高市政権はデジタル教科書の推進を掲げている。問題はないのだろうか。
出版ジャーナリストの飯田一史さんは「リアル書店の中には紙の教科書や参考書の販売が経営の柱というところも多い。さらに、現政権が進めるトラック新法が書店の経営を悪化させるだろう」という――。
■「デジタル教科書を推進」する高市政権
2026年2月、高市政権は2030年度からデジタル教科書を本格的に解禁する法案を特別国会に提出した。解禁とは言っても2030年にすべての教科書がデジタルに移行するわけではなく、現状では「紙のみ」「デジタルのみ」「紙+デジタル」の3形式での運用が想定されている。
ただデジタル教科書に関しては教育効果の面で疑問符がつけられることがある。デジタル教科書導入の先進国とされていたスウェーデンなどの北欧諸国では、2023年以降、紙の教科書へ回帰していると日本では報じられている。
実際にはそこまで単純な話ではないのだが、本稿ではこの点については深くは触れずにおく。その代わりに、デジタル教科書の導入により、別の深刻な問題が生じることをお伝えしたい。
デジタル教科書自体の問題というよりも、政府の政策同士で矛盾や摩擦が生じることが予想される。こうした政策間の矛盾や衝突には、政治が積極的に介入して交通整理を行う必要があると思われるが、現時点で高市政権に迅速な動きが見られないことが問題の核心だ。
■街の書店に淘汰の波
デジタル教科書を推進すると生じる問題とは、「デジタル教科書を推進すると、街の書店が潰れる」という問題である。
街の書店の中には、紙の教科書販売が収益の柱のひとつというところも多い。
とくに地方では教科書販売とそれに付随する副教材等の販売でなんとか踏ん張っている書店がたくさんある。
一方、デジタル教科書になると、出版社から各学校への直販に変わる可能性がある。書店が販売に介在する余地がなくなってしまう。
その上、副教材等までデジタル化された場合、これまで紙の教科書を売ってきた約2500ある教科書取扱店(教科書販売店)はその分の売上を失う。これにより地方書店の減少は加速するであろう。
一方、政府の動きとしては、街の書店を応援する方向の政策も進んでいる。
2017年にいわゆる「書店議連」(街の本屋さんを元気にして、⽇本の⽂化を守る議員連盟)が組成されている。それから10年近くが経ち、2024年からは経産省主導での書店振興プロジェクトが進行中である。
つまり、現政権は片方では書店振興を謳いながら、片方では書店つぶしに直結する政策を進めていると言わざるをえない。
■文科省みずから書店潰しに加担
文科省は、街の書店を「文化の拠点」だと形容しているが、その文科省がデジタル教科書を推進するなら、文科省自ら「文化の拠点つぶし」に加担することになる。
一方、日本の経産省も書店振興政策を参照しているフランスではではデジタル教科書を導入しても既存の流通(卸)やリアル書店にお金が落ちるしくみが用意されている。
フランスでは基本的に、学校が教材を発注する際に、出版社からの直販は認められておらず、代わりに教育機関向け専用プラットフォームから発注する。

その際、入札で選ばれた書店や卸売業者が間に入って注文処理の窓口となる。これによって、デジタル教科書の場合でも、書店や卸売業者が売上の15~20%程度の販売手数料を得られる。
■地方の書店は全滅しかねない
また、書店がデジタル対応できるように、フランス文化省の下部組織である国立書籍センター(CNL)などが、デジタル教科書の取り扱いを含むデジタル・サービス導入への助成金を支給している。
ただ、フランスでは、デジタル教科書に関しては法律によって公的機関に対する割引が一切禁止とされた。そうなると入札での業者(販売窓口となる事業者)選定は、価格ではなく、学校側の労力をいかに減らせるか、あるいはアフターサービスや技術サポートなどでの条件競争になる。
リソースの少ない一般の地元中小書店は、助成金をもらってICT投資をしたところで、高度なシステムとサポート体制を持つ大型書店や卸売業者に入札で勝てる見込みが薄くなる。
そうした構造的な問題も残されてはいるが、フランスでは国がデジタル教科書販売に関しても書店や卸(取次)の参入余地を残した制度設計がなされているわけだ。
日本でもデジタル教科書を推進するなら、このフランスのような制度設計が必要不可欠だろう。それなしにデジタル教科書を推進した場合、特に地方の書店に想定されるダメージが大きすぎる。
■「トラック新法」で運賃上昇
ほかにも政府の進める政策が、書店の経営を悪化させる見込みがきわめて高い例がある。
物流業界の待遇改善を図り、人手不足を解消することで持続可能な産業にするための法整備の一環として2025年6月に公布されたいわゆる「トラック新法」がそうだ。
この法律は早ければ2028年6月には施行される。
運賃・料金が国の定めた適正原価を継続して下回った発注を行うと、その荷主は違法とされるため、この「トラック新法」の施行により大幅な運賃上昇が見込まれている。
もちろん、トラック新法によりトラック運転手の待遇改善が見込まれるなど、好ましい影響もあるだろう。多くの業界では、運賃が上昇した分を商品価格に転嫁して請求できるからだ。
だが出版業界ではそうはいかない。取次や書店には本の最終小売価格の決定権が原則的に存在しない。決めることができない。出版社が決めた価格で本を定価販売する契約(再販契約)を出版社、取次、書店のあいだで結んでいるからだ。
■書店経営が詰んでしまう
トラック会社から「運賃を上げてくれ」と言われるのは直接的には取次だ。多くの出版社はトラック会社と直接は取引していないからだ。
したがって、運賃上昇を実感しづらく、結果として本の価格に転嫁(反映)しにくい。
この対策として、取次は出版社に、運賃協力金というかたちでの負担を求めている。トーハンは2026年4月に出版社に対して「新しい契約条件を仕切り直す」と公言した。

ただ、取次の話は本題ではないのでこれ以上は深入りしない。
問題はやはり地方の書店だ。
通常、本の返品運賃を負担するのは書店だが、先述の通り、書店には本の価格決定権がないため、本の値段に運賃上昇分を転嫁できない。
そのため、運賃が上がった場合、書店が負担する本の返品処理にともなう費用も増加してしまう。
トラック運賃の上昇対策として、出版社が本の価格を値上げしたとしても、出版社だけがギリギリ利益を確保できる程度の値上げしかしないことも考えられる。その場合、これまでと同じ冊数の本が売れたとしても、書店には、売上金額の上昇をはるかに超える運賃上昇(コストアップ)が押し寄せるため、書店経営が詰んでしまう可能性がある。
■どちらに転んでも地獄が待っている
つまり、高市政権が進める物流網維持のための政策のしわ寄せで、街の書店が死ぬことになるのだ。
「だったら書店は出版社との再販契約をやめたらいいのでは?」と思うかもしれない。
だが、現状で「本の定価販売をやめます」となったら、Amazonのような資本力のあるネット書店が本の大幅値下げに踏み切る。その結果、やはり街の書店は価格競争に負け、やはり激減してしまうだろう。
(もっとも、再販契約はあくまで個別の会社同士の契約だから、出版社がAmazonにだけは定価販売でないと卸さないことも理屈上は不可能ではないが、現実的な想定ではない)。
書店にとっては、どちらに転んでも地獄が待っている。

■図書館には値引き販売が当たり前
文科省は2025年に「書店と図書館の連携」を打ち出した。
これに対する書店側の期待として「図書館が本を買う場合は地元の書店から買う」「値引きなしの定価販売」「装備費別途請求」がある。
逆に言えば、「一般競争入札で納本事業者を決めているために地元書店が落札できない」「図書館への本の販売は割引が当たり前」「本を図書館で使えるようにするためのバーコード付与やラミネート加工などの『装備費』は納本事業者側が負担」という自治体が珍しくない。
本は定価販売じゃないのか? なぜ図書館には割引して売っているのか? と思った人もいるだろう。
地方自治法では、税金で何か買う場合には公正・公平・効率的に使うことを求める原則が定められている。少額の場合など、いくつかの例外を除いては基本的に入札で決めるという規則になっていることが多い。
たとえば建設業者が公共事業の入札に対してみんな価格横並びで応札したら、いかにもカルテルのにおいがするはずだ。
そこに書店だけ「いやいや、われわれは、価格は一律横並びで値引きはしません」と主張してすんなり理解が得られるような役所や地方議会ばかりではないし、なにより公正取引委員会に目を付けられる。
そういうわけで、長いあいだ再販契約書には、官公庁等に入札した場合は値引きを認める内容の文言があった。
しかし本屋の販売マージンはただでさえ低い。中小書店が値引きをして装備費も負担したら儲けにならず、事業としてサステナブルではない。
■地方自治法違反のリスクは取れない
そういうわけで出版四団体(出版社側の「書協」「雑協」と、取次の「取協」、書店の「日書連」)は、公取のお墨付きを得た上で、2025年春に再販契約書のひな形を改訂し、官公庁等に入札した場合は値引きを認める旨の条文を削除した。

ただ再販契約は民間同士の契約にすぎない。法律で「定価販売しないと違法」と定められているわけではない。
あくまで出版社、取次、書店のあいだの契約であって、本の売り先である自治体は契約の対象外だ。定価で買うことを強制される筋合いはない。
地方自治法(法律)と再販契約(民間同士の契約)で、前者より後者を優先しなければならない理屈もない。
だから書店が苦しいことを理解している図書館現場や行政職員がいたとしても、簡単には手続きを変えられない。
これまで一般競争入札を実施してきた自治体では、それなり以上の金額の予算(図書購入費)の契約について「随意契約等で地元事業者に優先的に発注する」といった変更を行うのは、地方自治法の趣旨・規定に照らし合わせると法的妥当性が希薄ではないかと判断するケースがある。
納本事業者選定や値引き、装備費負担に対する考え方は現時点でも自治体によってかなり異なるから、ここまで述べてきたことがとくに問題になっておらず、市民や議会も含めて理解が得られているところもある。
■政治家が動くべき
とはいえ、いま入札で「割引前提」「装備費込み」で納本事業者を決めている場合、地方自治法違反とされるリスクを負ってまで変えようと考える自治体が、はたしてどれだけあるだろうか。
地方自治法と書店振興政策、どちらの政策・法律を優先すべきなのかが不明なままでは、地方行政は現状からの変更に及び腰にならざるをえない。
こうした政策間の衝突、矛盾に関して、官僚や自治体職員による調整に委ねるのはムリがある。
間に入ってうまく優先順位を付け、摩擦やダメージが最小限になるよう差配できるのは政治家だけであり、とりわけ国政を担う政治家の役割がきわめて大きい。
書店議連には150名以上の国会議員がいるというから、ぜひこれらの問題について交通整理と早急かつ有効な対応を行ってほしい。

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飯田 一史(いいだ・いちし)

出版ジャーナリスト・ライター

1982年青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。出版社にてカルチャー誌やライトノベルの編集者を経て、独立。マーケティング的視点と批評的観点から出版産業、読書調査、子どもの本、マンガ、ウェブ小説、ウェブトゥーン等について取材、執筆している。著作に『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』『「若者の読書離れ」というウソ』(平凡社)『いま、子どもの本が売れる理由』『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)『作文ぎらいのための文章教室』『ウェブ小説30年史』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社)など。

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(出版ジャーナリスト・ライター 飯田 一史)
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