■「5分だけ」が、あなたの成果を奪っている
「5分だけいい?」
職場でこう声をかけられたとき、あなたはすぐに応じていないでしょうか。
本当は締め切りが迫っている。
今は集中して進めたい仕事がある。
けれど、「断ったら冷たいと思われるかもしれない」「感じが悪いと思われたくない」と考え、つい笑顔で対応してしまう。
その結果、5分のはずが15分、30分になる。
自分の仕事は後回しになり、集中は途切れ、気づけば残業で取り返すことになります。
このような働き方は、単なる「性格の問題」ではありません。
収入、評価、集中力、そして心身の疲労にまで影響する可能性があります。
優しいことは、もちろん悪いことではありません。
しかし、優しさに境界線がないと、職場では「信頼される人」ではなく、「都合よく頼まれる人」になってしまうことがあります。
■「いい人」はなぜ収入面で損をしやすいのか
米ノートルダム大学のティモシー・ジャッジ教授らは、性格特性のひとつである「調和性」と収入の関係について研究を行いました。
調和性とは、簡単に言えば、人当たりがよく、協力的で、周囲との衝突を避けようとする傾向のことです。
研究では、調和性の高い人は、低い人に比べて収入面で不利になりやすい傾向が示されました。とくに男性では、調和性が低い人のほうが、調和性の高い人よりも年収が18.31%高いという結果が報告されています。
ここで注意したいのは、「感じが悪い人になれば稼げる」という話ではないことです。
問題は、優しさそのものではありません。
必要な場面で交渉できない。
断るべき依頼を断れない。
自分の仕事の優先順位を守れない。
こうした「境界線の弱さ」が、結果として評価や収入に影響してしまうのです。
職場では、ただ感じがよいだけでは成果として評価されにくいことがあります。
むしろ、周囲に合わせすぎる人ほど、「あの人ならやってくれる」と頼まれごとが集まり、自分の成果につながる仕事に時間を使えなくなってしまいます。
つまり、「いい人」であることが問題なのではありません。
「いい人」でいるために、自分の時間と成果を差し出し続けてしまうことが問題なのです。
■「いい人」が陥りやすい3つの場面
では、職場で損をしやすい「いい人」は、どのような場面で自分を消耗させているのでしょうか。
1.仕事を抱えすぎて、本来の成果が落ちる
「ついでにこれもお願いできる?」
「ちょっとだけ手伝ってもらえる?」
「あなたなら早いから、これも頼める?」
そう言われるたびに引き受けていると、自分の重要な仕事より、他人のタスクで1日が埋まっていきます。
もちろん、助け合いは大切です。
しかし、すべてを引き受けていれば、本当に評価されるべき仕事に使う時間がなくなります。
成果として見られるのは、多くの場合、「何をどれだけ生み出したか」です。
どれだけ人に親切にしたかは、必ずしも査定表に載るわけではありません。
2.断れないことで、時間と集中力が崩れる
「5分だけいい?」と声をかけられ、断れずに応じる。
すると、気づけば30分経っていることがあります。
しかも失われるのは、その30分だけではありません。
いったん集中が途切れると、元の思考の深さに戻るまでに時間がかかります。
資料を読み込んでいた。
企画を考えていた。
文章を書いていた。
数字を分析していた。
こうした仕事は、細切れの時間では深まりにくいものです。
「5分だけ」の安請け合いは、実際には、集中力の流れそのものを断ち切っていることがあります。
3.評価に乗らない「見えない仕事」だけが増える
頼まれごとを引き受けると、「助かった」「ありがとう」と言われます。
その瞬間は、たしかにうれしいものです。
しかし、その仕事は本当に評価につながっているでしょうか。
会議室の準備。
誰かの資料の微調整。
急な確認作業。
ちょっとした連絡調整。
本来の担当ではない雑務。
こうした仕事は、職場を回すうえでは必要です。
しかし、何度も引き受けているうちに、「あの人がやってくれるもの」と見なされてしまうことがあります。
感謝はされます。
でも、昇進や給与にはつながらない。
これが、「いい人」が損をしやすい大きな理由です。
■「嫌われたくない」が脳を疲れさせる
なぜ、断ればいいとわかっていても断れないのでしょうか。
そこには、「嫌われたくない」という思い込みがあります。
「断ったら冷たいと思われるかもしれない」
「がっかりされるかもしれない」
「自分勝手だと思われたくない」
そう考える人ほど、相手の表情、声のトーン、機嫌を過剰に読み取ろうとします。
たとえば、上司がため息をついただけで、
「私のせいかもしれない」
「何かまずいことをしたのかもしれない」
と不安になることがあります。
このとき脳は、本来の仕事ではなく、「相手を不快にさせないための計算」に多くのエネルギーを使っています。
スタンフォード大学のジェームズ・グロス教授らの感情調整研究では、不快な感情を表に出さないよう抑え込む「表出抑制」は、認知的な負荷を伴い、記憶や対人関係にも影響しうることが示されています。
感情を抑えるという行為は、脳にとって「本心を隠す」という重いバックグラウンド・タスクを常に走らせているようなものです。スマホでいえば、裏側で重いゲームアプリが起動しっぱなしになっている状態です。画面上では普通に動いているように見えても、内部では電池も処理能力も消耗しています。
つまり、「平気なふり」「いい人のふり」を続けることは、思っている以上に脳のリソースを使う行為なのです。
本心では困っている。
本当は今は対応できない。
でも、笑顔で「大丈夫です」と言う。
この小さな我慢が積み重なるほど、集中力は落ち、判断力も鈍り、仕事の質まで下がっていきます。
■境界線がない人ほど、相手の問題まで背負う
「いい人」が疲弊しやすい理由は、心理的境界線、つまりバウンダリーが曖昧になっていることにもあります。
バウンダリーとは、自分の責任と相手の責任を分ける心の境界線のことです。
相手の機嫌は、相手の領域。
相手の評価も、相手の領域。
相手の期待も、すべて自分が背負うものではありません。
しかし、境界線が曖昧な人は、相手の不機嫌まで自分の責任のように感じてしまいます。
上司が不機嫌そうにしている。
同僚の返信がそっけない。
誰かがため息をついた。
それだけで、「自分が何かしたのかもしれない」と考えてしまうのです。
もちろん、自分に改善点がある場合もあります。
しかし、すべてを自分のせいにしていたら、心は休まりません。
職場で大切なのは、相手を思いやることと、相手の問題を背負い込むことを分けることです。
優しさとは、何でも引き受けることではありません。
相手の感情をすべて処理してあげることでもありません。
自分ができることと、できないことを分ける。
相手の課題と、自分の課題を分ける。
それが、長く信頼される働き方の土台になります。
■優しいけれど安請け合いしない
では、どうすれば「自己犠牲型のいい人」から抜け出せるのでしょうか。
ここで参考になるのが、ペンシルベニア大学ウォートン校のアダム・グラント教授が提唱した「ギバー」の考え方です。
ギバーとは、人に与える人のことです。
ただし、ギバーには大きく分けて2種類あります。
ひとつは、自己犠牲型のギバーです。
誰にでも、いつでも、無制限に与えてしまう人です。
このタイプは、一見すると周囲から好かれます。
しかし、頼まれごとを断れず、自分の成果や健康を犠牲にしやすくなります。
結果として、燃え尽きたり、利用されたりしやすくなるのです。
もうひとつは、戦略的ギバーです。
これは、自分の時間、成果、健康を守りながら、相手やチームにとって本当に意味のある形で貢献する人です。
戦略的ギバーは、冷たい人ではありません。
むしろ、優しさを長く続けるために、境界線を持っている人です。
すべての依頼に応じるのではなく、
「今、自分が引き受けるべきことか」
「相手の成長につながる助け方か」
「自分の重要な仕事を犠牲にしていないか」
を考えてから動きます。
優しいけれど、安請け合いはしない。
親切だけれど、利用されるままにはならない。
これが、成果を出す人の共通点です。
■自己犠牲型から抜け出す3つの方法
では、今日から何を変えればよいのでしょうか。
いきなり強く断る必要はありません。
まずは、次の3つから始めてみてください。
1.「これは誰の問題か?」を分ける
頼まれごとをされたとき、まず考えたいのは、
「これは本当に自分が引き受けるべき問題か」
ということです。
相手が困っているからといって、すべてを自分が解決する必要はありません。
相手の締め切り管理は、相手の問題。
相手の不機嫌は、相手の問題。
相手が準備不足だったことも、基本的には相手の問題です。
もちろん、チームとして助けるべき場面はあります。
しかし、「助ける」と「肩代わりする」は違います。
まずは、自分の責任と相手の責任を分ける。
それだけで、心の消耗は大きく減っていきます。
2.小さく「NO」を出す練習をする
断るのが苦手な人は、いきなり「できません」と言う必要はありません。
まずは、即答しないことから始めればいいのです。
たとえば、こう言ってみます。
「今の作業を確認してから、お返事します」
「今日は難しいのですが、明日なら対応できます」
「今すぐは難しいので、優先順位を確認させてください」
「どこまで必要か、先に確認してもいいですか」
これは、相手を拒絶しているのではありません。
自分の時間を守るための確認です。
大切なのは、頼まれた瞬間に反射的に引き受けないことです。
「はい」と言う前に、一呼吸置く。
それだけで、他人に時間を奪われる働き方から少しずつ抜け出せます。
3.無理のない範囲で、戦略的に貢献する
人を助けること自体は、悪いことではありません。
むしろ、職場で信頼を築くうえで重要です。
ただし、助け方には工夫が必要です。
大切なのは、「いつ」「誰に」「どれくらい」貢献するかを決めることです。すべての人に、いつでも、同じだけ応えようとすると、自分の仕事も心もすり減ってしまいます。
すべてを代わりにやってあげるのではなく、相手が次から自分でできるように助ける。
毎回すぐ対応するのではなく、時間を決めて対応する。
自分の重要な仕事を犠牲にしない範囲で協力する。
たとえば、依存的な部下に対して、毎回細かく手を貸すのではなく、週に一度の進捗確認にする。
同僚からの相談も、その場で全部受けるのではなく、「15時以降なら時間が取れます」と伝える。
これは冷たい対応ではありません。
むしろ、相手の自立と自分の成果を両方守る対応です。
■自分に嫌われない働き方をする
「いい人」を卒業するとは、冷たい人になることではありません。
全員に好かれようとする働き方をやめることです。
すべての期待に応えなくていい。
すべての依頼を引き受けなくていい。
すべての不機嫌を自分の責任にしなくていい。
そう考えるだけで、心は少し軽くなります。
本当に信頼される人は、何でも引き受ける人ではありません。
自分の役割を理解し、成果を出し、必要な場面で適切に協力できる人です。
大切なのは、相手に嫌われないことばかりを優先して、自分自身を裏切り続けないことです。
本当は苦しいのに「大丈夫です」と言う。
本当は限界なのに「できます」と引き受ける。
本当は嫌なのに、笑顔で合わせ続ける。
そうした働き方を続けていると、周囲からは「いい人」と思われても、自分の心は少しずつ疲れていきます。
だからこそ、これからは「人に嫌われない働き方」よりも、「自分に嫌われない働き方」を選ぶことが大切です。
優しさは、境界線があってこそ長続きします。
自分を犠牲にしてまで相手に合わせ続ける必要はありません。
「5分だけいい?」に毎回応じる前に、一度立ち止まってみてください。
今それを引き受けることは、本当に自分の仕事と人生を前に進めるのか。
それとも、ただ「嫌われたくない」という不安を埋めるための反応なのか。
自分に問い直すだけで、働き方は変わり始めます。
「いい人」であることを捨てる必要はありません。
ただし、都合のいい人でいる必要もありません。
自分の時間を守りながら、必要な人に、必要な形で貢献する。
その働き方こそが、これからの時代に求められる「戦略的な優しさ」なのです。
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藤本 梨恵子(ふじもと・りえこ)
ファイン・メンタルカラー研究所代表
NLP心理学を中心にコーチング、カウンセリング、マインドフル瞑想などの手法を習得し統合。その手法を生かし、キャリアカウンセラー・講師として独立。各企業・大学・公共機関の講演の登壇数は2000回を超え、婚活から就活まで相談者数は1万人を超えている。コーチング、パーソナルカラー、カラーセラピスト、骨格診断ファッションアナリスト等のプロ養成講座の卒業生は500人を超え、個人診断においては1000人を超える。著書に『いつもよりラクに生きられる50の習慣』(かんき出版)などがある。
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(ファイン・メンタルカラー研究所代表 藤本 梨恵子)

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