故・細木数子氏は週刊誌記事により損害を被ったとして、出版社を相手に高額の損害賠償請求を提起していたが、細木氏側が裁判を取り下げ、出版社側の実質的な勝訴に終わっている。ノンフィクションライターの溝口敦さんの書籍『喰うか喰われるか 私の山口組体験』(講談社)より、細木数子氏との裁判の一部始終を紹介する――。
(第2回)
■細木数子が起こした「6億円の損害賠償請求訴訟」
細木数子が6億円の損害賠償請求訴訟を起こすという噂は事前に流れていた。6億円とはどこをどう押せば出てくるカネか不思議だったが、細木とすれば高額訴訟で私の連載を否定しているという印象操作ができればよかったのだろう。
6月7日、編集部経由でファックス送信されてきた細木の訴状を見た。請求額が6億1256万7400円、訴状に貼ってある印紙額だけで185万9000円。こけおどしの高額には今さら驚かなかったが、驚いたのは「被告」に名指されているのは講談社(代表者 代表取締役・野間佐和子)とあるだけで、筆者の溝口の名がない。週刊現代編集長の名もない。びっくりした。
私の連載が細木の名誉と信用を毀損したというなら、ふつうは発行元、編集長、執筆者の三者を連名で訴える。ところが溝口は「訴外」なのだ。溝口が記事を書いたし、そのときもなお書きつつあった。細木にとっては正に憎き元凶が溝口であるはずだ。
■被告が講談社だけだったワケ
なぜ溝口を「訴外」にするのか。
この後も連載を続ける溝口のしつこい追及を恐れたのか、発行元と筆者との分断を狙ったのか。もちろん細木側には私を追加提訴する手もあるのだが、ハナから溝口を被告に加えないようでは、裁判全体の真剣さが疑われる。
細木との関係で取材と記事の全容を知るのは溝口である。しかし溝口は訴えられていないから、裁判に参加する資格がない。
そういう人間が参加する方法として「補助参加」がある。万一、溝口が裁判を傍観することで講談社が細木に敗れれば、溝口は講談社に6億円余の大損害を掛けることになる。ライターとして溝口の信用は崩落し、溝口はライターでいられなくなる。
私はこの裁判の利害関係人なのだから、何としても裁判に参加するべきだった。
■細木の持つ暴力団差配の強さ
ところが補助参加する者の弁護士は、講談社側の弁護士が兼任することができない。被告と補助参加人は利害を異にするという建て前からである。
私は池袋の小見山繁弁護士、その知り合いの竹之内明弁護士(後に東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長)の2人にお願いして補助参加の代理人を引き受けてもらった。両弁護士には息子の刺傷事件で山健組・井上邦雄組長らを訴える損害賠償請求訴訟も引き受けてもらっている。

細木側は5人の弁護士を立てていたが、担当の阿部鋼弁護士は9月、補助参加したいという溝口の意向に難色を示した。溝口が加わると、審理の内容を逐一記事化するというのだ。
言っては悪いが、細木側の弁護陣はお粗末で、記事化できるほど内容の濃い証拠を一度として出したことがない。よく言うぜ、と私は思った。
12月にようやく補助参加が裁判官に認められ、私は何度か準備書面や陳述書を出し、細木側を追い詰めていった。
と、細木側は2007年6月、私に圧力を掛けた司興業・森健司組長を名古屋の公証人役場に出頭させ、ウソで固めた陳述書を作成、署名捺印して我々の前に提示した。
森組長は証人席に立ちたくない。その替わりに公証人役場で供述したという趣旨らしい。通常は用いられない異例の方法である。法的に効力も認められていない。だが、ともあれ、細木の持つ暴力団差配の強さをまじまじと見せつけられる思いがした。
■「100万円の札束」を渡してきた
だが、森組長の陳述書には事実に基づく迫力がまるでなかった。

考えれば無理もないことである。ヤクザは家宅捜索などを頻繁に受けるから、メモを取る習慣がないし、取らない。
対して私のような商売では取材し、メモを取るのが仕事のようなものだ。綿密さ、緻密さ、正確さの点でヤクザは問題にもならない。まして森組長の陳述書はウソで固めた細木側に立ち、細木を擁護する目的を持つから、ウソにウソを重ねることになる。迫力の出ようがない。
陳述書には、森組長が南青山で私に初めて会ったのは2006年2月3日だと明記してある。
だが、この日、私は息子が刺された件で三鷹署に呼び出され、事情聴取を受けていた。三鷹署の聴取書には月日も記されているし、担当警部の署名もある。私はそのコピーを提出し、簡単に森組長陳述書のウソを論破した。
しかし、私が驚くことがあった。森組長と私との間では現金入りの封筒を受け取れ、受け取れないというやり取りがあったわけだが、それを否定するとばかり思っていた。
ところが森組長の陳述書では肯定し、実際にあったこととしている。
細木側の阿部鋼弁護士などは「ウソだ。溝口は山健組に100万円の札束を受け取れと迫られた、と最近、雑誌で書いている。似たような事件が短日月の間に二度も起こるわけがない」と強弁していた。
■「あんたがきちんと書いてくれたことの御礼だから」
しかし、森組長の陳述書では、封筒の性格を変えた上、まるきりウソのストーリーを作り上げてのことだが、やり取りを認めている。参考までに森陳述書のその部分を引用してみよう。
〈帰り際、私は「こないだご馳走になった御礼」といって用意してあった茶封筒(森組長註・現金50万円入り)を溝口に渡そうとしました。六代目や親父のことをよく書いてくれて本当に嬉しかったので私のポケットマネーから出したおカネです。
溝「受け取れません。竹書房からの信頼がなくなる……」
私は先日の接待は竹書房が支払ったので竹書房の手前受け取れないのかと思いました(溝口・単に間に合わせで昼飯を一緒に食べただけ。もともと御礼をいわれるような会食ではない)。
森「これは、雑誌社とは関係ない。
あんたがきちんと書いてくれたことの御礼だから、別に雑誌社の人には言わなくてもいいだろう」
溝「わからなければいいという問題ではないから」(森組長・といって固辞)
森「あんたも頑固だな。だったら、これはこっちで次のメシ代として預かっておくから。先生、銀座の行きつけの店ある?」
溝「ありますよ」
森「わかった、そしたらこのカネで今度は銀座の店行こや。近いうちにみんなで飯食おう。竹書房の人にもよろしく言っといてよ。それまで預かっておくからな」
溝「そうしてください」

■「細木絡みの記事潰し」を否定
私が差し出したおカネがこの間の接待の御礼であり、親分のことをよく書いてくれたことへの御礼の意味であることは、溝口も当然わかっていたはずです

(溝口・ぜんぜんわかっていない。なぜならウソだから。溝口は髙山若頭のことをふつうに書いただけで「よく書いて」もいない)。
私が溝口におカネを差し出したのは、溝口が細木数子の取材ができるように頼んであげた後で帰り際に差し出したものであり、細木絡みの記事潰しを意図しておカネを出したと勘違いするとは考えられません。細木のことに限っていえば取材をできるように頼んでやったのは私のほうで、御礼をもらうべきはこっちであって、こちらから御礼を渡す筋合いでないことくらいだれだってわかります

(溝口・前記したように溝口はこのとき細木インタビューを望んでいない。細木を狸のように脇からの取材という煙でいぶり出し、出ざるを得なくさせようとは思っていた)。
森組長の陳述書の別の箇所では、私の悪口をメチャクチャ書いているが、この部分を読むかぎり、森組長は可愛らしいウソをつく、といった気がする。

■そして、細木数子は訴えを取り下げた
ホントを言えば、残念に思っている。細木の一件がなければ、私は森組長を取材源として失うことはなかったろう。かつて『五代目山口組』を書くことで、10回以上もインタビューしてきた渡辺芳則組長を取材源でなくしたことなど問題にならないほど、私にとって森組長を失ったことは大きい。
しかし、私の職業倫理は、私が書いた文章を原因として、講談社に6億円の損失をかぶせることはできないというものだ。対抗上、連載の第4回目で「細木数子は暴力団最高幹部に私の原稿つぶしを依頼した」というきつい一発を見舞うしかなかった、といまでも考えている。
講談社は2008年5月、細木数子と森健司組長、そして溝口と当時の週刊現代編集長・加藤晴之氏の4人を法廷に立たせ、証言させるべく「証拠申出書」を裁判所に提出した。証人尋問は私が主張していたところでもある。
細木側はこれで腰砕けになり、講談社が謝れば、6億円余の請求は引っ込めると言い出し、7月14日には臆面もなく訴えを取り下げた。我々の実質的な勝訴である。
■「ヤバイ事実の糊塗」が目的だった
すでに細木はその年3月に、レギュラー出演していたすべてのテレビ番組から降板していた。
フジテレビ系『幸せって何だっけ~カズカズの宝話~』とTBS系『ズバリ言うわよ!』の2本であり、2番組そのものが細木の降板で消滅した。
だから細木にすれば、レギュラー番組を降りた以上、無理に無理を重ねて訴訟を続けている意味がなくなったともいえる。
私たちは読者の興味を引き、公益にかなう記事を書き、出版し、出版物を広告しただけである。私はある意味、細木乱訴の被害者であり、逆に細木を訴えたいとさえ当時、思っていた。
細木は訴訟を社会的な目くらましとヤバイ事実の糊塗に使った。訴訟の目的外使用である。許しがたいレベルにあるが、訴えられ、補助参加した側は原告細木の訴えの取り下げを受け入れるしか方法がない。
実質的に私たちの側が勝ったとはいえ、残念なことである。

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溝口 敦(みぞぐち・あつし)

ノンフィクション作家

1942年生まれ。東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。『食肉の帝王』で2004年に講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『暴力団』『山口組三国志 織田絆誠という男』などがある。

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(ノンフィクション作家 溝口 敦)
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