音楽や家庭のことを語り、一緒に旅行へも出かける。まさに30代~40代になって訪れた2度目の青春といえる。
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石井 光太(いしい・こうた)
ノンフィクション作家
1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』(文春文庫)、『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』(いずれも新潮文庫)など多数。2021年『こどもホスピスの奇跡』(新潮社)で新潮ドキュメント賞を受賞。
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(ノンフィクション作家 石井 光太)

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