結婚や育児は人の性格にどう影響するのか。早稲田大学の小塩真司教授は「既婚者や親になると、人として成熟するというイメージがあるかもしれないが、実際にはもっと複雑な変化が起きる」という――。

※本稿は、小塩真司『性格は変えられるのか いまの自分を好きになれない人へ』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■結婚すると性格が変わる?
日本の婚姻件数のピークは1970年代で、当時と比べると2020年代以降は半数以下となっています。人口あたりの婚姻率も低下し、平均初婚年齢は男女とも30歳前後になってきました。ただしこれは平均であり、初婚のピークとなる年齢は27歳前後ですので注意が必要です。いずれにしても、結婚へのハードルは、どんどん高くなってきています。
さて、昔から「結婚すれば落ち着く」とか「家庭を持てば責任感が出る」といった言い回しはよくされます。こういった内容は、日常会話でもよく耳にするかもしれません。
では、研究の中でも、そういった傾向は見られるのでしょうか。
過去に行われた研究を統合することで、12万人以上を対象とした大規模な分析が行われています。ところがその結果によれば、結婚という出来事がビッグ・ファイブ(※)の性格特性に与える影響は、統計的には非常に「小さい」という程度のものか、ほとんど影響が認められないことが示されているのです。
私たちが思い描きがちな「結婚による人物像の変化」というのは、少なくとも集団で見たときの平均的な変化としては、それほど明確に出てくるわけではないのです。
※外向性、神経症傾向(情緒安定性)、開放性、協調性(調和性)、勤勉性(誠実性)という5つの性格特性のこと
■真剣な恋人ができた時、「大人」になる
性格がより大きく変化しやすいのは婚姻届を出したときではなく、「人生で最初に真剣につき合う恋人ができた時」であるという可能性を報告する研究があります。

人生で初めて親密なパートナーシップを経験すると、神経症傾向が低下し、外向性や勤勉性が高まるという傾向が観察されているのです。これは、他者と深い関わりをもつという新しい社会的役割を引き受けることが、若者を急速に「大人」へと変えていくからなのかもしれません。
つまり、心理的なインパクトという点では、「恋人ができた」という出来事のほうが、法的な手続きである「結婚」よりも大きい可能性があるのです。結婚は、その延長線上にある社会制度的な節目にすぎないとも言えます。
■成熟している人ほど結婚を選びやすい
しかしながらその一方で、「既婚者は落ち着いていてしっかりしているものではないか」、という印象を持つ人がいることでしょう。ただし、それは結婚生活が人を変えた結果というよりも、「もともと情緒が安定していて、信頼できる人ほど結婚しやすい」傾向があるという、選抜による効果によって生じる可能性が考えられます。
結婚というライフイベントが人を成熟させたのではなく、成熟している人が結婚という選択をよりしやすい、という考え方です。
さらに、結婚の前後には「予期効果」も観察されます。
まだ結婚していない、結婚を控えた時期に、人生満足度や勤勉性が一時的に上昇する傾向がよく観察されるのです。しかしその一方で、結婚後しばらく経つと、その上昇は元の水準へと戻ってしまう傾向があることも、研究の中で示されています。人は、ネガティブな出来事だけでなく、ポジティブな出来事に対してもしだいに慣れていき、それが「あたり前」になっていくものなのかもしれません。
■家庭という「繭」ができ、内向的に
もしかしたら「結婚すれば社交的になる」というイメージも抱くのではないでしょうか。
しかし、実際のデータは少し違う方向性を示しています。結婚後に外向性や開放性が上昇するどころか、わずかに「低下する」傾向が報告されているのです。
これは、幼虫が「繭(まゆ)」を経て成虫になっていくイメージに重なります。
パートナーという安定した社会的支えを得ることによって、新しい人間関係や刺激を外に求める必要性は、結婚前よりも相対的に低くなる可能性があります。「家庭」という安心できる「繭」の中だけで生活が完結しやすくなり、その結果として活動の範囲が内側に向くのです。これが、外向性や開放性が平均的に少し低下する、という現象にあらわれてくるという可能性です。
これは、必ずしもネガティブな変化ではありません。むしろ、生活の中心が家庭の外から家庭の内へと移動することを指しています。結婚したのですから、家族の幸福が最優先という人も増えていくと予想されます。これは、結婚することで自分自身の役割が捉え直された結果、とも言えるでしょう。
■どんな人の配偶者になるかのほうが重要
結婚というイベントそのものよりも重要なのは、「配偶者としての役割」をどのように受け入れるかです。パートナーに合わせること、相手との衝突があってもうまく乗り越えること、幸福で充実した共同生活を築いていくことなどは、ビッグ・ファイブの中でも協調性を高めていく可能性を秘めています。

ただしここに関しても、これまでに何度も見てきたように、その変化は一瞬で起こるものではなく、時間をかけた環境への適応のなかで、徐々に生じてきた結果なのです。
さらに、どのような人物と結婚するかも大きな意味を持つと言えそうです。
情緒的に安定したパートナーと生活することで、不安傾向の強い人の神経症傾向が和らぐ「癒しの効果」のような現象が見られることもあるようです。その一方で、性格や価値観が似た者同士がお互いに惹かれ合うことによって、お互いがもともともっていた性格特性がさらに強化されることもありえます。
「結婚すれば人は変わる」と考えるのは、あまりに単純化しすぎのようです。「結婚するかしないか」ではなく、どのような相手とどのような生活を送っていくのかということのほうが、性格の変化という点からすると重要です。これは、考えてみれば当たり前のことのように思うのですが、見逃しがちなことでもあります。
■親になることがもたらす意外な変化
結婚と同じように、「親になる」という出来事もまた、人を大きく変えると信じられがちなライフイベントです。
子育てを経験した大人たちは、「自分を変えるような経験だった」とか「子育ての中で自分も変わった」と感じることもあるようです。しかし、研究の中でもそういった変化は報告されているのでしょうか。
子どもが生まれれば責任感が芽生え、自然と成熟するものだ、という考え方は、私たちの社会の中でよく見られます。
心理学の研究の中でも、こうした直感を支持する理論があります。
やはりそれも、ここまで何度か登場してきた「社会的投資の原理」です。子育てという、成熟した大人に特有の社会的役割に強くコミットしていくほど、勤勉性や情緒安定性といった、人間にとって成熟したイメージをもつ性格特性が高まっていくだろうという考え方です。
ところが、実際に子育てをする親を対象とした心理学の研究を見ていくと、社会的投資の原理からイメージされるような性格の変化とは、やや異なる可能性が示されています。
■子育てという「混乱」にどう適応するか
さまざまな研究によれば、第一子の誕生は勤勉性を高めるどころか、むしろ一時的に低下させる傾向が観察されているのです。出産を経験することは外向性の低下と関連しており、勤勉性や情緒安定性の明確な向上も確認されませんでした。
これは、育児というまだ経験したことがない初めての出来事によって、自分や家族がもつ資源(リソース)が足りなくなることや、生活の混乱を反映している可能性があります。
初めて子どもをもつという経験は、それまでの生活を激変させます。夜間に授乳をしなければならなかったり、睡眠が不足したり、子どもがいるとやはり予定も立てにくくなります。出かけようと思って準備をしても、子どもの調子が突然悪くなるかもしれません。子どもが誕生するまで維持してきた生活は一気に崩れてしまい、計画的な生活からは程遠いものになってしまう可能性もあるのです。
親になるという経験は、大人としての成熟に向かう変化というよりも、まずは混乱を経験し、そのなかでいかに適応していくのかということが問題になるのかもしれません。
■「ベビー・バブル」はいつの間にか終わる
興味深いのは、その変化が出産後だけに起こるわけではないという点です。

先に紹介したのと同じ研究によれば、これから出産するという時期には、情緒安定性や人生満足度が一時的に上昇する「予期効果」が観察されています。これは、結婚前に生じる効果と似たような効果です。結婚するときだけでなく、新しい家族を迎えるという期待についても、それが生じる前に心理的な好ましい効果をもたらすのです。
しかし出産後、その好ましさは急速に低下していき、元の水準へ、あるいはそれ以下へと戻る傾向が示されています。まるで、赤ちゃんが生まれることによる一時的な高揚という意味で「ベビー・バブル」とも言えるようなこの現象は、結婚の時と同じように、ポジティブな出来事に対して人が次第に「あたりまえ」として慣れていってしまうことを示しています。
親になることが性格に及ぼす影響は、男女で同じ形では表れません。
■社交性が低い男性が父親になると…
フィンランドの9年間にわたる調査データを用いて分析した研究によると、「性格が子どもをもつ確率を予測する」だけでなく、「子どもをもつことがその後の性格変化を予測する」という双方向の関連が見られています。
そして子どもを授かることは、神経症傾向の一部で感情を抱きやすい傾向である情動性が高まることに関連しており、この傾向はもともと情動性が高い人や、子どもが二人以上いる場合に特に強く見られました。
さらに父親では、外向性の一部で他者との関係を形成しやすい傾向である社交性について、親になることに伴って複雑な変化が見られることも報告されました。もともと社交性が高い男性は親になるとより社交的になり、もともと社交性が低い男性はさらに低下するというように、もともと持っていた傾向が強まって分岐していくようなパターンが示されたのです。
■子どもの存在が親の性格を変えていく
ここで重要なのが、「双方向性」という観点です。
親が子どもを育てるだけでなく、子どももまた親を変えていくのです。
刺激に敏感でなかなか泣き止まず、夜泣きも多いような行動パターンをもつ子どもを授かった親は、慢性的なストレスのなかで神経症傾向が高まりやすい可能性があります。
逆に、安定した感情を示す穏やかな気質の子どもを授かった場合には、その子の親は自己効力感や満足感を高めていく可能性があります。実際に、子どもの気質が親の行動や心理特性に影響することは、研究の中でも示唆されています。
「親になれば変わる」というのは、確かに「何かしらは変わる」部分があるのは確かでしょう。しかし、その変化は一様ではなく、親になって何を経験したのかで大きく変わっていくということです。
どのような子どもと、どのような日常的相互作用を積み重ねるかが、親の性格を少しずつ変えていくのです。

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小塩 真司(おしお・あつし)

早稲田大学文学学術院教授

1972年愛知県生まれ。名古屋大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科教育心理学専攻修了。博士(教育心理学)。中部大学准教授などを経て現職。専門はパーソナリティ心理学、発達心理学。著書に『自己愛の青年心理学』(ナカニシヤ出版)、『はじめて学ぶパーソナリティ心理学』(ミネルヴァ書房)、『性格を科学する心理学のはなし』(新曜社)、『性格がいい人、悪い人の科学』(日経プレミアシリーズ)、『性格とは何か より良く生きるための心理学』(中公新書)、『非認知能力 概念・測定と教育の可能性』(北大路書房・共著)、『「性格が悪い」とはどういうことか――ダークサイドの心理学』(ちくま新書)などがある。

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(早稲田大学文学学術院教授 小塩 真司)
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