NHKの番組を見ていると、必ずと言っていいほど画面に現れるQRコード。
「もう一度見るにはこちら⇒」「見逃し配信はこちら⇒」などの説明がつく。
NHKの新しい統合ネットサービス「NHK ONE」のPRである。
だが、「これでもか、これでもか」と出てくるQRコードは、番組を見ている者にとっては、うっとうしい限りでもある。
NHKが悲願としていたネット事業の必須業務化が昨秋に実現し、満を持して登場した「NHK ONE」がスタートして半年余り。NHKの新ネットサービスを、ユーザーの目線からチェックしてみたい。
折りしも、総務省は、情報通信審議会(総務大臣の諮問機関)に、NHKの業務見直しをはじめネット配信時代のテレビ局のあり方など、テレビ離れが進み岐路に立つ放送界の将来を見据えた抜本的方策の検討を諮問したばかり。
ユーザーの視点なくして、放送界の将来は語れない。
■旧アプリより使い勝手の悪い設計
「NHK ONE」の全体像を、従来の「NHKプラス」などと比較しながら、順に検証していく。
まず、概括的にいえば、一見、利便性が高まったように見えるが、目玉の「見逃し配信」を中心に使い勝手が悪くなった面を感じざるを得ない。一言で言えば、「ユーザーインターフェース(UI)に大いに難あり」と受け止めているのは筆者だけではないだろう。
従来、バラバラに提供していた「NHKプラス」「NHK NEWS WEB」「NHKニュース・防災」などのネットサービスを、1つのプラットフォーム上でワンストップで展開できるようにしたのが「NHK ONE」だ。
だが、あれもこれも詰め込みすぎて、かえってサイトの建付けが複雑になり、目的のコンテンツにたどり着くのに手間がかかるようになってしまった。
「NHK ONE」の中核は、地上放送(総合テレビ・Eテレ)と同じ番組をネットで同時視聴でき、見逃し視聴もできる「新NHKプラス」であることは、言うまでもない。いつでもどこでも時や場所を選ばずに、また放送波でも通信ネットワークでも伝送路を選ばずに、同じ番組を視聴者に届けるところに、ネット事業の必須業務化の本質がある。
一方、ニュースや災害・気象情報は、はるか以前からネットで提供しているもので、「旧NHKプラス」とは別のサイトで展開されていたものを「NHK ONE」のサイトやアプリで見られるようにしたにすぎず、いわば「プラスアルファ」のコンテンツでしかない。
■「見逃し配信」こそメインコンテンツだが…
もう少し詳しく見てみる。
「NHK ONE」の中で「新NHKプラス」のコンテンツのラインナップは、「放送同時配信」「番組を探す」「イチオシ番組」「番組のジャンル」の4つのカテゴリーで構成されている。
それぞれ、さらに小ジャンルに分かれ、「放送同時配信」は、〈総合テレビ〉〈Eテレ〉の2チャンネル。
「番組を探す」は〈番組表〉〈検索〉の2つ。
「イチオシ番組」には、朝の連続テレビ小説〈風、香る〉、大河ドラマ〈豊臣兄弟!〉、さらに〈アサイチ〉〈ブラタモリ〉〈NHKスペシャル〉と〈きょうのイチオシ〉の6つが並ぶ。
また、「番組のジャンル」は、〈ドラマ〉〈ドキュメンタリー・報道〉〈エンターテインメント〉〈ミュージック〉〈スポーツ〉〈アニメ〉の6つに分かれる。
さて、ここで、ネット配信事業の中核である「同時配信」と「見逃し配信」の利用シーンをイメージしてみたい。
まず、「同時配信」だが、テレビ受像機のない外出先などで、リアルタイムでNHKの番組を見たい時にスマートフォンやパソコンで視聴する場面が想定される。だが、こうしたケースは、災害時などではおおいに活用されるだろうが、日常的にはきわめて限定的だろう。
一方、過去1週間分の番組を見られる「見逃し配信」は、時や場所を選ばずに、いつでも見たい時に見たい番組を視聴できるのだから、利用シーンは格段に広がる。
「同時配信」がいわゆる「点」での利用とすれば、「見逃し配信」は「面」を超えた立体的な「三次元」での活用といえる。
したがって、「見逃し配信」こそ、ネット配信事業のメインコンテンツと位置づけられよう。
ユーザーにとって、ネット配信の利便性は、「同時配信」よりも、いつでもどこでも見たい番組を見られる「見逃し配信」に極まる。
■「ニュース」を後方に追いやる“冷遇ぶり”
ところが、先のラインナップをみると、「見逃し配信」というカテゴリーやジャンルが見当たらない。
「同時配信」は、ワンクリックですぐに視聴することができるが、「見逃し配信」となると、見たい番組を探すのに一苦労も二苦労もする。
見たい番組に行き着くためには、「番組を探す」のカテゴリーから「番組表」や「検索」で探すことになり、ツークリックやスリークリックどころか、番組表をスクロールしなければならないし、検索のためのキーワードも入力しなければならない。
たとえば、NHKのNHKたる所以でもある「ニュース」。
朝7時の「おはよう日本」、正午の「お昼のニュース」、午後7時の「ニュース7」や午後9時の「ニュースウォッチ9」などは、いずれもワンクリックでは視聴できない。
「旧NHKプラス」では、「ニュース」というカテゴリーの中で、毎時の定時ニュースを含めたすべてのニュースが時系列に並び、ワンクリックで視聴できるようになっていただけに、利便性が格段に低下したことは否めない。
つまり、「NHK ONE」は、「豊臣兄弟!」などのドラマや「ブラタモリ」などのバラエティー、「忍たま乱太郎」などのアニメよりも、「ニュース」を後方に追いやっている実態が浮き彫りになってくる。
NHKの報道ネットワークは、全国津々浦々にニュース拠点を張りめぐらし、世界各地に特派員が展開して、国内外の「今」を伝えている。
日本特有のNHKと民放が併存する「放送の公民二元体制」の中で、筆者はかねて、「民放ができることは民放に任せて、NHKでなければできないことに注力すべき」と主張してきた。ドラマやバラエティーは民放に委ね、商業ベースに乗りにくい報道や教育にもっとシフトすべきだろう。
■受信料を払っても見られない「NHKオンデマンド」
NHKは、ネットサービスを「NHK ONE」に統合したというが、実は、有料(月額990円)の「NHKオンデマンド」には手をつけなかったため、ネット事業の全体像は2本立てなのである。
「NHK ONE」で過去の番組を視聴できる「見逃し配信」は過去1週間分だけ。それより以前の番組を見たければ、受信料とは別にお金を払って「NHKオンデマンド」を利用しなければならない。
ネット事業が任意業務だった以前のNHKなら説明もついただろう。だが、必須業務になった今、受信料で制作された番組を視聴するために、受信料のほかに利用料を徴収される状況に違和感を覚える人は少なくないに違いない。
「NHK ONE」のそれぞれのカテゴリーをクリックすると、多くの番組タイトルがズラリと並ぶが、大半は放送予定の番組と、はるか以前に配信を終えた番組ばかり。「同時配信」とも「見逃し配信」とも縁のないラインナップなのだ。それはまるで、「NHK ONE」から「NHKオンデマンド」に誘引するために掲示しているかのように見える。
2つのサービスの併存は、ネット事業の必須業務化の意義が中途半端に整理されていることの証左と言える。
「NHK ONE」は、ユーザーの期待を裏切っているといっていい。
■ストレスが溜まる「フタかぶせ」
ユーザーにとってストレスが溜まる問題は、さらにある。
放送では視聴できるのに、権利関係から配信では見られない番組やシーンが少なくない。いわゆる「フタかぶせ」だ。
定時のニュースでさえ「この映像は配信されておりません」と表示が出て、音声も映像もまったく出ない時間帯が続くことがしばしば。
「フタかぶせ」は、スポーツ番組に多く、以前は目玉の高校野球も配信されなかった。2026年のセンバツはようやく配信されたが、夏の全国選手権はなお調整中という。
「ネット受信料」は、地上放送と同額の1100円に設定されているが、同じ番組を見られないとあっては、不公平のそしりを免れない。サービスのレベルが低ければ、料金を低く設定するのは常識ではなかろうか。
■新たな「フリーライド」問題に直面
もう一つの大きな問題は、受信料を払っていない人でも、ネットサービスを利用できてしまう「フリーライド(ただ乗り)」だ。
「公共放送」を標榜してきたNHKは、だれでも視聴できることが前提で、そのうえで受信契約を義務づけ、受信料を徴収してきた。
2026年3月末で徴収率は77%なので、5人に1人以上は、受信料を払わずにNHKの番組を享受しているのだ。
こうした中、ネット事業が必須業務となり、「公共メディア」を名実ともに自認することになったNHKは、新たな「フリーライド」問題に直面することになった。
スマホやパソコンでNHKの番組を見ようとすれば、受信契約の確認が求められる。つまり、事実上、定額課金のサブスクリプション(サブスク)サービスとなってしまったのである。ユーザーからすれば、受信料を払った人しか見られないスクランブル配信と映る。
ネットサービスが任意業務の時代は、従来の「NHK NEWS WEB」のニュースや情報は、受信料を払っていなくても誰でも見ることができたが、「NHK ONE」のスタート後は、受信契約を確認できないと実質的に見られなくなってしまった。
「NHK ONEは、どなたでもご利用できるサービス」とNHKは強調するが、受信料を払わなければ視聴できないのだから、矛盾は明らかだ。だれにでもサービスを提供しなければならない「公共メディア」としては、明らかにサービス後退で、不公平と言える。
■新アプリで利用者が668万人から半減
「NHK ONE」を利用する場合、受信料を払ってさえいれば、基本的に視聴できる。払っていなければ、テレビを持っている場合は新たに受信契約をするか、テレビを持たずにパソコンやスマートフォンで見ようとする場合は地上放送と同額のネット専用の「ネット受信料」を払わなくてはならない。
NHKが全局を挙げてPRする「NHK ONE」だが、NHKによると、2026年3月末時点で「契約確認済みアカウント数」は362万件。
「旧NHKプラス」がサービスを終了した2025年9月末で668万件だったことと比べると、NHKのネットサービスの利用者は、半年経って、増えるどころか、半数程度に激減してしまっている。
この数字は、何を意味するのか。
NHKのネットサービスが、ユーザーにとって魅力に乏しいことを雄弁に物語っているといえよう。
■「ネット受信料で大幅増収」は夢のまた夢
総務省も、NHKも、「ネット受信料」の創設や必須業務化を、生煮えのままスタートさせてしまった感はやはり否めない。
「NHK ONE」に関わる論点は、NHKの存立基盤である受信料制度そのものが、ネット時代に合っているのかという根源的な問題である。
NHKの受信料の徴収状況をみると、2026年3月末時点で、支払対象世帯約5000万件のうち受信契約総数は4033万件、このうち、実際の支払い件数は3859万件にとどまり、徴収率は77%。全国の総世帯数約5483万件からみれば、徴収率は70.4%にとどまる。また、衛星放送契約数は2156万件で、受信契約総数の53.5%と地上放送の半分強に過ぎない。
しかも、近年は減少傾向が続いている。
将来の収益の柱ともくろむ「ネット受信料」に至っては、当面の目標は、2025年度(2025年10月~2026年3月)で約1万件 、2026年度で2万件と、取るに足らない数字だ。「ネット受信料で大幅増収」など、夢のまた夢。ユーザーの視聴シーンがスマホ中心に移行する流れを考慮しても将来的にどこまで「ネット受信料」が増えるかは、まったく不透明といっていい。
1月に就任した井上樹彦会長は「受信料収入のアップ」を大きな目標に掲げたが、これまでの経緯を踏まえれば、徴収率の飛躍的向上を実現するのは容易ではない。
まだ地上放送に上積みする衛星放送の契約数の増加に注力した方が、よほど収入増に寄与するのではないだろうか。大谷翔平をはじめとする大リーグ中継のキラーコンテンツを有しているだけに、アピール度は「NHK ONE」とはケタ違いに大きいのだから。
■受信料のあり方を見直すべき
ネット事業が必須業務となった今回のタイミングは、NHKのあり方、ひいては受信料の意義を抜本的に見直し、「公共メディア・NHK」を確立する絶好の機会のはず。にもかかわらず、NHKは、従来の「公共放送・NHK」の延長線上で、古き良き時代の意識を引きずっているとしか見えない。
NHKは、自らの存在価値を、自らないがしろにしているのではないだろうか。
「公共メディア」とは何か。
「NHK ONE」がユーザーの支持を得られているとは言えない実態を踏まえ、その存在意義が問い直されている。
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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。
■メディア激動研究所:https://www.mgins.jp/
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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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