今季からクラブに2度目の黄金期をもたらした知将・片野坂知宏監督が再就任した大分トリニータ。
しかし、開幕前から負傷者が続出したチームは群雄割拠のJ2にあって、現在15位と低迷。ただ、昨季から主力に抜擢されている19歳のMF保田堅心は苦しみながらも、確実に成長の階段を駆け上がっている。
ロサンゼルス五輪世代にも相当するU-19日本代表ではキャプテンの腕章を巻くこともある。リーダーシップも兼ね備えた185cmの大型ボランチにその類まれなプレースタイルやルーツを訊いた。
(取材・文/新垣 博之、取材日:2024年8月8日、取材協力:大分トリニータ)
決勝点を挙げた第3節の藤枝戦直後、喜びを爆発させる大分MF保田堅心(写真提供:大分トリニータ)
リーグでの低迷、天皇杯での躍進、自身のポジション
第27節終了現在、明治安田J2リーグで15位の大分トリニータ。リーグワースト2位の23得点に止まる得点力不足が顕著となり、第14節からは9戦未勝利(6分3敗)を喫するなど、勝ち切れない試合が続いた。
負傷者が続出して低迷するチームの中で、保田は多くのポジションで起用されてきた。19歳のMFは葛藤と向き合いながらも、確かな成長曲線を描いている。
「自分は開幕から4節の清水エスパルス戦まではボランチとして先発出場していました。自分の良さも出せていた中で、3節の藤枝MYFC戦ではゴールも決めることができていたので、個人的なシーズンの入りは悪くなかったと思っています。
ただ、今年のチームの課題として得点力が挙がってきていました。また、自分はU-19日本代表から帰って来た直後、コンディションに波があった時期もありました。
その中で、アンカーや右サイドバック(SB)、サイドハーフ(SH)、最近ではインサイドMFとしてもプレーしています。『なぜこのポジションで自分が起用されているのか?』『自分の特徴をここでどう出すのか?』と自分なりに考え、良い経験をさせてもらっているのですが、なかなか慣れないポジションで自分の特徴を出し続けることができず。
今考えると、もったいない試合を何試合かしてしまったという反省があります」
一方、天皇杯では7月10日に開催された3回戦で、前回大会の王者・川崎フロンターレを相手に保田が決勝点を挙げ、3-1と快勝。ベスト16進出を決めている。
「まず、フロンターレさんが相手という事で、ボールを持たれることは想定内という準備をしていました。前半から相手にボールを持たれる時間が長かったのですが、焦れずに組織的な良い守備ができていました。そのうえで、ボールを奪ってから素早くゴールまで迫る鋭い攻撃が何本か出せていたので、『行ける!』手応えを感じながらプレーできていました」
※保田が決勝点を挙げて3-1と快勝した天皇杯3回戦・川崎戦のハイライト映像。
ただし、川崎戦のボール保持率は37%。今季の大分はJ2で4番目に高い53.2%の保持率を記録しており、昨季はリーグトップの56.4%。王者を相手に挙げた会心の勝利だったが、それが今後のJ2での戦いに直接つながりそうにないのは悩ましいところだ。
「本来は僕たち自身もボールを持ちたいチームですし、特にこの夏場は相手にボールを持たれて動かされると不利な展開になるので、そこはチームとしてもまだ改善が必要だと考えています」
ボランチながら自らボールを運び、優位な局面を作り出す保田(写真提供:大分トリニータ)
類まれなプレースタイルの進化
保田は6月にU-19日本代表として若手の登竜門となる国際大会『モーリスレベロトーナメント』に参戦。初戦のU-21イタリア代表戦(3-4で敗戦)では主将として90分間プレーし、パリ五輪に出場するU-23ウクライナ代表戦(1-2で敗戦)でもフル出場を果たした。
年上で格上と言える2カ国には敗れたものの、保田は「帰って来てからずっと調子が良い」と好調をキープ。川崎撃破のジャイアントキリングにもつながったのだが、フランスの地でどんな手応えを得たのだろうか?
「海外のサッカーは日本よりもオープンな試合展開になりがちです。球際もガッツリくるんで、それを剥がせれば一気に局面を変えることができます。そういう意味では自分の特徴を出しやすい相手だったと思います」
イタリアには昨季のセリエAで4位に大躍進したボローニャの主力MFジョヴァンニ・ファビアンや、イタリア王者インテル期待のFWセバスティアーノ・エスポジト、ウクライナにも昨季の国内リーグで10ゴールを挙げ、UEFAチャンピオンズリーグでもゴールを挙げた長身FWダニロ・シカンなど、保田が以前から映像を通して知っていた選手もいた。
「イタリアにもウクライナにも、セリエAやCLでプレーする素晴らしい選手たちがいて、彼らと試合をする中で、自分のプレーをしっかりと出すことができました。そのうえで通用するプレーと、逆にまだウイークになる部分もしっかりと出たことで、自分の今の実力がはっきりと理解できた良い大会だったと思います」
『保田堅心 主要スタッツに見える大きな変化』すでに攻撃面のスタッツの多くが昨季を超えるなど、プレースタイルに大きな変化と成長を感じさせる(作成:筆者)
自陣深い位置でボールを受けても、自らターンをして前を向き、プレスに来た相手の守備を剥がし、自らボールを運んで行く。そんな保田の一連のプレーはリスクが高く、“非効率”に思われるかもしれない。
しかし、強度が高い連動したプレスが当たり前となった現代サッカーにおいて、相手を引き付けてからパスを出すドリブル=“コンドゥクシオン(運転)”は高く評価される個人戦術だ。
「去年までは組み立てに徹するプレーが多かったのですが、今年はいかにゴールに近い位置で仕事ができるのか?という部分に拘ることで変化も出てきました。前線に入っていく回数は増えたと思いますし、そこでのアイデアやクオリティにも自信がついてきたところです」
現代サッカーは戦術的になり過ぎているため、中盤で1人、2人をドリブルで剥がして前へ運ぶことは相手を組織的に混乱させ、攻撃に迫力や推進力を生む。保田のプレーがダイナミックかつ躍動感に溢れるように見えるのはそのためだろう。
【新型ボランチの原点】スペイン代表、ベリンガム、F・デ・ヨング
「ボールは人より速く走れる」と指導され、パスの名手が揃うボランチにあって、保田は類まれなプレースタイルを磨き、さらに進化させている。その原点はどこにあるのだろうか?
「小学生の頃からゴール方向にプレーすることを意識付けされてきました。その時のコーチからは1対1でも相手を剥がすのではなく、“スペースへ運ぶドリブル”を意識するように指導されました。それがプロになった今でも良い方向に活きている実感があります」
保田はボランチながらドリブルを選択することが多く、時には相手DF3人ほどをごぼう抜きしていくこともある。
ただ、ボールを持っている時でも背筋がピンと立ち、相手に寄せられても上体や姿勢は崩れない。密集の中でもスペースへ運ぶドリブルを実践できるのは視野が広いからだろう。実際、ワンタッチで大きく局面を変えるパスを繰り出すことも多い。
「筋トレで体幹を含めたトレーニングはやっていますし、プレー中の姿勢を良くすることは育成年代の頃から意識的に取り組んでいます。視野の確保は、まずゴール方向から見るようにしていますけど、よくコーチから言われているのは、『常に斜め前に攻めていくイメージをもつ』ことですね。
例えば右SBがボールを持っている時は、左SHや左サイドのスペースを見て、斜め前の視野を確保しています。逆サイドを見ようとすると、自然と視界の中に同サイドの前や中央も入ってくるイメージですね」
今季第13節のヴァンフォーレ甲府戦で挙げた決勝点直後にはイングランド代表MFジュード・ベリンガム(レアル・マドリー)のゴールセレブレーションをしたことが話題に。プレースタイルが日本人離れしている保田は、どんなサッカーに影響されて来たのだろうか?
「自分がサッカーを始めたキッカケはアニメの『イナズマイレブン』でした。その影響でボールを蹴り始めた頃に2010年の南アフリカW杯があり、完全にサッカーにハマりました。その大会で初優勝したスペイン代表を観て、それがキッカケで小学校の頃はJリーグよりも、ずっとスペインのラ・リーガを観ていました。
ベリンガム選手は自らボールを奪って、ゲームを組み立て、ゴール前にも入って自分でゴールまで奪う。守備面でも攻撃面においても何でもできる選手で、現代サッカーにおける模範的なMFだと思います。自分と年齢が2つしか変わらないんですけど、観ていても参考になるプレーが多い選手ですね。
他にも海外のボランチの選手はよく観ているのですが、特にバルセロナのオランダ代表MFフレンキー・デ・ヨング選手は自分が中学生の頃からよく観ています。
当時のデ・ヨング選手はアヤックスに所属していて、時にはセンターバックとしてもプレーしていました。引いた位置からスイスイとドリブルで相手を剥がして、運ぶ距離も長く、パスを捌くのも上手い。守備も上手いですし、ちょっと意識して真似をしたりもしましたね。
それと、アニメは『キャプテン翼』も好きでよく観ていました」
【15歳の決断】福井太智らとの出会い→大分へ
福岡県出身の保田は5歳から本格的にサッカーを始め、福岡市にある少年サッカークラブ「FC J-WIN」でプレー。中学進学時からは近年の育成年代の大会を軒並み制覇しているJ下部の強豪・サガン鳥栖U-15に加入した。
「実は鳥栖と同時にアビスパ福岡のセレクションも受けていたのですが、育成年代において、よりレベルの高い鳥栖を選択しました。小学生の頃の自分はチームでは点を取りまくっているエースという感じだったので、怖いもの知らずのまま飛び込みました」
鳥栖のアカデミーにはクラブに根付いた一貫したゲームモデルがある。そのモデルに沿ったプレースタイルをもつMF福井太智(現バイエルン、ポルトガル1部のアロウカへレンタル移籍中)が同期にいたこともあり、鳥栖での保田は主役にはなれなかった。
他にも1つ上の先輩に中野伸哉(ガンバ大阪)、同期にも楢原慶輝(鳥栖)や浦十藏(愛媛FC)、後輩には堺屋佳介(鳥栖)らが揃ったチームは、保田が3年時の『日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会』などを制した。
「小学生の時は前線のフリーマンのような役割を与えられていて、鳥栖に入ってからはシャドー、時にはボランチ。完全にボランチに固定されたのは大分に入ってからです。鳥栖ではボランチに(福井)太智、1つ前のポジションに(楢原)慶輝がいて、彼らとポジションが被ることもあり、試合に出られない時期も長くありました。
凄くレベルの高い代でしたし、自分は中学の頃はまだ身体も小さく、フィジカル面でも追いついていなくて、初めての挫折を経験することになりました」
※年末の『高円宮杯 JFA 第31回全日本U-15サッカー選手権大会』でも準優勝したサガン鳥栖U-15。準決勝のヴィッセル神戸U-15戦(3-1で勝利)、15番をつけた保田は66分からピッチに立った。10番のキャプテンが福井太智。
保田は中学卒業のタイミングで大分トリニータU-18へ加入。鳥栖には実家から通っていたが、大分では寮に入り、プロサッカー選手になるための“越境”を決断した。
「鳥栖ではU-15からU-18へ昇格するかどうか、本人の希望やクラブからの評価を聞くための面談をするんですけど、すぐに昇格が決まる選手もいれば、可能性がないと言われる選手もいます。
自分の場合は“保留”になっていて、面談も回数を重ねました。U-18には太智や慶輝が昇格するだけでなく、他のクラブからも良い選手が入ってくることも聞いていたので、自分はプロになるための選択として他のクラブを探そうという決断に至りました」
保田が中学3年となった2019年当時、大分はトップチームが斬新な戦術“疑似カウンター”でJ1復帰初年度ながら旋風を巻き起こし、上位争いを展開。夏場に主力を引き抜かれて9位に終わったものの、監督の名前から拝借した“カタノサッカー”は2021年度の天皇杯準優勝に至るまで、クラブに2度目の黄金期をもたらした。
「その頃の大分は現在の監督でもあるカタさんが指揮されていて、魅力的なサッカーをしていましたし、鳥栖にも大分の練習に参加することは伝えていました。それでもギリギリまで決まらなかったのですが、最終的に大分に拾ってもらったような格好になりました」
保田が大分加入を決めた2020年の初頭はコロナ禍が始まった時期でもある。
社会的にも混沌とした難しい時を乗り越えた保田は、高校2年の夏に天皇杯でトップチームデビュー。高校3年で迎えた2022年にはリーグでも8試合(先発7)の出場機会を経て、正式にトップ昇格を勝ち取った。
「大分では福岡から入寮したタイミングで隔離になり、チーム全員で練習ができたのは6月になってからでした。U-18では本当に大きく成長させてもらえたと思っているのですが、天皇杯でデビューした頃はまだ全然でしたし、他のU-18の選手の方が評価も高かったと思います。自分の場合は高校3年になってからの数カ月で一気に成長した自負があります」
運命的な出会いもあった。2021年7月、保田の憧れであるMF梅崎司が大分に復帰することになったのだ。当時の背番号も保田が26番、梅崎が27番(現在は7番)。練習場のロッカーも隣だったのではないかと想像できる。
「自分は小学生の時から『やべっちFC』(テレビ朝日)を必ず観ていたので、梅さんのことは浦和レッズでプレーされていた頃に知りました。梅さんの本(※『15歳 サッカーで生きると誓った日』著者:梅崎司/出版:東邦出版)も読みましたし、今はチームメイトになれたのが嬉しくて、いろんなことを吸収させてもらっています」
【将来】海外でのプレーを目指し、英会話を勉強中
現在15位の大分はJ1昇格プレーオフ圏内の6位・レノファ山口FCとの勝点差が13。大きく引き離されているが、残り11試合の中には昨年まで大分を2年指揮した下平隆宏監督が率いるV・ファーレン長崎との九州ダービーもある。
10月6日に予定されているこの試合は、長崎の新スタジアム「ピーススタジアム・コネクテッド・バイ・ソフトバンク」(略称「ピースタ」)で初めて開催される試合として注目を集めるビッグマッチだ。
「残り試合が少なくなって来た中でも、まだ勝ち続ければプレーオフに滑り込むこともできると考えています。ただ、自分たちはまず、目の前の1試合1試合にどれだけフォーカスしていけるかだと思います。
シモさんには調子が悪い時にも、自分のことを信じて我慢して試合に使ってもらって、すごく成長させていただきました。だから、シモさんの長崎と対戦する頃には良い状態で迎えたいですね」
そして、川崎を撃破した天皇杯では8月21日(水)、ベスト8をかけてJ1・京都サンガF.C.をホームのレゾナックドーム大分で迎え撃つ。
「フロンターレさんに勝ったのは凄く大きなことですし、J1クラブ相手に良いプレーを見せることで、自分の価値を上げることもできます。カップ戦でここまでのチャンスはそうそうないと思うので、勝ち続けて決勝の国立まで行きたいですね」
9月21日から29日にかけては、主力として活動しているU-19日本代表がキルギスで開催される『AFC U-20アジアカップ2025予選』を迎える。
「日本を背負って戦えるのは、サッカーをやっている人間なら誰もが憧れる舞台だと思います。自分の最終的な目標は年齢制限のないA代表の日本代表としてW杯に出場することなので、それにつながる良い経験になると思います。
2021年にはU-17W杯が中止になりましたけど、当時の自分はまだまだ代表とは無縁の選手でした。それが今ここまで来れているのは素直に嬉しいことです。
ただ、前回のU-20W杯は本戦のメンバーに入れなかったので、そういう悔しい想いも忘れていません。自分は前回のアジア予選(2022年)を経験している立場でもあるので、そこは冷静にチームをまとめて戦っていきたいと思います」
代表活動が多くなってきた保田には当然、将来的な海外でのプレーも視野に入っている。そのための準備も順調のようだ。
「自分がリーガをよく観ていた頃はクラシコの盛り上がりやレベル的にもリーガが1番だったと思うのですが、今はプレミアが1番だと思うので、やっぱり1番レベルの高いステージで自分がどれだけやれるのか、挑戦したいという想いがあります。
実は今、将来的には海外でプレーしたいという目標のために、自分でお金を払って英会話を勉強しています。オンラインでの対話授業が週2,3回あって、課題も提出しないといけません。これが意外と大変なのですが、自分の将来のためにも、しっかりと勉強していきたいと思います」
「オレが決める!主役はオレだ!」を有言実行した熊本戦
※28,000人以上の大観衆を集めた九州ダービーで、保田がCK直接の同点弾を挙げるなど劇的な逆転勝利を挙げた第26節の熊本戦ハイライト。
取材直後、保田自身が「今季のターニングポイントになる」と言っていた第26節、大分はホームにロアッソ熊本を迎えた。九州ダービーにして、クラブ創設30周年記念マッチ「亀祭」と題したこの一大イベントは、28,359人の大観衆を集めた。
「オレが決める!主役はオレだ!」と、サポーターが目にする色紙に熱い想いを書き綴った保田は、1点ビハインドで迎えた87分、左CKを直接決める同点弾を挙げ、94分にはブラジル人DFペレイラによる劇的な逆転弾に繋がるプレーも披露。ゾーンに入ったかのようにピッチを縦横無尽に躍動し続け、チームに大きな勝利を呼び込んだ。
攻撃でも守備でもまずは個での勝負で局面を優位に進めていく大型ボランチは、従来の日本人にはない、類まれなプレースタイルを磨き、現在も進化し続けていることが証明された。
保田堅心、世界を切り開け!
【プロフィール】
保田 堅心(やすだ けんしん)
2005年3月5日生まれ(19歳)
185cm/74kg
福岡県出身
ポジション:MF
所属:大分トリニータ
5歳からサッカーを始め、中学時代はサガン鳥栖U-15に所属。高校進学時に大分トリニータU-18へ加入し、高校2年生だった2021年8月に天皇杯でトップチームデビュー。2022年には公式戦12試合に出場し、翌年からの正式なトップ昇格を勝ち取った。2022年以降は世代別日本代表に招集されることが増え、2023年3月には飛び級で招集されたU-20日本代表として、『AFC U-20アジアカップ』に出場。同年5月から6月にかけて開催された『FIFA U-20W杯』の出場権獲得に貢献したものの、本大会のメンバーからは落選。2024年からは再びU-19日本代表に選出され、主力として活躍している。今季第27節終了現在、J2通算59試合出場6ゴール。