若手時代にやっておきたいことは何か。スターバックスコーヒージャパンでCEOを務めた実業家の岩田松雄氏は「若手時代は少しくらい鼻息が荒くて良いと思う。
かつて『出る杭』になった経験が、その後のキャリアに生きている」という――。
※本稿は、岩田松雄『新版「君にまかせたい」と言われる人になる51の考え方』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■“雲の上の存在”に思い切って聞きに行く
日産の若手時代、周囲から驚かれたことがありました。私は「この人は」と思える人なら、部長であろうが、役員であろうが、よく直接話を聞きに行ったからです。当時の部長は100人以上の部下を率いていて、若手社員にすれば、雲の上の存在でした。しかも、直属の上司を飛び越えて話に行くわけですから、まわりは驚いていたと思います。
しかし、聞いてみたいことがあれば、直接聞くべきだと思っていました。8割は好奇心。2割は、勉強のためでした。内心ビクビクして行ったのですが「むしろ、どんどん来てくれ」と喜んで相手をしてくれる部長もいました。
若手社員だからいいのです。これが中堅になって組織のことがわかってきたら、なかなか踏み出せなくなります。
若いときだからこそ、できることもあるのです。
部長と話をしている私を見て、課長たちも同僚たちも、びっくりしていたと思います。何か直訴でもされたら、と思っていたのかもしれません。
思い切って偉い人に話を聞きに行く。疑問に思っていることを尋ねに行く。いろいろ勉強になる話をしてもらえる可能性があります。
自分もポジションが上がっていったとき、若い人が、いろいろな疑問を聞きに来てくれると、「この人は問題意識があって、見どころがあるな」と思っていました。もちろん愚痴や人の悪口を言ってくる人はNGでした。
ただし、聞きに行く相手は選ばなければいけません。この若造が生意気なことを言っている、と思われてしまうこともあります。
■会社では少し出っ張っていたほうがいい
日産では同期は700人いました。本当に優秀で、尊敬できる同期もいました。

しかし、遊びや合コンに夢中になっている人たちもいました。私は早く結婚したこともあり、遊びにはあまり興味がありませんでした。今やるべきことは、一所懸命仕事に打ち込むことだ、と思っていました。会社のために、自分に何ができるのか。それをいつも意識していました。
何より尊敬する上司であるFさんの影響が大きかったと思います。私は今から思えば何もわかっていない生意気な若造だったと思いますが、日産がどうあるべきかということを常に考えていました。高い視座を持つことができれば、自分の意識も変わっていきます。
結果はともかく、一所懸命な姿勢を、ちゃんと見てくれる人もいました。
若い頃組合に楯突(たてつ)いたことが原因なのか、上司と合わなかったのが原因なのか、昇進が2年も遅れていました。留学後、あまり話したこともない次長に強く推薦してもらって、前例のない昇進をして、やっと同期に追いつくことができました。私が嫌っていた組合からも、「中から改革してくれ」と青年部の役員になることを頼まれました。

まさに「捨てる神あれば拾う神あり」。だから、いろいろなことに前向きに、思い切ってぶつかっていったほうがいいと思います。
出る杭(くい)は必ず打たれます。会社生活には浮き沈みがあります。本当に私は生意気な未熟者でした。わざわざ敵を作るようなことをする必要はありませんし、TPOをわきまえる必要もあったと思います。一所懸命に頑張っていても、風当たりが強かったり、生意気と思われたりします。
それでも、若い頃は少しぐらい鼻息荒く、杭は出っ張っていたほうがいいと、私は思います。
■腐っても良いことは何ひとつない
自分のキャリアにおいて、いくつかの大きな転機になった出来事があります。そのひとつが入社3年目、大阪の自動車販売会社に、19カ月にわたって出向し、セールスの仕事に従事したことです。
取引先の製造現場での指導を行う仕事から一転、自動車のセールスです。個人向けの自動車の営業は、とても大変な仕事でした。
競合も多い。高額商品ですから、簡単には売れない。しかも、頻繁に買い替えるものではない。
それこそ、足を棒のようにして何百軒も飛び込み訪問をして、ようやく1件の見込み客に出会えるかどうか、という仕事です。
本社や工場からの出向社員にとっては、本意ではない仕事だったと思います。もしかしたら、腐ってやる気を失った人も少なくなかったかもしれません。
しかし、こういうときにこそ、真価が問われるのです。
私は何か目標を作ろう、と思いました。そのときに知ったのが、セールスの優秀者には、社長賞の表彰がある、ということでした。
本社勤務では、社長賞を取るような仕事はなかなかありません。例えば工場に行けば、生産性向上やTQC活動など、数字で実績を示すことができる仕事があります。ところが、私のいた購買の仕事で社長賞など、聞いたことがありませんでした。

しかし、セールスで頑張れば社長賞がもらえる。出向先で1位になったら、だいたい選ばれているということでした。私は、絶対に1位になろうと心に決めました。
■社長賞を目指し1日100軒に飛び込み営業
希望していない状況の中で、自分なりに目標を掲げたのです。こうなれば、一気にやる気がわいてきます。新婚にもかかわらず、5月の配属から3カ月、土日含めて私は1日も休まず、一軒一軒飛び込み訪問をしました。でも3カ月間、1台も車が売れませんでした。セールスの仕事はそう甘くないことを実感しました。
1日最低100軒の飛び込み訪問をしながら、顔写真のスタンプの入った名刺とチラシをとにかく会えたお客様には渡し、留守宅には、ひたすらポストに入れ続けました。出向先で最も厳しいといわれていた営業所長から、「岩田、そろそろ休めや」と言われたほどでした。
結果的に、私はトップセールスマンになり、前任者の8倍、2位の3倍の圧倒的実績を上げ、歴代出向者の販売記録も塗り替えました。粗利益も全セールスマンで2位の成績でした。
あまり値引きせず車を売ることができたからです。そして念願の社長賞を獲得しました。得られたのは、名誉だけではありません。私は大きな自信を手に入れたのでした。
そしてこのときの販売会社の社長が、後の日産自動車の常務に抜擢(ばってき)されるのです。このご縁が、後の留学につながっていきました。
ちなみに私以外にも、社長賞を取った同期もいましたが、やはり私から見て「できる」と思っていた同期は、みな社長賞を取りました。優秀な人は、どんな仕事でもきちんと実績を残すのだと改めて思いました。
■成功した人に話を聞きに行く理由
販売会社に出向が決まり、「社長賞を取るぞ」と決めた私が、最初に実行したことがあります。それが、同期のつてを頼って、かつて出向して社長賞を取った人に話を聞きに行くことでした。
何かを知りたいときには、すぐに社内のしかるべき人を見つけて、話を聞きに行っていました。
ビジネススクールへの留学が決まれば、どうやって学校を選択したのか、どうやって英語の点数を上げたのか、社内の留学経験者を探して聞きに行きました。この人たちのお話はとても参考になり、留学準備中にいろいろと励ましていただきました。
セールスでも同じでした。社内にトップセールスになった人がいるわけです。どうやって売ったのか。何が他の人と違ったのか。セールスのポイントはどこにあるのか。何か秘訣(ひけつ)があるのではないか……。
そんな先輩たちも、聞きに来られて嫌な思いになるはずがありません。みなさんから有意義なアドバイスをもらい、そのご縁でその後も応援をしていただきました。
■先輩のアドバイスには「報告」で報いる
お世話になった人には、こまめに報告をしていました。おかげさまで社長賞が取れました、TOEFLの点がここまで上がってきました、このビジネススクールから合格通知が来ました……などと状況を報告していました。
謙虚に人に聞く姿勢を持てるかどうか。それは、実は後の成長に大きく響いてくると私は思います。目の前にお手本は多くいるのです。勇気を持って聞きに行くべきです。
もし私も聞きに来られたら、喜んでアドバイスをして、何かの形で応援したくなります。
ただ、残念なことがあります。いろいろ悩みや進路を相談されて、アドバイスをしても、その後何の連絡もない人がいることです。こちらとしては、アドバイスをした責任もあるので、その後どうなったか気になっています。私は留学のときにお世話になった先輩には、30年以上年賀状を欠かしたことはありません。
また、業務に関連した本からも、多くを学びました。私はセールスマン時代、自動車や保険などのトップセールスの書いた本を20冊以上、片っ端から読みました。共通したセールスの基本動作やモチベーションの維持法などがわかり、参考になりました。その後異動した先々、品質管理、購買、輸入、財務の部署でも業務関連の本を読み漁(あさ)りました。

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岩田 松雄(いわた・まつお)

リーダーシップコンサルティング代表

リーダーシップコンサルティング代表取締役社長。元立教大学特任教授。元早稲田大学非常勤講師。実践女子大学客員教授。1958年生まれ。大阪大学経済学部卒業後、日産自動車に入社。セールスから財務に至るまで幅広く経験し、UCLAアンダーソンスクールに留学。その後、外資系戦略コンサルティング会社、コカ・コーラビバレッジサービス役員を経て、アトラスの代表取締役社長として3期連続赤字企業を再生。さらに、タカラ常務取締役を経て「THE BODY SHOP」を運営するイオンフォレストの代表取締役社長に就任し、売り上げを約2倍に拡大させる。2009年、スターバックス コーヒー ジャパンのCEOに就任し、次々に改革を断行して業績を向上。UCLAビジネススクールよりAlumni 100 Points of Impactに選出される。2011年、リーダー育成のためのリーダーシップコンサルティングを設立し、現在に至る。早稲田大学より2022年度秋学期のティーチングアワードを受賞した。

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(リーダーシップコンサルティング代表 岩田 松雄)
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