■食料自給率100%を掲げる政治家
「日本の食料自給率を100%にするべき」という意見がよく見られるようになりました。例えば、以前から参政党は公約に「食料自給率100%」を掲げ、特にカロリーベースでの完全自給を目指すべきだと主張し続けています。その背景には、国民の生命を守るためには、輸入依存から脱却し、国内生産を最大化することが必要だという考えがあるようです。
一方、自民党においては、公式の政策目標には記載されていないものの、高市早苗内閣総理大臣は、2025年の総裁選時に「食料自給率100%に限りなく近づける」ことを政権公約に掲げ、今年2月にも食料安全保障の重要性から「カロリーベース自給率100%を目指していきたい強い思いがある」と述べています。
確かに、どの国においても食料自給率は大切です。自分たちの食べるものを自分たちで用意できるか否かは、食料安全保障の根幹となる部分だといえるでしょう。農業生産にかかる肥料や農薬等の資材や農業機械が高騰し、毎年のように異常気象に見舞われる今、食料自給率への注目度は年々高まっていると感じます。
■食料自給率には複数の指標がある
ただし、ここで注意すべきは「食料自給率を上げる」ことと「カロリーベースで食料自給率100%を目指す」ことは、必ずしも同じ意味ではないという点です。この違いを理解しないまま議論が進むと、現実から乖離した政策につながりかねません。
そもそも、ひとくちに「食料自給率」と言っても、じつはさまざまな種類があり、以下の2つが代表的です。
・カロリーベース自給率:国民が摂取する総カロリーのうち、国内生産で賄える割合
・生産額ベース自給率:食料の金額ベースで見た自給率
日本の現在のカロリーベース自給率は38%で、生産額ベース自給率は64%です。穀物生産の盛んなカナダやオーストラリアではカロリーベースが100%を大幅に上まわる一方で、比較的付加価値の高い品目を生産する国は生産額ベースが伸びる傾向にあります。日本のカロリーベース自給率は低く思えますが、生産額ベースだとさほど低く思えないでしょう。どの指標を採用するかによって、「自給率が高いのか低いのか」という印象自体が変わってしまうのです。
■カロリーベース自給率の問題点
日本では主にカロリーベース自給率が注目されていますが、野菜や果物、魚などは、生産額が高くてもカロリーは低いため、この指標では過小評価されやすいという欠点があります。つまり、カロリーベース自給率の最大の問題は、「カロリーさえ満たせばよい」という発想に陥りやすい点です。
仮に日本がカロリーベース自給率100%を目指すとしましょう。現在の日本の農地面積や生産構造を前提にすると、最も効率よくカロリーを摂取できる作物――コメや小麦、イモ類などに偏る可能性が高くなります。極端な例を挙げれば、1日の食事が、以下のように炭水化物中心の極めて単調なものになる可能性があるのです。
朝:白米と味噌汁
昼:おにぎり
夜:芋とご飯
なお、日本が畜産に必要な飼料の多くを輸入に頼っていることを考慮して計算すると、肉や卵、乳製品の摂取量を大幅に減らさなければ、カロリーベースでの自給率100%達成は不可能です。このように「自給率100%」という言葉の裏側で、栄養バランスや食の豊かさが犠牲になるリスクがあります。
■平時偏重の指標であるという問題
もう一つの問題は、カロリーベース自給率は、あくまで平時の日本における生産および消費の構造に基づいて計算されている点です。
実際、有事においては、生産も消費も大きく変化します。もしも戦争や大規模な災害が起こって輸入がストップした場合、多くの人々は嗜好性の高い食材ではなく、より保存性が高くカロリーの高い食品を摂るようになるはずです。少なくとも、平時とは食生活が変わることは間違いありません。例えば、コメや小麦製品、芋類がメインとなり、タンパク質は豆類から、野菜は漬物が多くなると考えられます。
それに応じて、農業も作付け品目を変える必要が出てきます。戦時中に芋類が積極的に栽培されたのと同じ理由で、肥料があまり必要なく保存性の高いサツマイモやジャガイモを中心とした生産に変わっていくかもしれません。
つまり、本当に重要なのは「今の食生活をそのまま維持できるか」ではなく、「非常時にどれだけ柔軟に生産と消費を切り替えられるか」なのです。
■日本に国内完結型が向かない理由
そもそも日本は、食料需給を国内で完結させるには構造的な制約が大きい国です。
第一に、農地面積の制約があります。日本の耕地面積は約440万ヘクタールに過ぎず、人口規模に対して極めて限られています。単純にカロリー自給率を100%に引き上げようとすると、理論上は現在の数倍規模の農地が必要になるという試算もあります。
第二に、日本は典型的な資源輸入国です。
・飼料(トウモロコシ・大豆など)
・肥料原料(リン・カリなど)
・農薬
・燃料(トラクターや輸送)
第三に、日本は世界有数の災害大国です。地震、台風、豪雨などにより、特定地域の農業生産が一時的に壊滅するリスクが常に存在します。国内だけで完結させようとすればするほど、このリスクは分散されず、むしろ集中してしまうのです。
■「食料自給力」を高めることが重要
では、日本はどのような食料政策をとるべきでしょうか。単に「自給率100%」という目標を掲げるのではなく、複数の手段を組み合わせた現実的な戦略が必要です。
まず、国内農業への適切な支援により、生産基盤を維持・強化することが重要です。ただし、それは無理にすべてを国内で賄うという意味ではありません。次に、国家備蓄の充実も不可欠です。穀物や肥料などの備蓄を増やすことで、短期的な供給ショックに耐えられる体制を整える必要があります。
さらに、輸入先の分散や国際関係の強化によるリスクヘッジも重要です。一国依存ではなく、多様な供給源を確保することで、安定性が大きく向上します。加えて、輸出の強化も一つの戦略です。平時に輸出できる競争力を持つことで、有事にはそれを国内向けに振り替える「バッファー」として機能させることができます。
こうした取り組みを総合すると、目指すべきは「食料自給率」という静的な指標ではなく、「食料自給力」という動的な概念であるといえるでしょう。すなわち、有事の際にどれだけ迅速に国内生産を拡大し、国民の生命を支えられるか。その柔軟性と持続性こそが、真の食料安全保障の核心であると私は考えます。
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SITO.(シト)
農家、農業ライター
1993年、愛知県生まれ。キャベツとタマネギを栽培する露地野菜農家で、農業ライター。就農前から日本農業の諸課題に関心を持ち、生産現場の知見と幅広い農業情報を融合しながら「農業とそれに携わる人たちの持続可能な社会」を模索し続けている。また、農業分野にまつわる誤情報やデマと戦う姿勢を貫き、学術的な知見と実践的な経験の両面から、正確な情報発信に努めている。
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(農家、農業ライター SITO.)

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