介護施設の入居者で“寝たきり”の人は300万を超えるといわれる(厚生労働省)。緩和ケア医の萬田緑平さんは「実際に施設で寝たきりの高齢者を見ると衝撃を受ける。
入居の際、胃ろうをすることが条件になる場合も少なくない」という――。
※本稿は、萬田緑平『死ぬまで生きる』(河出新書)の一部を再編集したものです。
■約50万人が入れている「胃ろう」
高齢者医療のなかで問題になっているものの一つに「胃ろう」があります。胃ろうは口から食事がとれなくなった患者さんのおなかに穴を開けてチューブを入れ、胃に直接栄養を流し込む処置を言います。現在、40万~50万人の方が利用し、毎年新たに約10万人の方が使い始めるといわれています。
胃ろうの何が問題になっているかはこれから詳しく説明しますが、僕はある病院に勤めていた頃、院内の胃ろう造設を一手に引き受けていたことがあります。胃ろうはその病院では内科医の仕事でしたが、当時内科医が不足していて「これ以上胃ろうを引き受けられない」と言われたので、じゃあ僕がやりますよと名乗り出たのです。
■栄養補給のための優れた技術
役割分担を明確にするため、胃ろうの造設に責任を持つのは僕たち外科医、導入への診断説明、その後の管理に責任を持つのは依頼した医師、というシステムにしました。依頼がくると予定が組まれ、僕ともう一人の外科医のどちらかに振り分けられます。当時の僕は、「外科医なのにわざわざ時間をつくっていいことをしている」というくらいの気持ちでした。なにしろ口から食べられなくなった患者さんが栄養をとる手段として、胃ろうほどすぐれたものはありません。病院や主治医たちからは、スムーズに胃ろうが造れるようになったとずいぶん感謝されました。

当時の僕は、胃ろうのすばらしさに何の疑問も抱いていませんでした。胃ろうの技術が確立されるまで、口から食べられなくなった患者さんには、血管に高カロリーの栄養を点滴する中心静脈栄養か、鼻からチューブを入れてそこから栄養をとる処置をされるのが一般的でした。しかし、点滴ではどうしても栄養素は偏(かたよ)ってしまいます。その点、胃ろうは口から食事をする状態に近く、必要な栄養素をほぼ完璧にとることができます。胃ろうをすると、患者さんの栄養状態はずいぶんよくなります。しかも中心静脈栄養よりも管理が簡単で、患者さんの身体に負担がかかりません。
一方で、胃ろうの処置を受ける患者さんは、脳出血や脳梗塞、誤嚥性(ごえんせい)肺炎のお年寄りがほとんどで、意識状態が悪いか、かなり認知症が進んだ方でした。胃ろうの造設時に本人とのコミュニケーションは取れない状態ですし、胃ろうを造ることに本人の同意を得ているわけでもありません。
■疑問を持たず胃ろうを造っていた
僕は無抵抗か、抵抗する患者さんは眠らせて内視鏡を挿入していました。穴を開けるおなかには十分な量の局所麻酔をするのでそれほどの苦痛はなかったかと思いますが、いやがる患者さんや、何をされているのかわかっていない患者さんに、無理やり内視鏡を突っ込んでいたのです。今から考えてみれば拷問です。
予定していた処置が、患者さんの死亡によりキャンセルになることもよくありました。
つまり、余命いくばくもない患者さんに対しても、主治医たちは胃ろうを造ろうとしていたわけです。
でも、当時はそんなことは考えませんでした。コミュニケーションが取れない患者さんの姿を見ると心にひっかかるものはありましたが、胃ろうを造り終えれば消えてしまう程度のものでした。
僕はあくまでも胃ろうを造るだけであり、胃ろうをつけられた患者さんがその後どうなったのかまでは知りませんし、知ろうともしませんでした。
もっと言うならば僕に胃ろうの依頼をした主治医たちだって、知らなかったと思います。胃ろう患者さんの多くは認知症や寝たきりの状態で退院していくので、その後の人生は、病院ではほとんど重要視されていなかったのです。
■認知症でも胃ろうで延命できるが…
僕が胃ろうの問題について真剣に考えはじめたのは、在宅緩和ケア医に転身して、老人介護施設をたずねたときです。胃ろう患者さんばかりが集められた部屋を初めて見たときは、あまりのショックに言葉が出ませんでした。
ベッドの上には寝たきりのお年寄りがたくさんいます。認知症が進んで意思表示もできず、目を開けたり閉じたりする程度で顔には表情がありません。声をかけても反応がありませんから、診察のために身体を横に向かせようと動かすと、ごろんと向こう側に転がっていきそうです。手足の関節が硬直して、まったく身体が動かせないのです。

昭和の終わり頃まではお年寄りの患者さんは病気が進行すると寝たきりが当たり前でしたが、その後はリハビリ技術の進歩により、寝たきりは少なくなってきました。しかし胃ろう造設によって口から食べられなくなっても長期に生き続けることが可能になってから、再び寝たきりの方が多くなってきたといいます。
■体を動かせなくなるお年寄りたち
関節を動かさない状態が続くと、周囲の筋肉や靱帯(じんたい)も硬くなって関節の動きが悪くなります。この状態が長く続くと、関節が動く範囲はどんどん狭くなり、最後には本当に動かなくなってしまいます。これを「拘縮」といいますが、介護施設を訪問すると、胃ろうをつけられたお年寄りにはかなりの割合で拘縮が見られます。拘縮は予防が大切で、進行すればするほど、回復は難しくなります。しかし、生きる意欲や意志表示がないお年寄り一人ひとりに予防対策をするのは、人手不足に苦しむ現在の看護や介護の現場では困難です。
本人もつらいでしょうが、介護する側の負担も増します。それでなくても忙しい介護スタッフに、予防や改善のための手厚いケアができるとは思えません。拘縮は進む一方、つまりこの方々は息を引き取るその日まで、自分の身体をまったく動かすことができないまま、ベッドの上で寝たきりで過ごすしかないのです。しかも、胃ろうによって栄養だけは補給され続けるので、場合によっては何年もこの状態で過ごすことになります。
かつて自分が胃ろうを造った患者さんたちのその後を、初めて知った思いでした。

■単なる延命治療になっていないか
胃ろうは間違いなくすぐれた技術です。問題なのは、その使われ方です。
胃ろうはもともと、手術や治療のために一時的に食べられなくなった方、中枢神経障害などの神経難病で食事がとれなくなるような患者さんのためのものでした。患者さんが回復して口から食事がとれるようになれば、チューブを抜いていました。
胃ろうを造ると一生そのまま……と思っている方もいるかもしれませんが、チューブを抜くとおなかの穴はあっという間にふさがります。そういう意味でも、胃ろうはとてもすぐれているのです。
ところが2000年頃から、胃ろうはものを食べたり飲んだりする力が低下したお年寄りの延命の技術としてどんどん使われるようになりました。近年、問題にされているのは、栄養を補給しても回復は望めず、寝たきりのまま生かされている認知症や老衰一歩手前の患者さんたちへの造設です。
なぜ胃ろうがお年寄りに広まってしまったのか、その原因はさまざまですが、一つには病院の事情があります。1990年代後半の診療報酬の改定によって、長期入院患者の診療報酬は引き下げられました。
■家族は「いい病院」に居てほしい
それまでは病院を介護施設がわりにして何カ月も入院しているお年寄りが少なくありませんでしたが、現代の診療報酬体系ではそんな患者さんばかりでは病院は赤字になってしまいます。病院としては、治療がすんで危険な時期を脱した患者さんには、どんどん退院してもらわなくてはなりません。
そもそも大病院の多くは「急性期病院」、つまり緊急・重症な患者さんのための場所ですから、病態が安定した患者さんにいてもらうわけにはいかないのです。
ところが、「そろそろ退院を……」と言う医師の言葉を喜ぶ家族はまずいません。ほとんどの方が「こんな状態で退院させられては困る」と言います。お年寄りの場合、元気になって退院するというケースは稀(まれ)で、たいていは入院する前よりも弱々しくなります。だから本当はお年寄りを安易に病院に連れて行ってはいけないのです。急性期病院は設備もしっかりしたいわゆる「いい病院」ですので、家族としてはできるだけ長く「いい病院」に入院していてもらいたいのです。なかには主治医にお金を握らせて「もう少し入院させてください」なんてケースもあります。
退院をしぶる家族に納得してもらうためにも、医師は退院後は療養型病院や介護施設に入ってもらうことを考えます。
■介護施設が条件にするケースも
そしてこのとき、施設側から「胃ろうを入れること」を受け入れ条件にされるケースが多いのです。
高齢になったり脳の病気になったりすると、ものを飲み込む力(嚥下)が弱くなることがあります。お年寄りが入院したとたんに体力や筋力が低下したり、歩けなくなったりすることはよく言われますが、同時にものを飲み込む力も、病気の治療をしている間に、あっという間に衰えます。
ものを飲み込む力が低下すると、食べ物や唾液が食道や胃に行かず、気管に入り込んでしまうことがあります。
健康な人なら気管の入り口に入ったところで、むせて排出することができます。ところが飲み込む力が弱まっているとむせるだけでは出すことができなかったり、むせること自体ができなかったりします。それによって食べ物や唾液が肺に流れ込んで誤嚥性肺炎になります。
■本人の意志が反映されない現状
これを防ぐために、ものを飲み込む力が衰えた場合には、とろみをつけた「とろみ食」や食材を細かく刻んだ「刻み食」が用意されます。施設側にとっては用意するのも大変ですし、食事介助にも手間がかかります。患者さんがむせ込まないように、ゆっくり時間をかけて少しずつ口に運ばなければならず、慢性的な人手不足に苦しむ療養型病院や介護施設にそんな労力がさけるはずもありません。食事を「安全に管理」するならば、チューブで栄養を流し込むだけの胃ろうのほうが、ずっと効率的です。
こうして家族と病院、施設の都合が絡まり合い、本人の意志とはまったく関係のないところで胃ろうが造られていくのです。

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萬田 緑平(まんだ・りょくへい)

医師

「緩和ケア 萬田診療所」院長。1964年生まれ。群馬大学医学部卒業後、群馬大学医学部附属病院第一外科に勤務。手術、抗がん剤治療、胃ろう造設などを行う中で、医療のあり方に疑問を持つ。2008年から緩和ケア診療所に勤務し、在宅緩和ケア医として2000人以上の看取りに関わる。著書に『穏やかな死に医療はいらない』(河出書房新社)、『家で死のう! 緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンシャ)など。

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(医師 萬田 緑平)
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