セレクトショップ大手のビームスは、2022年の出雲大社を皮切りに、観光地周辺に「ビームス ジャパン」を出店する事業を進めている。昨年10月には、太宰府天満宮の近くに築80年超の民家を改装した土産物店をオープンした。
なぜ本業から外れた「日本の伝統工芸品」を手掛けるのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが現地を訪れた――。
■「大屋根リング」設計者が手掛けた仮殿
福岡県太宰府市の太宰府天満宮。祀られているのは学問、文化、芸術と受験の神様、菅原道真だ。同神宮には国内外から年間1000万人以上の参拝客(※)がやってくる。
※観光庁解説文データベース
現在、太宰府天満宮は2027年の「菅原道真公1125年太宰府天満宮式年大祭」に合わせ、本殿を改修している。改修期間中、参拝者を迎えている「仮殿」は前衛的な建築で、屋根の上には梅、樟、桜の若木が植わっている。屋根の上に樹木の庭園があり、仮殿はインスタレーション作品のようだ。設計したのは大阪万博の大屋根リングを考えた建築家の藤本壮介。話題になっていることもあって、通常の参観者のほか、仮殿を見物にやってくるアートファンも少なくない。
仮殿の建築を目当てにやってきた人たちは拝観とともに、参道にあるスターバックス太宰府天満宮店を見物する。同店は建築家の隈研吾が設計した木組み構造で知られ、つねに人でいっぱいだ。
太宰府天満宮の仮殿と参道のスターバックスがあるため、そのエリアはアートサイトのようになっている。
2025年の11月、参道から少し外れたところに古民家をリノベーションした土産物店「ビームス ジャパン 太宰府」ができた。仮殿、参道のスターバックス店と同じアートの気配を感じさせる店で、プロデュースしているのはセレクトショップのビームスだ。
ビームスは現在、国内に150店舗以上を持ち、海外ではアジアを中心に約20店舗を擁している。同社の売り上げは914億円(2025年2月期)である。
■出雲、宮島、日光、善光寺に出店
ビームス ジャパン 太宰府は同社がゲートストア事業と呼ぶ地域共創型の出店プロジェクトの店だ。同事業は2022年から始まっていて、国内の寺社、名所、景勝地で地域の人たちとともに土産物の開発、店舗運営を行っている。ビームス ジャパンの店舗の数は11。そのうちゲートストア事業の店舗は8店舗。出雲、宮島、日光、善光寺などにある。
太宰府店は築80年以上の民家を改装したものだ。太くて頑丈な梁は残してあるが、天井板、壁板、畳などは撤去し、すっきりした広い空間を店舗として使っている。

ビームスがプロデュースしているだけあって同店は外観、インテリアだけでなく、扱っている商品がこれまでの土産物店とは一味違う。
商品は3種類ある。
ひとつは日本に昔からあったもの。ビームスがコンテンポラリーに最適化した土産物である。信楽焼の狸の置物、招き猫、富士山を模した丼鉢などがそれにあたる。
2番目は地元、福岡県の伝統的な県産品だ。八女提灯、筑後地区のいぐさで作った花ござ、小倉織のトートバッグなど。
3番目はビームス ジャパンオリジナルのTシャツなど服飾雑貨品。つまり、同店に並んでいるのは日本の伝統銘品、地域の特産品、オリジナル商品である。
店長の赤峰未来さんは「おかげさまで、すごく売れています。全国にあるビームス ジャパン ゲートストア店舗のなかでも売り上げはかなり上位です」と言った。
■梅ヶ枝餅以外の“太宰府みやげ”をつくりたい
「太宰府店がオープンしたのが2025年11月ですから、半年しかたっていないのですが、平日、週末問わず多くのお客さまで賑わっており、国内の方よりもインバウンドの方が多くて、だいたい、8割は海外からのお客さまです。
地域で言いますと、韓国、中国、シンガポールといったアジアが多いです。
太宰府は年間に1000万人がやってくる観光地ですが、お土産品と言えば、梅ヶ枝餅くらいしかありませんでした。食べ物のお土産はあったのですけれど、持って帰ることのできるお土産物は少なかった。そこで、私たちは福岡県と太宰府の魅力を発信するためにビームスさんと一緒に店をオープンしました」
プロデュースしたのはビームスだが、店の運営主体はグッドローカル九州という会社だ。西日本鉄道、ふくおかフィナンシャルグループ、NTT西日本、三菱地所、ラブエフエム国際放送が共同出資した地域おこしのための企業である。
赤峰店長の前職は福岡市にある西鉄グランドホテル。同ホテルのバーでホールスタッフとして働いていた。ホテル出身らしく折り目正しい接客をする人である。
■信楽焼の狸や富士山型の丼鉢…県外品が売れていく
彼女に売れている商品は何ですかと聞いたら、「招き猫、信楽焼の狸、富士山型の丼鉢」とのことだった。海外からやってきたインバウンドの人たちにとって日本の伝統品は魅力的に映るようだ。
それにしても、信楽焼の狸や富士山型の丼鉢は重たいし、しかも割れ物だ。それでもインバウンドの観光客は嬉々として買っていくという。

赤峰店長が推しているのは日本の銘品よりもむしろ地域の品物である。筑後地方の花ござ、福岡県産いぐさを使ったアイテム、八女提灯、小倉織のトートバッグといったものだ。
赤峰店長は言った。
「いぐさは熊本県と福岡県が産地です。いぐさを使った商品では太宰府天満宮の梅をデザインした花ござが人気です。そして、八女市で作る八女提灯は職人さんがひとつひとつ手描きしたデザインになっています。
こうした地域の商品には2種類あります。地域の事業者の方とコラボして開発した商品、昔から福岡のお土産品として作られていたもの。どちらも価値があるもので、私たちは今後、福岡市、福岡県の事業者さんたちとコラボした商品を少しずつ増やしていこうと思っています」
■「どこにでも売っているお土産」を変えたかった
日本の寺社、観光地には土産物店が欠かせない。だが、9割以上の土産物店は従来からの品ぞろえを踏襲していると思われる。
従来品とは次の通りだ。寺社や観光地の名称が入ったTシャツやキーホルダー、木彫りの置物、木刀・模造刀、ペナント、絵葉書、温泉タオル、こけし、だるま、招き猫、竹とんぼ、けん玉……。
土産物として作られた既製の品物を集めてきて、それを陳列して売っている。並んでいる土産物のなかには地元の業者が製造したものもあるだろうが、多くは地域外で大量生産されたものではないか。
従来型の土産物店には多数の雑多な商品があった。だが、いずれもどこの土産物店でも置いているものであり、その店だけにある商品はほぼなかった。
ビームス ジャパンはそうした従来型の土産物店の風景を変えた。日本の銘品と地域の伝統工芸品をブラッシュアップし、ビームスのテイストを加えた。しかも、商品はビームス ジャパンの店にしか置いていないものばかりだ。国内外から寺社、観光地を訪れる客にとっては新鮮な商品と受け止められたのである。
このプロジェクトは全国の寺社や観光地にとってもありがたい話だったろう。従来型の土産物だけでは観光客、インバウンド客を引き付けることができないことは彼らもわかっていたからだ。絶妙のタイミングというべきか、寺社、観光地とビームスはちょうどいい時期に出会った。
■「すばらしいシルクですね」英国での衝撃の出合い
同プロジェクトを推進してきたビームスクリエイティブ事業開発2部の鈴木春幸部長はこう説明する。

「もともとビームス ジャパンのプロジェクトを始めたきっかけはうちの社長でした。当社の社長、設楽(洋)がロンドンのサヴィル・ロウにある老舗名門テーラーに行った時の話です。設楽が100年以上前のシャツのスワッチ(生地見本)を見て感心し、『すばらしいシルクですね』と伝えたら、店舗の従業員から『お客さま、このシルクは日本の着物の素材です』と教えられました。
ビームスはアメリカ、イギリス、イタリアなど海外のファッションやカルチャーを日本に紹介してきたのですが、実は日本国内にいいものがたくさんあるとわかりました。
社長の体験から、これまで海外に向けてきた視点を国内に向けるためにできたのがビームス ジャパンです。多くの日本人が気づいていない、あるいは忘れてきた伝統や文化に光を当て、その魅力を発掘するプロジェクトをやることにしたのです。当初、新宿、渋谷、京都などの都市に店を出したのですが、都会から発信するのではなく、もっと地域に入り込んでみようと思うようになりました。
■「重たい割れ物」をわざわざ店で買う理由
地元の企業や事業者とスクラムを組みながら事業展開していこうと決めたのです。2022年に出雲大社に店を出し、その後、増やしています。地域にリアル店舗を出したことで、今は多くのメリットを感じています。リアル店舗の存在があることで、ショップ機能だけでなく、地域におけるコミュニティにもなっています。
店舗を中心に行政や地元のキーパーソンなどとのつながりができました。地域でのネットワークが広がっている。地域とつながる感覚は、都会で打ち合わせするだけでは決して得られないと思いました。今後も出店していきます。今では各地の行政や事業者の方から出店以外の相談を受けるようになりました」
ビームス ジャパン 太宰府で売れる信楽焼の狸や招き猫はオンラインでも買うことができる。しかし、リアル店舗で買う人のほうがはるかに多い。人はなぜ、重たいものをわざわざ店舗で買うのか。オンラインでいいじゃないか、と一瞬は考える。しかし、そうではない。今の時代、売れるモノとはコンテクスト(文脈)に応じた商品だ。
買う人にとっては飛行機に乗って大宰府まで出かけるというコンテクストが商品に価値を与えている。出かけていった自分の思い出が信楽焼の狸に追加されているから価値が生じる。自宅でポチっとしても、そこに思い出は付加されない。
■マーケティングで売れる時代は終わった
優秀なキュレーターが展覧会を開く時、まっさきに考えるのはコンテクスト(文脈)だ。
美術品を出品するに際して、適当に並べるのではない。どういう順番で陳列すれば観客がより理解できるかを考える。また、さらに優秀なキュレーターなら美術館へのアプローチもくふうする。美術館の入り口に至る取り付け道路にも美術展のバナーのようなプロモーションツールを用意する。アートに触れる前に観客の気分が高まるような仕掛けをちゃんと考える。そうすれば観客は満足する。美術展を見た後、ミュージアムショップで図録、絵葉書、グッズを買ってくれる。大切なのは商品に至る道を作るコンテクスト(文脈)だ。
ビームスが全国に展開しようとしているゲートストアは寺社、観光地とのコラボレーションだ。買い物客の第一の目的は寺社の拝観であり、観光だ。彼らは目的を終えて初めて参道にある店をのぞく。どこで買うかと言えば、もっともコンテクストに沿った店を選ぶ。
これからモノを売ろうとする人たちが考えなくてはならないのはマーケティングよりもむしろコンテクストだ。人は文脈に沿って観光し、モノを買う。

----------

野地 秩嘉(のじ・つねよし)

ノンフィクション作家

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。ビジネスインサイダーにて「一生に一度は見たい東京美術案内」を連載中。

----------

(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
編集部おすすめ