日本を飛び出して海外で仕事を見つけ、たくましく生き抜く人がいる。そんな外国在住者100人にインタビューしたライターのおかけいじゅんさんは「タイでビジネスを展開する男性が、タイ人女性と結婚したときの苦労を語ってくれた」という――。

※本稿は、おかけいじゅん『世界へ飛び出た100人の日本人』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
■スペインリーグで夢を追った
須見智志(すみ・ともし)さんインタビュー

1983年生まれ、男性、埼玉県出身、2012年よりバンコク在住。経営者

――タイに移住する前はなにをされていたんですか?
学生時代はサッカー選手になるために大学を中退して、スペインに渡っていました。一度はグラナダCFというクラブの下部組織に合格したんですが、一方的に契約を破棄されてしまったり、トツプチームで活躍する選手になるまでの道のりは狭く厳しいという現実を知りました。結局2年くらいで日本に帰って、次はビジネスの世界でがんばろうと、語学力を活かせる仕事を探しました。日本人のアメリカ就職を支援する会社で働くようになったんですが、この会社がけっこううまくいって、ハワイやロサンゼルスなどに駐在したりもしていました。
――そんな中、どうしてタイへ?
会社の経営が傾いたんです。ある時期、アメリカで就労ビザの規制強化があり、採用ニーズはあるのに肝心のビザが取れず、人材紹介がまったくできなくなりました。もう売り上げゼロですよ。最終的に社員も代表と私の二人になってしまって、代表が「会社の借金は俺がなんとかするから大丈夫」と言ってくれて、私は会社を抜けることになったんです。「これからどうしようかな」と思っていたときに出会ったのが、タイでした。
■アメリカから撤退、タイへ渡る
――タイには初め、旅行で訪れたんですか?
半分そうですね。
会社を辞めたあと、東南アジアを4カ月問ほど旅していたんです。そこで、タイの人材派遣会社が人を探していると聞いて、面接に行ってみました。そこは、接客サービスに特化した会社で、いわゆる日本の「おもてなし」的な接客サービスを海外に輸出していました。当時は「2~3年タイで仕事の経験を積んだら東南アジアの他の国に移ろう」と考えていたので、とりあえず入社することにしたんです。その会社では現地法人の社長にもなったんですが、あまり事業がうまくいかず、最終的には会社を畳むことになりました。
――会社を畳んだあとはどうされたんですか?
独立しました。当時は日本人向けに海外研修事業を行なっているスパイスアップ・ジャパンという会社のお手伝いをしていて、その代表の方から「タイで会社つくつちやいなよ」って言われたんです。それなら、ということで、スパイスアップ・ジャパンのタイ法人を立ち上げました。
■うつ病の自分を救ってくれた妻
――当初の予定では経験を活かして他国に渡るはずだったと思いますが、タイに残った理由はなんでしょうか?
こちらで知り合ったタイ人の妻の存在が大きいですね。もともと私は「40歳くらいで自分の人生は終わる」と思い込んでいて、スペインでサッカーをあきらめて、日本でビジネスの世界に飛び込んで、タイで働きはじめて、とにかく生き急ぐ日々を送っていました。そして、ある日突然うつ病になったんです。
そんなとき、精神面でも生活面でも寄り添って支えてくれたのがバンコクのビジネス交流会で知り合った女性でした。
経営者としても人としても尊敬できる人で、私からアプローチして、結婚に至りました。それ以来ずっと私の人生にとって欠かせない、頼りになる存在です。そんな妻がいる国に暮らしたいという気持ちがありました。
■日本の小型船をタイで売っている
――現在のお仕事について教えてください。
海外研修の事業は継続しながら、新たに中古船の輸入販売をしています。じつはコロナ禍で日本人対象の海外研修がまったくできなくなって。アメリカでの悪夢がよぎりましたが、最高の伴侶であり起業家でもある妻のおかげで起死回生できました。
彼女は以前に日本の中古船の輸入販売の経験があったんです。
コロナ禍でも漁師は海に出るので、船の需要はあった。そこで、日本の中古船をタイで販売するビジネスをはじめました。
――日本の中古船は、いくらで仕入れるんですか?
タダのものから100万円超まであります。平均だと50万円くらいですね。
あとから気がついたのですが、日本は少子高齢化で趣味の釣り人や漁師がどんどん減っており、船が余っている。しかも、日本の小型船の多くはFRPというプラスチック製で、処分にかなりのお金がかかる。場合によっては、船の所有者さんはタダかお金を少し払ってでも引き取ってほしい事情があるんです。また、船の処分は所有者さんにとっても長年連れ添った相棒を失うようなもの。処分するより誰かに使ってもらえた方がいいわけです。
――中古の船でも需要はあるものなんですか?
はい。タイを含めた東南アジアではまだ本製の船が多いんですが、木製だと維持費にけっこうお金がかかるんです。日本の所有者さんは船もエンジンも大切に使う人が多いので、中古でも海外ではまだまだ現役で使えます。
■「結納金は800万円」と言われ…
――タイ生活で感じる文化の違いはありますか?
結婚する前に、男性が女性の親に結納金を払うことに驚きました。金額は女性の収入や年齢によって変わるらしいんですが、私の場合は最初200万バーツ(当時で約800万円)って言われて、「え、高!」ってびっくりしました。そんなお金は持ってなかったので困っていたら、妻が「大丈夫、減額させるから」って言うんです。結局、親が納得できるかどうかなので、ある程度は下げられるようなんですね。

――なかなかの金額ですね。なぜ高額な結納金の慣習が残っているんでしょう?
タイでは、男女問わずに子どもが働き出すと、毎月親に収入の一部を送るのが一般的です。結婚して仕事を辞めると、仕送りがなくなってしまうので、その補塡として結納金があるみたいです。あとは、離婚した場合の慰謝料の前払いのような位置付けでもあるようです。
■「私の娘はこんなに安くない!」
――なるほど。結局、減額はできたんですか?
それがなかなか大変なことになりました。妻からは「80万バーツ(当時で約320万円)でよさそうだよ」と言われたんです。当初の半額以下なので、すごいですよね。それで、結婚式前に妻のお母さんに80万バーツをお渡ししたんですが、お母さんが激怒して「私の娘はこんなに安くない!」って物を投げつけられました。「話が違う!」と思いましたね(笑)。
――え、でもその金額でOKが出てたんですよね?
タイではよくある話らしいです。「いまこの瞬間を生きてる」って人が多いので、「そのときはオッケーでも、いまは違う」っていうケースはよくあります(笑)。
結納金は結果的に100万バーツ(当時で約400万円)で落ち着きました。
■日本人が海外に出なくなっている
――今後のご活動について教えてください。
海外研修の事業は、今後も広げていきたいと思っています。タイの大学生と協力してマーケティングをしたり、売り上げの一部を地元の障害者施設に寄付していく仕組みにしています。でも、コロナ禍以降、日本の社会人が海外へ出なくなってきている気がします。ビザなしで訪問できる国・地域が最多である、世界最強の日本のパスポートをどんどん使ってほしいなと思っています。現地で直接得られる情報はインターネツトにはないものですから、そのお手伝いをしていきたいですね。
また、中古船貿易はタイだけでなく、他のアジアの国や地域、最終的にはアフリカにも販路を広げていきたいですね。
■タイは人種のるつぼで住みやすい
――タイはどんな人におすすめの国ですか?
旅行でも移住でも、老若男女すべての人を受け入れてくれる土壌がある国だと思います。個人的には、ニューヨークよりも人種のるつぼだと感じるくらい、いろんな人々が暮らしているし、差別も少ないです。初めて海外旅行に行く人も、とりあえずタイがおすすめですね。むしろタイが無理だったら、他の国も厳しいんじゃないかと思いますね。

たとえば、タイ語には「マイペンライ」という言葉があって、毎日のように耳にします。日本語に直訳すると「大丈夫」「問題ない」「気にしない」のほか、「どういたしまして」などさまざまな意味があって、タイに来たばかりのころはこの言葉にけっこう苦労させられました。こちらとしては「それ、全然『マイペンライ(大丈夫)』じゃないでしょ!」というような場面でも、タイの人は本気で「大丈夫」って言っているんですよね。
何年も生活するうち、これは失敗してもあまり執着せず、これからをどうよくしていこうかを考える人がタイには圧倒的に多いからなんだと気づきました。タイの懐の深さは、こういうものの考え方からも来ているのだと思います。

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おかけいじゅん
ライター、インタビュアー

1993年生まれ、東京都出身。立命館アジア太平洋大学卒業。高校時代、初の海外渡航をきっかけに東南アジアに関心を持つ。高校卒業後、ミャンマーに住む日本人20人をひとりで探訪。大学在学中、海外在住邦人のネットワークを提供するロコタビに入社。同社ではPR・広報を担当。世界中を旅しながら、500人以上の海外在住と交流する。

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(ライター、インタビュアー おかけいじゅん)
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