法医学者は事件・事故などで亡くなった方の死因の究明や身元の特定などを科学的に解明する専門家だ。数多くのドラマや映画で医療監修などを手掛ける東北医科薬科大学教授の高木徹也さんは「亡くなってから48時間以内にご遺体をみることができれば、2時間ほどの誤差で死後経過時間を出すことができる」という――。

※本稿は、高木徹也『私たちはなぜ死ぬのか 法医学者が語る「永く、よく生きるための技術」』(CEメディアハウス)の一部を再編集したものです。
■死亡推定時刻は「分単位」ではわからない
法医学者は死因とともに、亡くなった時間の推定もします。私たち法医学者は「死後経過時間」と言っていますが、ドラマなどでは「死亡推定時刻」と言っているようですね。「被害者が亡くなったのは何日の午前何時何分だ!」と言い当てる場面がありますが、あれはフィクションだからこそ。ご遺体の所見だけで亡くなった日時をピタリと当てるのは、現実ではほぼ不可能です。
ただし、亡くなってから48時間以内にご遺体をみることができれば、2時間ほどの誤差で死後経過時間を出すことができます。これが死後3日以上経ったご遺体になると、誤差の幅が1日ぐらいに延びます。
そのため私たちは「死後16~24時間です」「亡くなったのは○日ですが、午前か午後かはわかりません」と、時間の幅を持たせて答えます。
■死後経過時間と生命保険
以前、私が検案をしたケースで、死後経過時間が問題になったことがありました。保険会社に勤めていた男性が飛び降り自殺で死亡しているのが発見されたケースです。
この男性は生命保険に加入しており、発見されたのは免責期間満了の翌日でした。もし、発見当日に亡くなっていたのなら、ご遺族には保険金が下ります。
しかし、どうみても発見の前日に飛び降りた所見が認められました。つまり、免責期間内の自殺です。
こうなると、保険金は下りません。私は直腸内温度や死後硬直の程度などの死体現象から、発見の前日に亡くなっていたという結論を出しました。
ところが、この判断が問題になりました。
「保険を取り扱っている夫が免責期間内に自殺するはずがない。死後経過時間には誤差があるのではないか。死亡診断書の亡くなった日時を変えてほしい」とご遺族からクレームが入ったのです。
しかし、あらゆる所見からみて、発見当日に亡くなったとはとうてい考えられません。私はご遺族のクレームを突っぱね、亡くなった日時を変えませんでした。
その後、警察がくわしく調べたところ、男性と妻は不仲であり、家庭内別居状態にあったことが判明しました。男性は「妻に保険金は渡すまい」と、あえて免責期間内に自殺したのです。

■体格や持病も考慮し、総合的に判断
では、法医学では、どのようにして死後経過時間を出しているのでしょうか。
具体的には、先述したご遺体の直腸内温度、死後硬直の程度、眼球角膜の混濁程度、死斑の色調の消退程度などを総合的に勘案して、死後経過時間を判断します。
解剖した場合は諸臓器の硬度や胃粘膜の酵素による融解程度などが判断材料となります。これらは死後にしか現れない現象であることから「死体現象」と呼ばれ、どの法医学の教科書にも載っているものです。
■1時間たつごとに0.83度ずつ下がる
たとえば、直腸内温度は通常37.2度で、死後1時間たつごとに0.83度ずつ下がっていき、外気温に近づきます。しかし、病気によっては42度の高体温で亡くなる人もいますので、死因と合わせて死後経過時間を推定します。
死斑は死後12時間ぐらいまでなら、指で皮膚を押すと消えます。12時間以上経つと血液が血管に固着し、押しても消えなくなります。そのため、6時間ぐらいまでの間なら、仰向けのご遺体をうつ伏せにすると、死斑も胸や腹部に移動します。6~10時間の間なら、ご遺体をひっくり返すと両面に死斑が出ます。
発見時にうつ伏せだったご遺体を仰向けにして死斑が前面から消えたら、死後6時間以内、両方に出たら死後10時間ぐらい、死斑が移動しなければ死後12時間以上経っている、と判断します。
■体格、持病などによって変化
眼球角膜は死後24時間経ったころからうっすらと白くなっていき、48時間で完全に白くなります。

死後硬直は、死後2時間ほどで始まり、24時間以降に解け始めます。筋肉量が多い人は死後硬直が強く、高齢者やがんで亡くなった人などは死後硬直が非常に弱いため、ご遺体の体格や生前の持病も考慮する必要があります。
胃の内容物をみれば、最後に食事をしてから何時間後に亡くなったかもだいたいわかります。食べ物は胃に入った後に腸に送られますが、腸に食べ物が移動するのは早い人で4時間、遅くても6時間ほどです。
また、胃から腸への移動は、食べ物の種類によっても違います。野菜はあっという間に腸に送られます。その次に腸に送られるのは米です。肉は、最後まで胃の中に残っています。ただ、人や持病によって消化機能には差がありますから、その点は考慮して考えなければなりません。
このように、それぞれの死体現象には特定の時間帯に特有の現象がみられる「特異時間」というものがあり、それは死因や亡くなった方の体格、持病などによっても少しずつ変化します。法医学者はこれらを総合的にみて、特異時間を補正しつつ、死後経過時間を推定しているのです。

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高木 徹也(たかぎ・てつや)

法医学者、東北医科薬科大学教授

法医学者。
1967年東京都生まれ。杏林大学法医学教室准教授を経て、2016年4月から東北医科薬科大学の教授に就任。東京都監察医務院非常勤監察医、宮城県警察医会顧問などを兼任し、法医解剖施行数は6000件に迫る。『ガリレオ』『ヴォイス~命なき者の声』『しあわせな結婚』など、法医学・医療監修を手掛けたドラマや映画は多数。著書に『なぜ人は砂漠で溺死するのか?』(メディアファクトリー)『こんなことで、死にたくなかった 法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)などがある。

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(法医学者、東北医科薬科大学教授 高木 徹也)
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