なぜ『スーパーマリオブラザーズ』は破格のヒットゲームになったのか。東京大学大学院教授でゲーム研究が専門の吉田寛さんは「プレイヤーがやるべきことが、誰でも画面を見ればすぐに分かるように直感的にデザインされている」という――。

※本稿は、吉田寛『東京大学で教わるゲーム学入門』(世界文化社)の一部を再編集したものです。
■初めてでも直感的に操作できる
タイトル:『スーパーマリオブラザーズ』(任天堂、ファミリーコンピュータ、1985年9月)
『スーパーマリオブラザーズ』(以下、『スーパーマリオ』と略記)の優れた点は、スクロールや大型キャラクターなどの画面表示の技術だけではありません。開発を率いた宮本茂は後年のインタビューで、「ユーザーが触っているだけでもインタラクティブ(双方向的)で楽しいゲーム」「触っているだけでうれしくなり、何度も触りたくなるゲーム」を作りたかった、「ルール」や「ストーリー」は後回しでよかった、と振り返っています。
また「ゲームを作るときに、まずは何から考え始めるか?」という質問に対して、彼は「手触り」や「操作感」だと答えています。「画面の中で何かが動いて、それを自分が操作したら面白いのではないかと、手触りをもとに連想していく」と彼は言います。
宮本がいう「手触り」や「操作感」とは、ゲームがプレイヤーに与える身体感覚や、画面内のキャラクターとプレイヤーの自然な一体感を指しています。『スーパーマリオ』は、コントローラーやボタンの操作がプレイヤーの手や指にすんなり馴染むことや、初めて遊ぶプレイヤーでも操作方法が直感的に分かることを重視して設計されています。玩具メーカーとしての任天堂の強みが発揮された結果ともいえます。
■「Bダッシュジャンプ」の快感
ファミコンのコントローラーには十字キー(十字型の方向ボタン)とAとBの二つのボタンが付いていますが、『スーパーマリオ』はこれらのキーとボタンの使用方法が斬新かつ絶妙でした。そのもっともよい例が「Bダッシュジャンプ」です。
「スーパーマリオ実験仕様」の段階では、十字キーの上方向に「ジャンプ」が割り当てられ、Aボタンは「アタック(道具による)」、Bボタンは「ラン(加速)」と設定されていました。これは『スーパーマリオ』と並行して開発されたファミコン版『スパルタンX』の操作方法に類似しています。
そこでは、十字キーの上方向にジャンプ、Aボタンにパンチ、Bボタンにキックが割り当てられていました。
宮本によれば、ジャンプの操作方法が十字キーの上方向からAボタンへと変更されたのは、「Bダッシュジャンプ」のやりやすさを考慮した結果でした。「Bダッシュジャンプ」とは、Bボタンを押してダッシュをしながら(加速度を付けて)Aボタンでジャンプをすると、通常よりも高く、そして遠くまでジャンプできるというテクニックです。少々コツが要りますが、ゲームを進めるうえでしばしば必要になります。
そして「Bダッシュジャンプ」をするためには、プレイヤーは通常、右手の「親指の先」でBボタンを押したまま、タイミングを見計らって「親指の腹」でAボタンを押すことになります。このように「1本の指で2つのボタンを押す」ことで発動する「Bダッシュジャンプ」は、他のゲームでは味わえない、まさしく『スーパーマリオ』ならではの身体感覚です。それが思い通りに決まったときの快感は何とも言えません。
もちろん言うまでもなく、その絶妙な感覚は、2つのボタンの距離、ボタンを押す強さやタイミング、標準的なプレイヤーの手の大きさや指の長さといった、すべてが緻密に計算された結果、生み出されているのです。
■子どもにも遊んでもらえるルール作り
宮本は後年のインタビューで、ファミコンのゲーム作りにおいて大切にしてきたことは何かと聞かれて、「ゲームを遊んでいない人が見ても、楽しめる。何をやっているのかよくわかる。とにかくわかりやすいルールづくりをすること」と答えています。
彼が「ゲームを遊んでいない人」を想定していた理由は、当時のファミコンのプレイヤーの大多数が、アーケードゲームやコンピュータゲームの経験が乏しい(またはまったくない)子どもだったからです。
しかも子どもは、大人と違って、ゲームの説明書をちゃんと読んでくれるとも限りません。そんなものに目もくれず、いきなり遊び始めることもしばしばです。それでは、そうした子どもにも遊んでもらえるような分かりやすいルールを作るには、どうしたらよいでしょうか。宮本はこう言います。
「たとえば左端から人が出てきたら右に走りたくなるでしょう。右に走っていったら穴があるから飛び越えよう、触ったらまずそうなものがあるから避けよう、そうして進んでいったら旗が見えて、ならばそれに掴まってみようと思うものじゃないですか。旗に掴まったらゴールというのは、非常にわかりやすいルールですよね。」
■マリオは左端に位置していて右を向いている
ゲーム開始直後、マリオは画面の中央ではなく左端に位置していて、しかも右を向いています。そうするとプレイヤーは思わず右に向かって走りたくなります。また上から踏んでも倒せない敵(トゲゾー、パックンフラワー)は、いかにも「踏んだら痛そう」に描かれています。長いポールの先端に旗が付いていれば、プレイヤーは思わずジャンプをしてそれに掴まりたくなります。このように『スーパーマリオ』では、プレイヤーがやるべきこと(またはやるべきではないこと)が、誰でも画面を見ればすぐに分かるように直感的にデザインされています。
またブロックの状態が変化するとそれを叩いたときの音も変化するというように、環境側の状態をプレイヤーに知らせるさまざまな効果音や、残り時間が少なくなるとテンポが速くなって緊張感や焦燥感を高めるBGMなど、画面だけではなくサウンドも、直感的で分かりやすいルール作りに貢献しています。

■説明書を読まなくても適切にふるまえる
認知心理学の用語を使うなら、『スーパーマリオ』は「アフォーダンス」を上手に活用しているといえます。アフォーダンスとは「環境が動物に対して与える行為の機会や可能性」を指す語で、この語を提唱したJ・J・ギブソンは、水平で平坦で堅い材質からなる面は、ヒトに対して、そこで「立つ」ことや「歩く」ことをアフォード(提供)する、膝くらいの高さにある面は、同様にそこで「座る」ことをアフォード(提供)する、といった例をあげています(『生態学的視覚論』、1979年)。
ギブソンによれば、アフォーダンスは「学習」をしなくても環境から「直接的に知覚」されます。『スーパーマリオ』のルールが分かりやすい理由も、これと同じように説明できるでしょう。プレイヤーの行為の手がかりとなる情報は、すべて環境(この場合はゲームの画面やサウンド)からアフォード(提供)されるため、ゲームの経験や知識がない人、あるいは説明書を読まない人でも、すぐにゲームの世界にとけこんで、適切なふるまいができるのです。
■無理なく段階的に上達できる設計
また多くのプレイヤーに遊んでもらうためには、ルールの分かりやすさだけでなく、難易度の設計も重要です。『スーパーマリオ』は、初心者でも無理なく少しずつ上達できるように巧みに設計されています。「ひとつのネタがあったら必ずそれを覚える場所、実際遊ぶ場所、応用する場所、極める場所があるからひとつのアイデアを4回くらいは使える」と宮本は言っています。
このゲームは、高いところまで跳ぶ、広い穴を飛び越える、狭い足場に着地するといったさまざまなアクションをプレイヤーに要求しますが、プレイヤーはゲームを遊びながら、ごく自然に、それらを覚え、実践し、応用し、極める機会を与えられ、無理なく段階的に上達できるのです。
『スーパーマリオ』の巧みな難易度設計を象徴するのが、最初のステージ(ワールド1-エリア1)です。すべてのプレイヤーが初めに出会うこのステージでは、マリオが跳び越えなくてはならない土管の高さが少しずつ高くなります。また落とし穴は、幅が次第に拡がり、周囲に障害物が追加されます。
プレイヤーが少しずつ着実に技術を向上させて、より高度な課題に自然に挑戦できるように、段階的に難しくしているのです。
またその他にも、ボーナスステージにつながるワープ土管、1UPキノコが出てくる隠しブロックなど、このゲームの基本的な仕組みが凝縮されており、この最初のステージ全体が「チュートリアル」(基本的操作方法を説明する部分)の機能を果たしているともいえます。
■長きにわたり首位の座をキープしていた
『スーパーマリオ』がいかに破格のゲームであるかは、販売実績の数字からも裏付けられます。このゲームは、2000年4月の時点で4023万本を売り上げ、同年の『ギネスブック』に「史上もっとも売れたコンピュータゲーム」として登録されました(その後、『テトリス』や『マインクラフト』に追い抜かれています)。日本国内では681万本(2003年3月末時点)を売り上げ、単体タイトルの売り上げとしては、2021年に『あつまれ どうぶつの森』(任天堂、NS、2020年3月)に追い越されるまで、長きにわたり首位の座をキープしました。
『スーパーマリオ』のブームは発売直後から始まり、発売月の1985年9月だけで120万本を売り上げ、4カ月で300万本を突破し、1987年には500万本に到達しました。このゲームは、「ファミリーコンピュータ」本体の売り上げにも貢献し、本体の販売数は1986年1月に620万台に到達しました。またアメリカでは、1985年10月の「ニンテンドー・エンターテインメント・システム(NES)」の発売と同時に『スーパーマリオ』が発売され、ローンチタイトル(ゲーム機本体と同時に発売されるゲームソフト)として本体の普及を後押ししました。
■マリオは「世界一有名なキャラクター」に
なお1986年2月には『VS.スーパーマリオブラザーズ』というタイトルでアーケードゲームにも移植されましたが、日本では任天堂はすでにゲームセンターのビジネスから撤退していたため、海外のみでの発売となりました。
「Qレーティング」というアメリカの広告業界の好感度調査(1991年)によると、アメリカの子どもたちの間で、マリオはミッキーマウスよりも人気があるという結果が出ています。これは新たに「日本最大の文化的輸出品」となったゲームが「アメリカを侵略」したことを象徴するエピソードとして語り継がれてきました。『スーパーマリオブラザーズ』のヒットは、マリオを一躍「世界一有名なキャラクター」の座へと押し上げたのです。


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吉田 寛(よしだ・ひろし)

東京大学大学院人文社会系研究科教授

1973年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授(美学芸術学)。同研究科博士課程修了。博士(文学)。専門はゲーム研究、感性学。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授などを経て、2024年より現職。ゲーム研究の主著に『デジタルゲーム研究』(東京大学出版会、2023年、大川出版賞受賞)、音楽学の主著に『絶対音楽の美学と分裂する 』(青弓社、2015年、サントリー学芸賞受賞)など。

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(東京大学大学院人文社会系研究科教授 吉田 寛)
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