ニューヨークであてどないドサ回りに明け暮れる、元編集者の中年ミュージシャン。彼が「渡米後最大の収穫」と語る発見は、ブラックミュージックの真髄だったのか、それとも……。


※この記事は6月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.07』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。

このコラムの第3回で取り上げたボストンのライブスポット、ウォリーズカフェに通い始めてしばらく経ったある晩。最前列に陣取ってクレイグ・ヒルの長いソロに耳を傾けていたとき、僕はとてもシンプルな、しかし驚くべき現象に気がついた。

ワン、ツー、スリー、フォーって4拍を、バンドのメンバー全員が、頭をしゃくり上げて取っていたのだ。

これ、僕にとっては認識する以前と以後とで別人になったくらい大きな変化があった発見なので、「モスバーガーのきれいな食い方」みたいになってしまう危険性を感じつつ、くわしく書いてみたいと思う。

曲の拍を取るとき、人間は通常どんな動作をしているだろう。
まずはスローでシンプルな曲、たとえば米津玄師「Lemon」キリンジ「エイリアンズ」にあわせて指パッチンか足を踏み鳴らすかしてみてほしい。ワン、ツー、スリー、フォー、ワン、ツー、スリー、フォー。何も難しいことはない。

今度はそのパルスに合わせて頭を揺らせてみて。おおかたの人は鳩みたいに首を前に突き出すような動きか、コクンと頷くような動きになるはずだ。首って垂直にだけとか前後にだけ動かすのは難しいので、ふつうは前&下方向にビートを打ち、自然に後ろ&上方向に戻っていく往復運動になる。


拍に合わせて下方向にエネルギーがかかるので、この拍の取り方をダウンと呼ぶことにしよう(「しよう」じゃねえだろ、という話は最後に)。僕は40年間ダウンしか知らずに生きてきて、どんな曲でもダウンで取って演奏してきた。

ところがだ。その晩、ミュージシャンたちは全員、ワン、ツー、スリー、フォーのタイミングで首を上&後ろ方向に引き上げてビートを打ち、次のパルスが来るまでに下&前方向に動いてホームポジションに戻していた。拍に合わせて上方向にエネルギーがかかるので、この取り方をアップと呼ぶことにする。

終演後、ドラムのジャーメインに訊いてみた。
「ねえ、『I Cant Help It』では首をこう(アップ)してリズムを取ってたよね。でも『I Thought It Was You』ではこう(ダウン)して取ってた。なんで?」。そしたらサンドウィッチマンのコントみたいに「ちょっと何言ってるか分からない」と言われてしまった。そして「そんなこと考えたこともないよ。俺、そんなことしてる?」と。
天然か!

拍をアップで取ってるサンプルとして、この動画の11分55秒から、スラム・ヴィレッジ「Jealousy」のカバー演奏を見てみてほしい。キーボードのトラヴィス・セイルズを筆頭に、T3もクリス・デイヴもロバート・グラスパーもみんな、この曲はアップで取ってる。

この日以降、僕はミュージシャンの首の動きに取り憑かれ、ライブでもYouTubeでも首の動きに注目し続けた。同じ演奏者でもダウンで取ってる曲とアップで取ってる曲がある。つまりダウンで取ったほうがマッチするリズムとアップで取りたくなるリズムとがあるわけだ。たまに曲の途中でダウンとアップが入れ替わることもある。


またバンド全員がダウンで取っている曲と、バンド全員がアップで取っている曲、ダウンで取ってるメンバーとアップで取ってるメンバーとが混在する曲がある。つまりダウンで取りたくなるかアップで取りたくなるかには個人差があって、でも大まかな傾向は存在するようだ。

困ったのはこのアップの取り方、すぐには真似できないことだった。1回、2回ならできるけど、続かない。さらに楽器を演奏しながらとなると、悲惨なほどできない。なので音楽を聴いてるときも、歩いてるときも、とにかくアップで取る練習。
ダウンと同じくらい難なくできるようになるまで、4カ月くらいかかった。

なにしろ最初にアッと思った瞬間、確信めいたものがあったのだ。よくアメリカ産の黒人音楽には、特有のノリとかグルーヴがあるって言われる。でも、それってほんとに黒人にしかできないのかな。いまどきはDAWに取り込んで波形を観察することで、グルーヴの正体はだいぶわかってきているし、コンピュータ上でそれを再現することも可能だ。

ただ自分の肉体で楽器を演奏するとなると、欲しいフィーリングがいつも出せるかといえば、これはやっぱり、難しい。どう難しいかというと、すぐにフィーリングが出せる曲と、どうやっても出せない曲とがあった。そして、黒人のプレイヤーたちがアップで取りがちな曲こそが、自分がノリを出せないタイプのリズムであることに気づいたのだった。

ってことはだよ? アップが取れるようになったら、あの憧れてたノリが出せるようになるのではないか。アッと気づいてからここまで考えるのに2秒くらい。まさにエウレーカな瞬間だった。そしてこの考えはどうやらビンゴだった。

アップでリズムを取れるようになってから、苦手にしていたタイプのリズムのノリが明確に良くなって、というか「っぽく」なっていった。しつこく観察を続けたおかげで、この曲ならダウンで取るな、この曲ならアップで取った方がハマるな、という読みの精度も上がった。一緒にプレイするドラマーと、同じノリを共有している時間帯があきらかに増えていった。

ミュージシャンのリズム感が、ちょこっとダンス教室に通うだけで劇的に向上する理由

アップとダウンのことばっかり考えていた時期のノート。丸が付いているのがクリック(指か足を鳴らす)の意味。ジャズでよく言う裏打ちって取り方は、ダウンのクリックを半拍ズラしたものでまた別物。

なぜアップとダウンでノリが変わるのかといえば、それはムーブの速度が違うからだ。ダウンの動きは重力に順方向なので、トンッと一瞬で落ちる。いっぽうアップの動きは重力と逆方向なので、重さを感じながらヌーンと持ち上げることになる。

トンッ、トンッ、トンッ、トンッとヌーン、ヌーン、ヌーン、ヌーン。前者はクリーンでスクエアでキレのある感じ、後者は浮遊感があってレイドバックした粘っこい感じになる。当然だけど、どちらが優れてるとかそういう話ではない。

ジャンルで言えば、ロックにアップはあんまり登場しない。ソウル、R&B、ヒップホップにはアップのフィーリングが入ってくる。それでも割合にしたら半分もない程度かな。だけどこのアップのフィーリングこそが、ブラックミュージックを特徴付けるノリの勘所なのは、どうやら間違いがなさそうだ。

っていうここまでの話を、同級生だったドラマー、コータさんに、さも世紀の発見でもしたように語ってみた。彼はドラム歴よりダンサー歴が長いという、ちょっと珍しいキャリアの持ち主だ。そしたら彼が「ゲンさん、ダンスの経験ってあります? 言いづらいんですけど、それ、ダンサーだったら全員知ってます」

マジで? 全員? 「ダンススクールってあるじゃないすか。あれ入った週にまず習うのが、ダウンとアップっす」。マジかー、ノーベル賞だと思ったのに!「あれっすね。ミュージシャンとダンサーとの間の溝は思ってたより深いすね」。こんなぬか喜び、自分が最後になることを願って、この文章を放流します。

唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ブルックリンに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy

◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」