■元相方はM-1王者「たくろう」の赤木裕
楽屋Aのオーナー加藤進之介さんは、大阪大学在学中に休学をして養成所へ入り、芸人を志していた。M-1グランプリ2025の王者「たくろう」の赤木裕さんと当時コンビを組み、卒業ライブでは4位という華々しい結果を残すほどの実力だった。
しかし、加藤さんが芸人として進むことに家族は反対した。
「反対を押し切ってやるからには、本気でやる。卒業ライブで優勝できなかったら、自分には芸人として売れる才能がきっとないから、きっぱり諦めよう」
その誓いに従い、加藤さんは養成所卒業とともに芸人の道を諦める。
■「芸人たちの給料を上げたい」
大学卒業後は商社に勤めるものの、自分の未来が大体予想がついてしまうことに退屈さを抱いた加藤さん。転職したとしてもきっとそれは変わらない。自分にはなにができて、なにがしたいのかを棚卸しした結果、「やっぱり自分にはお笑いしかない」と気付き、再び芸人になるのではなく、劇場を作ることにしたという。
その理由を「芸人の収益構造にもともと疑問を持っていて、彼らの給料を上げたかったから」と加藤さんは言う。
■出番1回300円、バイトで食いつなぐ生活
実際に芸歴2年の元芸人が「1回の劇場出番では300円と、チケットを売った枚数のいくらかのキックバックがあるだけ」と言うのを耳にしたことがある。
「やりたくてやっているけど、バイトのほうがお金がもらえる。生活という現実を目の当たりにすると、あの金額では不満が出てきてしまう」とため息をついていた。
加藤さんは「評価され劇場入りしている芸人も2500円しかもらえない。当日の劇場運営のスタッフの人件費や運営費を考えたら、どうしたってこれくらいしか渡せないことは理解できる」と、この構造を理解しながらも、「ここをなんとかしたいと思った」と言う。
このままでは、芸人は芸を磨く時間を削って、生活のためのアルバイトをし続けなければならない。この状況を打破したい。そのために、楽屋Aは会場費をゼロに設定。その代わりに、チケットの売り上げを劇場と演者で分配する方法を採用した。
音響や照明、受け付けといった運営スタッフも劇場側が用意する。つまり、芸人は赤字のリスクを負うことなく、純粋にコンテンツの質だけで勝負できる。まさに芸人ファーストな運営方法を取っている。
■実は東京のほうが圧倒的に盛り上がっている
加藤さんが身を削った運営をするのには理由があった。「大阪はお笑いの中心地」というイメージが広く浸透しているが、実際は東京のほうが圧倒的に盛り上がっている。その現状に加藤さんは寂しさを抱いている。
現在、大阪のお笑い界は、吉本興業が企画・制作・劇場運営・マネジメント・教育のすべてを内製化し、完結させている。100年を超える歴史が築いたこの強靭なスタイルは、一見すると鉄壁に見えるものの、この「1社完結」の構造が、市場がさらに拡大していくうえでの、構造的なボトルネックとなっている側面も否定できない。
対して東京は、吉本興業以外にも無数の中小事務所やフリーのプロデューサーという「エンジン(企画の発生源)」が乱立している。誰かが新しい企画を思い立てば、それが独立した仕事として動き出す自由度が、あちこちである。
「大阪はほぼ巨大なひとつのエンジンしか稼働していない。いくらその巨大組織のマネージャーが優秀でも、一人ひとりが抱えるタスクには限界があり、物理的に人が足りていないのが実状。その組織のキャパシティや決裁権者の思考の枠が、そのまま『大阪のお笑い市場の天井』になってしまっている」と加藤さんは語る。
■「吉本一強」業界構造の危うさ
この「エンジン」の少なさが、結果として現場に落ちる仕事の総量を減らしている。若手芸人にとって、大阪での成功は「限られたパイ」を奪い合うイス取りゲームだ。
ただこの問題の本質は大阪のお笑い市場が吉本興業に一極集中していることへの是非ではない。むしろ、「1社が市場の責任を背負いすぎている」という構造そのものの危うさである。
現在、大阪のお笑い界における仕事の創出は、実質的に吉本興業がそのすべてを担っている。110年もの間、芸人のために一生懸命に現場を耕し、舞台を作り、テレビやイベントとのパイプを繋いできた。その献身によって大阪の文化が守られてきたことは揺るぎない事実だ。ただ、健全な市場競争という観点から見れば、「1社が頑張らなければ、市場が止まってしまう」という依存度の高さはリスクを孕んでいる。
本来、市場の活力とは、多様なプレイヤーがそれぞれの視点で勝手に仕事を生み出すことで最大化される。しかし、現在の大阪は「吉本興業が仕事を供給してくれるのを待つ」という一極集中型になっており、その組織のキャパシティがそのまま市場の限界となっている。
吉本興業「だけ」が頑張り続けなければならないこの構造が、結果として大阪からチャンスを奪っている。1社にすべての雇用創出を委ねるのではなく、インディーズ劇場や他の中小資本が自律的に「新しい仕事の発生源」となることで、巨大企業の負担を減らしつつ、市場全体のパイを広げるべき時期に来ているのではないだろうか。
■“兼業芸人”の活躍が目立つ東京
さらに、大阪と東京のお笑い界を分かつのは、市場規模の差だけではない。そこには、芸人という生き方に対する「思想」の決定的な断絶がある。
東京では、「大学お笑い」や「社会人お笑い」といった、いわゆる“兼業芸人”の文化が急速に成熟してきた。象徴的なのは、大学在学中から注目を集めたラランドや、令和ロマン、真空ジェシカといった次世代の旗手たちだ。彼らは既存のお笑い界を戦略的にハックしている。
東京では学業や仕事と両立しながらお笑いを兼業として続けられるグラデーションが当たり前に存在していて、その厚みのある層から、既存の型にはまらない新しい笑いの文化や、洗練された戦略を持つ強者が次々と生まれている。いわば、お笑いの研究と開発が、学業や本業から得られる自由な着想で日常的に行われている状態。
■「本気でやるか、やらないか」の関西
対して西日本では、お笑いは依然として「本気でやるか、やらないか」という0か100かの二択を迫られる傾向が強い。お笑いの道を選ぶならば、学業や安定した職などの退路を断つ決意で養成所の門を叩く。そして、経済的な不安を抱えながら舞台に立ち続けることだけが「正解」とされる、ストイックな下積みを前提とした考えが根強い。
しかし、この「一か八か」を強いる文化は、現代においては諸刃の剣となっている。リスクが高すぎるために、本来お笑いの世界で輝けるはずだった多様なバックグラウンドを持つ才能が参入を躊躇してしまうし、生活の困窮という苦痛に耐えきれず夢破れる者も毎年後を絶たない。
東京のグラデーションを許す余白が、進化し続ける背景の要素となっている。だが、大阪もまた変わりつつある。加藤さんやこの劇場に出演する芸人たちの手によって、今、東京の後を追うように参入障壁は下がり、新たな熱が生まれ始めている。
■1社に依存しない「大阪お笑いの文化」を
加藤さんの挑戦は、まさにこの「新しいエンジン」の創出だ。1社が背負いすぎている「大阪のエンタメを守る」という重責を、民間の多様なプレイヤーが分担できる構造を作ること。
加藤さんは「この巨大なブランドが築いてきた信頼は素晴らしいし、自身も大ファンだ」と語る一方、その「外側」にある才能が正当に評価される仕組みの必要性を説いている。
「看板に頼らず、純粋に『面白いかどうか』で価値が決定される多様な評価軸が大阪に根付くことが、大阪のお笑い文化の先細りを食い止めるために必要です。巨大企業がそのブランドと伝統を守り抜く一方で、私たちのようなインディーズが、より自由でニッチな市場を開拓し、新しいプレイヤーとファン層を掘り起こす。そうすることで、1社だけに依存しない、より強固でしなやかな『大阪お笑いの文化』が構築できるはずだ」と加藤さんは語る。
現在、楽屋Aにはお笑いを志す学生や、社会人、フリー芸人と、彼らの自由な芸風を好む観客たちが集まり、少しずつその大きな目標に向かって着実に歩みを進めている。常連芸人の「ボニーボニー」はM-1の3回戦常連、「ハヤイカガヤイ」はTHE Wの2025年大会で準決勝へ進出をした。よく楽屋Aの舞台に立っている「栗尾真理」はR-1グランプリ2026年で準決勝進出など、賞レースなどで名を残すようになってきている。
■運営はギリギリ、それでも続ける理由
また、学生お笑いに関しても東京と比較して10年の後れがあるにもかかわらず、近畿大学の「クジラ会館」が「大学生M-1グランプリ」の2025年大会で準優勝、大学芸会個人戦2025審査員賞を獲得したり、大学芸会主催の全国一面白いサークルを決定するNOROSHIでも近畿大学の「こども帝国」が決勝に残るなど、肩を並べて戦えるところまできている。それもこれも持ち出しなしでライブを打てる楽屋Aという存在が大きいと学生芸人たちも口々に言う。
それでも劇場の運営は東京と比較して苦しい。東京は数年先までのスケジュールが埋まるのに対して、大阪はプレイヤーの少なさから来月のスケジュールすら余裕がある。楽屋Aは赤字ではないものの、毎月の利益は劇場がギリギリ運営できるラインしか儲けはない。
その現実を突き付けられながらも「お笑い市場の中心地を大阪に引き戻す」という高い目標を掲げ、1社だけに依存しない無数の小さなエンジンが自律的に回転するエコシステムを作れるよう加藤さんは営業も、当日のライブ運営もすべて引き受け、芸人が芸を磨くことだけに集中できるよう劇場を運営している。
大阪が再び真の「笑いの都」として輝きを取り戻せるかどうかは、楽屋Aを含めた多様なエンジンが、どれだけ増えて、力強く回り始めるかにかかっているのではないだろうか。
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後藤 華子(ごとう・はなこ)
ライター
居酒屋とサブカルチャー好きのアラサーライター。大阪を拠点に活動中。広告制作会社での企画営業職、観光業向けのITツールの営業職を経て、ライターに転身。現場の声に耳を傾け、等身大の目線で「今」を伝える。
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(ライター 後藤 華子)

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