稼ぎ続けられる医師や歯科医師は何が違うのか。歯科医師で経営コンサルタントの多保学さんは「医師や歯科医師は経営の考え方をインストールして『経営者』にならない限り、いつまでも『現場の労働者』という現実から逃れられない」という――。

※本稿は、多保学『脱・院長の教科書』(クインテッセンス出版)の一部を再編集したものです。
■年齢を重ねると、数をこなすことが困難に
私達の体力は、年齢とともに確実に衰えていきます。しかし、医師や歯科医師のなかには、この事実を忘れ、いつまでも若い頃と同じペースで働き続けられると勘違いしている先生が少なくありません。
医院や歯科医院は、まさに体を動かして稼ぐ「労働集約型」のビジネスモデルです。そのため、体力のある若い世代のほうが当然有利です。
マーケティングにおけるQPSは3つの要素で考えます。QはQuality(品質)、PはPrice(料金)、SはService(サービス)です。保険診療主体のクリニックの場合、診療の質(Q)はクリニック間でほとんど変わりません。
料金(P)は国によって決められているため、横並びです。しかも、国の医療費の負担が年々重くなるなかで、今後の診療報酬は下がる一方かもしれません。サービス(S)の差別化も、保険診療の範囲内では限界があります。
このように、QPSで競合と差をつけることが難しい場合、収益を上げるには患者数を増やすしかありません。
しかし、年齢を重ねると、体力の衰えもあり、数をこなすことが困難になってしまいます。
また、開業当初の30代や40代は、先生自身やスタッフも若く、クリニックも新しいため、患者さんが集まり、高収益を得られるかもしれません。しかし、50代、60代、70代になっても改装や設備投資をせず、自己研鑽を怠れば、どうなるでしょうか。
近隣に若くて勢いのある先生が開業すれば、患者さんがそちらに流れていくのは当然のことです。
■多くの院長が気づかない残酷な現実
しかし、多くの院長がこの現実に気づきません。自分達の仕事を特別だと思い込み、労働集約型ビジネスモデルだという認識がないのです。
医療業界の仕事は、実際には典型的な“体が資本”の仕事です。体を壊せば即座に収入が断たれてしまいます。私の周りでも、若くして癌を患ったり、突然の心筋梗塞で倒れ、自己破産したり、結果的に家族が路頭に迷うケースは珍しくありません。
AIやDXの進歩を考えれば、近い将来、むし歯治療やインプラントをロボットが担うようになる可能性すらあります。
しかし、最終的な判断や患者さんとの接触は、医師自身が担うべき領域であることは変わりません。医院や歯科医院は、人が介在しなければ回らないビジネスモデルなのです。

したがって、私達は経営の考え方をインストールして「経営者」にならない限り、いつまでも「現場の労働者」という現実から逃れられません。
もちろん、なかには成功している院長もいます。その人達は、経営者として仕組みを構築することで、自分の体が資本となる労働集約型ビジネスから脱却しているのです。
■「技術が高ければ、患者が来る時代」の終焉
人口減少が進み、医院間の競争がますます激しくなるなかで、小規模な医院の生き残りは厳しさを増しています。とくに歯科業界では、個人事業主の小規模医院と大規模法人の二極化が進み、大規模法人に患者さんと人材が集中しやすくなっています。
30年前、全国の歯科医院数に占める医療法人の割合は5%未満でしたが、現在は20%以上に達しています。さらに医療法人の売上は増加する一方、個人医院の売上は減少傾向にあります。
小規模医院にとって、とくに厳しくなるのが人材の獲得です。なかでも厳しいのが、歯科医師や歯科衛生士以外の職種の採用です。理由は、専門職以外の人材は大企業や他業種とも競合するためです。
現時点で、専門職である歯科医師や歯科衛生士の採用もうまくいっていないとすれば、相当危険な状況といえます。さらに今後は歯科衛生士も、一般企業に流れる傾向が加速する可能性があります。

こうした状況を踏まえて、小規模医院には人材獲得のための戦略的な取り組みが必要になります。
時代は大きく変わりました。内向きの職人気質や家族優先の発想では、もはや生き残ることは出来ません。患者さんや働き手が何を求めているかを常に考え、市場の変化に合わせて柔軟に対応していく。それこそが、これからの時代に求められる経営者の姿勢といえます。
■人生の夏は30代・40代
「初任給100万円でいかがですか?」
そんな甘い誘いに飛びついてしまう若い医師・歯科医師が、最近増えています。研修を終えたばかりで、まだ何の実績もない彼らが高収入を得てしまうことは、その後の彼らの人生にとって大きな問題があります。
私達の人生は、春夏秋冬にたとえることができます。人生の春である10代・20代は、インスピレーションが湧き、さまざまなことを吸収できる貴重な時期です。この時期にどれだけ頑張ったかで、人生の夏である30代・40代が決まります。
30代・40代はもっとも脂が乗った時期であり、もっとも稼げる時期でもあります。人生の秋である50代・60代になると、体力が落ち、パフォーマンスが低下し始めます。
人生の冬である70代以降になると、さらにパフォーマンスは低下します。
人生で成功するために必要な3つの資本があります。人的資本、社会資本、そして金融資本です。人的資本とは、私達医療従事者でいえば医師免許を取得し、さらに知識や技術を高めることです。
人生の春である10代・20代は、まさにこの人的資本を身につけるために必要な時期です。人的資本が身についてこそ、夏の30代・40代で社会的に認められる社会資本が身につき、結果として金融資本もついてきます。
■20代で高収入のお金だけに走った勤務医の末路
ところが、最近の若い方の多くは、このような順番があることに気づいていません。
SNSで派手に稼いでいることをアピールする同世代の姿などを見て、人生の春である10代・20代で人的資本を育てることを飛ばして、いきなり社会資本や金融資本が手に入ると錯覚してしまうのです。
そんな彼らが飛びつくのが、初任給100万円の仕事です。普通に考えれば、研修を終えたばかりで人的資本がまだ十分に備わっていない歯科医師が、100万円も稼げるはずがありません。
考えられるのは、よほど無理な診療をさせるか、利益優先のあってはならないような診療をさせるか、そのいずれかです。
人生において大切な10代・20代の春の時期をこのようなことに使ってしまうと、医療従事者として本来身につけるべき知識や技術が身につかないため、人的資本が育ちません。

最近増えている、研修を終えた医師が最初の就職先として保険診療ではなく美容医療分野を選ぶ“直美(ちょくび)”も同様です。
一度甘い汁を吸ってしまうと、もう後戻りは出来ません。子どもに大金を渡すようなもので、お金のありがたみも使い方もわからないまま、金の魔力に踊らされてしまうのです。
■人生の秋・冬はプレイヤーとして衰える
人的資本が育たなければ社会資本も育たないため、その後に開業しても長くは続かないでしょう。10代・20代では、他の年代に比べて時間だけは十分にあります。
スポンジのように全てを吸収出来る時期にあり余る時間をかけ、人的資本を磨くべきです。30代・40代になると家族も出来て、人的資本を磨くための時間の確保が難しくなります。
私達が人生の戦略を考えるうえで知っておくべきことが、もう1つあります。それは、人間の知能には「流動性知能」と「結晶性知能」の2つがあることです。
流動性知能とは、新しい環境や問題に柔軟に対応する能力で、発想力なども含まれます。この流動性知能は10代後半から20代前半がピーク(図表1)で、30代以降は徐々に低下していくと考えられています。GAFAMの創業者の多くは、まさに流動性知能がピークだった時期に起業しています。

一方の結晶性知能は、学んできた知識や経験をもとに物事を理解し、判断する能力です。結晶性知能は流動性知能と異なり、年齢とともに蓄積されると考えられています(図表2)。
私達は、人生の春に流動性知能をフルに活かして人的資本を鍛えることで、人生の夏に社会資本や金融資本が備わってきます。人生の秋・冬になると、体力の衰えとともにプレイヤーとしての能力が低下することは避けられません。
■50代・60代以降も活躍するために
その反面、結晶性知能はどんどん高まっていきます。そこで、診療時間を減らし、社会資本や蓄積された知識・経験を活かして経営者として医院の経営や後進の育成にシフトしていくことが出来ます。
そうすれば、より体力のある自分より若い世代のスタッフ達に診療をカバーしてもらうことも可能になります。体力が衰える50代・60代以降でも、それまでの蓄積である結晶性知能を活かして、経営者として十分活躍出来るのです。
私は若いスタッフ達に対して、人生戦略を考えるうえで大切な春夏秋冬の概念と3つの資本、そして2つの知能について必ず伝えるようにしています。
目先の高収入に惑わされず、長期的な視点で人生設計を考え、真の医療従事者として患者さんに貢献出来る人材になって欲しいからです。
あなたも、これを機に、自分自身の人生戦略を見直してみてはいかがでしょうか?

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多保 学(たぼ・まなぶ)

歯科医師、経営コンサルタント

医療法人社団幸誠会 たぼ歯科医院 理事長、日本歯周病学会指導医、歯科博士。日本歯科大学附属病院 総合診療科 臨床准教授。日本歯科大学卒業後に米国ロマリンダ大学に留学。2015年、さいたま市に「たぼ歯科医院」を開業。医療技術だけでなく、成功者の思考法を積み重ね行動した結果、医院は年商12億を達成。現在は複数の株式会社を経営し、人々の健康を守る使命のもと、予防歯科の重要性を広める活動や、コンサルティング業を通して経営に悩む歯科医師の支援に尽力している。著書は『0歳から100歳までの これからの「歯の教科書」』(イースト・プレス)、他に専門書の共著書は20冊以上。

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(歯科医師、経営コンサルタント 多保 学)
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