中国のSNS・小紅書(RED)に「日本は本当の意味で文明的なわけではない」との動画が投稿され、大きな反響を呼んだ。

日本在住とみられる投稿者の男性は、動画内で「日本社会が多くの人に抑圧的と言われる原因はこれだ。

日本は実は人同士が互いに監視し合う社会だ。日本人は見た目には民度が高いようで、道路もとても清潔にされている。だが実際のところその理由の大部分は、日本人が互いを監視し合っていることにある。ルールに違反したら、その人は他人から軽蔑されるのだ」と説明した。

その上で、「個人的にはこういう社会は非常に嫌いだ。なぜならこの社会では、人同士は完全なる敵対関係にあるからだ。誰かと初めて会った時にまずすることは、相手の『値踏み』。相手がルールを守っているか、マナーをわきまえているかどうかを確認するのだ」とした。

そして、「このような社会の中で生活するのはとても疲れる。しかも、こうした互いによる監視がカバーする範囲は非常に広く、学校から職場、日常生活、道を歩いている時も。日本では電話をしながら歩いたり、食べ歩きをしたりすることさえ批判の対象になる」とし、「これが日本社会が多くの人に抑圧的と言われる原因だ」と述べた。

男性は投稿文でも、「いわゆる『民度』は人々が互いに監視し合った結果に過ぎない。

日本社会の秩序とは多くの場合、社会の下層にいる人々を従わせるためのものであり、表面的に見えている『民度』は単なる副産物。だから、日本に対して過度な幻想を抱く必要はない。いわゆる礼儀やルールとは、結局のところ他人を抑圧するための手段。道を歩きながら電話をしたり、スマートフォンを見たり、食べ歩きをしたりすることさえ許容できない社会は、包容力があるとは到底言えない」と主張している。

この投稿に対して、中国のネットユーザーから寄せられたコメントで最も共感を集めたのは「ヨーロッパと日本の両方に滞在したことがある人なら違いが分かる。ヨーロッパ人が礼儀正しく接してきた場合、その相手は本当にこちらを尊重すべきと考えている。日本人の礼儀正しさはただ規則を守ってそうしているだけであって、心の中でこちらを尊重しているとは限らない」だった。

一方で、2番目に共感が多かったのは「ルールを守るには互いの監視はもちろん必要。監視がなければ守らない者が出てきて、最終的にはルール自体がなくなってしまう。ルールを守るというのは、それ自体がもともと不快さを伴うものなんだ」とのコメントだった。

また、男性に同調する意見では「日本で仕事をしたことがあるけど、自分のやり方や考え方は一切認められなかった。勤務中にスマホを触ってはいけなかったが、みんなが互いを監視して、もし誰かが触ったら注意するか、上司に報告する」「欧州と米国は基本的に同じで開放的な社会。

日本は他のどの国にも見られない独特の社会で、表面を取り繕うことに長けている」「日本の監視社会って中国の後れた農村のようなものだね。すべての人の視線が他人へと注がれ、ひとたび誰かが流れに逆らうことをすると、ほかの人たちがハエのようにまとわりついてくる。これは決して文明的でなく、非常に野蛮」「日本は実は、中国や欧米から導入した文化なども(自国の都合で)取捨選択している。潜在的にはまだ『村八分』や『五人組』が残っているんだろう」などが見られた。

一方で、反対意見としては「じゃあ、ルールのない社会がいいっていうの?」「ルールを守ることはとても良いことじゃないか。少なくとも、(日本では)副流煙を吸わされることはない」「抑圧的なのはそうだと思うけど、『監視』という言葉は適切じゃないと思う。(日本社会は)ルールを重視しているだけ」「だから日本はルールをきちんと守る人が行くのに適した場所なんだよ。ルールを守らない人が行くとつらくなるのさ」「私はこういう社会が好き。陰から誰かにグサッと刺される(中国のような社会)より100倍良い」「国土が狭く、人口密度が高い中では、人々がみんなでルールを守らないとすぐに他国と同じようになってしまう。世界の人口1000万を超える大都市で、東京ほどの清潔さを実現している都市があるだろうか?」といったコメントが書き込まれている。(翻訳・編集/北田)

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