ギタリストとしても知られるフットボールアワーの後藤輝基。もちろん、プロのミュージシャンというわけではないが、『ゴッドタン』の「マジ歌選手権」や、『アメトーーク!』の「ギター芸人」といった企画で、後藤がギターを演奏する姿を見たことがある人は多いだろう。


かつては野性爆弾のくっきー!(現在はジェニーハイのベーシストとしても活躍)らとともにロックバンド「盆地で一位」のメンバーとしてメジャーデビューも経験するなど、確かな技術を持ち、カスタムに対する熱量も非常に高い。長渕剛浅井健一を「二大巨頭」に挙げる後藤のインタビューからは、そのギター愛がはっきりと伝わるはずだ。

※この記事は2020年3月25日発売「Rolling Stone Japan vol.10」に掲載されたものです。
 
ー楽器特集の締め括りとして後藤さんに出ていただけて、非常にうれしいです。

後藤 ありがとうございます。「ついに来たか!」という思いです……ホンマのことを言うと恐れ多いですけど、ギターは好きなんで。昔から弾いてますね。

ー家には何本くらいお持ちなんですか?

後藤 ちょっと手放したりもして、あやふやなところはあるんですけど、10本ちょっとくらいじゃないですかね? 前はもうちょっとありましたけど。グレッチとヤマハが多いかな。

ー本日お持ちいただいた「ルーシー」はグレッチのボ・ディドリー・モデルをフルカスタムしたもので、昨年末に『ゴッドタン』の「マジ歌選手権」で初披露された際には、「本体価格含めて100万円かかってる」とおっしゃってましたね。

後藤 それくらいかかってるんじゃないですかね。とりあえずあてがってみないとわからないパーツもあったんで、それも全部買って、楽器屋さんと一緒に「ああでもない、こうでもない」言いながらやりました。
もともとこれの前に第一号機があるんですよ。同じボ・ディドリー・モデルのカラーを変えて、ピックガードを作って、それを番組に持っていったら……「弁当箱みたい」とか、ボロクソ言われて。でも、僕、あの四角い形がホンマに好きなんですよ。で、もっといろいろ変えられへんかなと思って、「光るのとか、無理かなあ?」とか思いつつ、どんだけできるか聞いてみなわからんなってことで、前からお世話になってるTC楽器っていう新大久保にある楽器屋さんの人に相談したんです。

【画像】100万円かけて改造したド派手ギター(写真9点)

ー光らせるとなるとなかなか大変そうですが……どんな風に相談したんですか?

後藤 そもそも今あのボ・ディドリー・モデルってなかなか手に入らないんで、「何とか探してくれへんか?」ってところから始まったんです。中古も売れ残りの新品も含め、全国いろいろ探してもらって、そうしたら「見つかりました!」って連絡があったので、カスタム用にまずそれを買って。で、どうカスタムするか。光らせるためにLEDを貼り付けることはできると。でも、「他の人がやってないくらい、もっと手の込んだことがやりたいんです」って言って、津嶋くんというずっとお世話になってる男の子に「LED埋め込んで作れないか?」ってお願いをしたんですね。

ーただ貼り付けるんじゃなくて、埋め込めないかと。

後藤 そう。そうしたら、「マジですか!」って言うから、「やっぱり無理か」と思ったら、「いや、違うんです。
僕、ここの楽器屋で働く前に、LEDの会社で働いてたんです」って言うから、「ええー!」ってなって。「だから僕、他の人よりLEDの知識はあるんです」って。それで「物理的に可能なん?」って聞いたら、「やってやれないことはないと思います」って言われて、そこから始まったんです。

ーすごい。偶然の出会いも大きかったんですね。

後藤 そうなんですよね。もともと一回目カスタムして、グレーっぽい色に塗ったんですけど、そのときはトップだけやったんで、「こうしたらもっといいのにな」っていう思いがあって。今回木を削ってLEDを埋め込んだり、せっかく全部リフィニイッシュするんやったら、カラーも全部変えて、ヘッドの形も変えたいと。で、「ホワイトファルコンのヘッドに付け替えられへんの?」って相談したんです。要は、元のネックを外して、ホワイトファルコンのネックも外して、それをバコッと付けられへんのか? って。そうしたら、スケールが違うからそれは無理やと。「ヘッドの部分だけ切って、組み直して引っ付けることならできます」って言うけど、それやったらホワイトファルコンのヘッドにする意味ないから、実は今のは元のヘッドを改造してて、非常にわかりにくいんですけど、ヘッドも長方形になってるんです。


ーああ、確かに。ロゴが変わってるだけじゃないんですね。

後藤 めちゃめちゃなこと言ってるんですよ。ギターの強度で大事なのってテンションだから、ヘッドを取って直すのって、致命傷になりかねないんです。でも、津嶋くんを通じて、いろんな職人さんがやってくれました。だから今回の取材、本人にはまだ言ってないですけど、津嶋くんが一番喜ぶと思う。

フットボールアワー後藤が語る、本気の「ギター愛」

Photo by Masato Yokoyama

ーそれはよかったです(笑)。

後藤 津嶋くんはホンマにめちゃめちゃ努力してくれて、作ってるときも「ギター界が驚きますよ!」って言ってたし、仕上がってきたときは握手したし、相当喜ぶと思います。
 

ギターにお金と情熱を注ぐきっかけ、長渕剛との出会い
 
ーそもそも後藤さんが最初にギターに触れたのは、いつどんなきっかけがあったのでしょうか?

後藤 親父が歌が好きで、カラオケなんかも好きなんですけど、僕が子供の頃はまだ設備が行き届いてなかったんですよね。親父が飲み屋に行って、誰かが歌を歌いたいってなっても、まだカラオケなんかなくて、でもそこにギターがあって。親父はギターが弾けたから、ちょっと伴奏弾いて盛り上げる、みたいなことをやってたらしいんです。その親父のガットギターが家にあって。
父は休みの日になってもどこにも連れて行ってくれなくて、閉まってる親父の部屋からギターの音が聴こえてくるんですよ。それを聴いて、「今日はまあまあ機嫌ええな」みたいな、親父に気使いながら生活してたんです。

ーそれを聴いていて、自分も弾いてみたいと思った?

後藤 最初はコードも何もわからんから、親父がおらんときにバーンって弾いてみるくらいでしたけどね。あとは、うちの叔父さんのギターを姉ちゃんが借りてて、それが確か東海のレスポール。その2本が家にあった状態で、小学校のときにギターの授業があって、そこで面白いなってなって、だんだん家でも弾くようになりました。

ーじゃあ、最初はガットギター?

後藤 ですね。ただ、音楽の授業で習う「禁じられた遊び」みたいなんは全然おもんなくて。うちの姉ちゃんは音楽すごい好きなんで、ことあるごとに音楽番組を見てて、その中で出てきたのが長渕さんなんですよ。

ーなるほど! やはり後藤さんと言えば、長渕さんがお好きなイメージが強いです。

後藤 もちろん存在は知ってました。歌も知ってました。「順子」も「乾杯」も知ってました。
姉ちゃんはドラマも好きで見てて、『家族ゲーム』、『親子ゲーム』、『親子ジグザグ』ってあって、その後の『とんぼ』でドン!ですね。そこからずーっと弾いてました。ひたすら弾いてましたね。中2か中3かそのくらい。あの集中力はどこに行ってしまったんだ?って思うくらい、一日何時間でもできました。長渕さんにハマる、でも家にあるのはガットギター、もしくはエレキギターだけど、アンプがないから全然イメージする音とちゃう。で、アコースティックギターが欲しい。調べる。でも、今みたいにネットなんてないですから、写真を見ても、どこのなんてギターか全然わからない。それでも、頑張って調べていくうちに、当時長渕さんが使ってたヤマハに辿り着いて、楽器屋さんでパンフレットをもらい、APXっていうヤマハのシリーズに辿り着き、「長渕の弾いてるやつや! これ欲しい!」ってなったわけです。

ーそれを実際に手に入れたわけですか?

後藤 最初は「一番ええやつが欲しい」と思ったんですけど、一番高いのがAPX-50Sで、名前がそのまま値段に反映されてたから、50万円。当時は小遣い月3千円ですよ。
で、ランクを下げていって、50の次が20、10、6っていうラインナップ。でもよくよく調べると、6は確かボディが樹脂だったんです。作りがちゃちかったんですよ。アコースティックギターの醍醐味であるインレイも、10からしかない。「どうしよう?」と思って、高校2年生の夏休みを丸々潰してバイトに行ったんです。毎日カタログを見て、バイトが終わったら楽器屋に行って、「いつかこれこうたる」って。で、1カ月半バイトして、給料もらったその足で買いに行きました。それが一番最初に自分で買ったAPX-10Sです。エレアコやってことで、一応アンプも買ったんですけど、家でアンプ使って弾いたら家族にブチ切れられるんで、それはほとんど使わなかったですね。

ー高校生にとっての10万円はかなりの大金ですし、そこからはますますギターにハマっていったでしょうね。

後藤 いやあ、弾いてたなあ! アンプを使わなかったとはいえ、家族にめちゃめちゃ迷惑かけてしょっちゅう怒られましたね。一曲弾けるようになるまで、ずっと同じ曲。「とんぼ」なら「とんぼ」、「ろくなもんじゃねえ」なら「ろくなもんじゃねえ」。「ろくなもんじゃねえ」でやっとFが出てきて、教本にはセーハするって書いてあって、「これどう立ち向かう?」って思って、長渕さんの映像見たら、「握ってるやん! どうすんの?」みたいな。とにかく一日中弾いてたんで、姉ちゃんによう怒鳴り込まれました。「お前もろくなもんじゃねえな」って(笑)。

 
お笑いの世界に入る前はスペースシャワーTVに熱中
 
ーギターが上手く弾けるようになると、友達に披露したりしてましたか?

後藤 高校になると中学のときより楽器やってるやつが多くて、高校入って友達になったやつの家に行ったら、「俺買ってん」ってストラトが置いてあったりして。通販の2万くらいのね。それで、「エレキ教えてや」みたいなことは多かったです。バンドやってるやつもいて、友達が軽音部に入ってたから、文化祭でバンドやると、「キャー!」って言われるわけですよ。「何やねん」と思いつつ、僕は一人で、クラブにも入ってないから、そんなんできなくて、悔しい。で、「よっしゃ!」と思って、APX持って、校舎の中の階段で「弾きまーす!」って歌ったんは覚えてます。そうしたら、ブワーって人が集まってきて、先生に「ここでやるな! グラウンドの端まで行け!」言われて、結局一人、みたいなこともありましたね。ひさしぶりに思い出したなあ。

ー当時はバンドをやろうとは思わなかったんですか?

後藤 そっちには行かなかったですね。長渕さんが入りだったんで、まずは長渕さんのディスコグラフィーを遡るじゃないですか? 当時はレンタルCDを借りて、ラジカセでダビングして。で、「じゃあ、長渕さんは誰を聴いてたんや?」ってなって、ボブ・ディランを知り、それも聴いてみる。で、「他にボブ・ディランを聴いてた人は誰なん?」ってなって、井上陽水さんを聴いてみる。そんな感じでしたね。MTVで当時の最先端の音楽とかも流れてて、その頃はレッチリとニルヴァーナとか、そういうムードも何となく感じつつ、でも僕はやっぱりフォーク寄りでした。

ーそんなフォーク好きだった後藤さんがエレキに興味を持つきっかけは?

後藤 ずっとアコギばっかりやったんで、リードギターみたいなんは弾けないわけです。当時速弾きとか流行り出しても、「速いから何やねん」みたいな。「ギターだけ」っていうよりは、長渕さんの歌が乗っかった、あのギターの音が好きって感じやったんで、バンドでみんなで音合わせてイェー!みたいなんはあんまりピンとこてなくて。だから、「リードギター弾けるようになったらええけどな」くらいの感じで、高校は卒業して。で、大学行こうと思ったけど結局行けず、フリーターみたいになって。時間はある、金はない。お笑いの世界に行きたいけど、なかなか一歩が出ず。っていう頃に、暇やからケーブルテレビでスペースシャワーTVばっかり見てたんですよ。そこにBLANKEY JET CITY(以下、ブランキー)が出てきて、衝撃を受けたんです。

ー何がそんなに衝撃だったのでしょうか?

後藤 もちろん、3ピースバンドは他にもいっぱいいましたけど、リズムもリードも歌いながらやる浅井さんがすごくかっこよかったんです。「リード弾きながら歌ってるやん!」っていう、長渕さんとはまた全然違うベクトルで衝撃を受けて。もちろん、曲そのものも衝撃で。「左ききのBaby」の”誰とでも寝るような そんな女の子が好きさ”で、「どんな始まり方やねん!」って。長渕さんと一緒で、もちろんブランキーの存在は知ってました。でも、当時ミッシェルとかも火が点いて、ロックシーンがブワーって盛り上がってた、あの頃のスペースシャワーTVをしょっちゅう見てた影響は大きかったと思いますね。「3104丁目のDANCE HALLに足を向けろ」でリード弾きながら歌ってるのとかも、びっくりしました。ギター・ベース・ドラムがいて、ヴォーカルはスピーカーに足をかけて、マイク持ってワーっていう、そんなんだけじゃないんだなって。

ーじゃあ、そこからまたブランキーのディスコグラフィーを遡っていった?

後藤 そうですね。ロカビリー、サイコビリーとか、そんなんを遡って、ストレイ・キャッツを聴いたり。好きになると、そうやって遡って聴いてました。だから、僕の勝手な二大巨頭が、長渕剛さんと浅井健一さん。「こっち好きな人が何でこっちも好きなん?」って思う人もいると思うんですけど、僕の中ではスッと通るんですよね。

ーやっぱり「ギターだけ」じゃなくて、歌とギターとどっちもあって成立してる人がお好きなんでしょうね。

後藤 そうそうそう。で、どっちもすごいテクニシャンじゃないですか? あれにはホントビビったなあ。
 

音楽を職業にすることを考えたことはなかったのか?
 
ーブランキーにハマって、そこからエレキを買いに走ったわけですか?

後藤 エレキはね、この世界に入ってから、3年ローンでジャガーのヴィンテージを買ったんですよ。60万くらいだったかな? そこから、先輩たちとバンド始めたりとかっていう流れになっていくんです。

ー野性爆弾のお二人と「盆地で一位」をやったりもしていましたよね。

後藤 その一方で、もちろんブランキーのライブにはよく行っていて、「LAST DANCE」も行きました。ブランキーを聴いてると、自ずとグレッチが欲しくなってきて、グレッチ最初に何買ったんかな……確か、テネシアンか。浅井さんみたいな真っ赤なテネシアンじゃなくて、退色してもうたような茶色のテネシアン。でも、2~3日で売ったのを覚えてますね。

ーなぜですか?

後藤 全然扱えなかったんですよ。ヴィンテージですから、家でアンプに挿したら、ピー!ってずっと言うてて、「これどうすんねん!」ってなって。すぐに手放しましたね。その後に今度はホワイトペンギンを買って、それは普通の中古やったんで、ちゃんと扱えました。

ーちなみに、ミュージシャンを職業にしようと考えたことは……。

後藤 いや、それはまったくないです! 音楽でプロになるっていうのは全く思わないなあ。あれだけ圧倒的なものを見せられてるんでね。音楽は「オーディエンスでいるもの」みたいなんが、自分の中でありますね。

ーもちろん、バラエティ番組で披露したりするのは楽しいけど。

後藤 楽しいですね。この間も「マジ歌」でライブをやって、お客さんワーって言ってくれると、やっぱりうれしいし。かといって、我々芸人ってろくなやついないんですよ。もちろん、新曲発表するってなると、結構練習するんです。自分一人でスタジオ行ってやったりもしますし、さいたまスーパーアリーナでライブってなったら、根詰めて練習しますし。ただ、バックバンドの人らはプロですから、ちゃんと曲が入ってるんですけど、僕が間違えて「すんません」ってなって、1時間くらい経ったら、「ちょっと休憩しましょうか」ってタバコ吸うて、「もう一回やりますか」って20分くらいやったら、「ちょっと休憩……もう大丈夫そうですね」みたいな(笑)。「練習の日、もう1日取ってますけど?」「いや、大丈夫じゃないですか?」って、そんな感じ。人にもよるとは思いますけど、芸人って練習があんまり好きじゃないんです。だから、「こんなでっかい会場で、こんな練習量で大丈夫なん?」って、大体そんな感じなんで……プロになるのは無理でしょ!

ーちなみに、マジ歌シンガーとしての後藤さんの代表曲と言えば、”ジェッタシー”こと「ジェットエクスタシー」だと思うんですけど、あの曲はやっぱりブランキーの「sea side jet city」がモチーフになってるんですか?

後藤 好きで聴いてた世界観が、僕という人間を通して出たっていう感じですかね。もちろん、僕だけで曲を作ってるわけではないので、音楽制作してくれる人、作家さんがいて、一緒に考えてってことなんですけど……一生懸命作ったら、ダサいダサいと罵られ。ブランキー好きな人から、「なんや後藤、あんなんやりやがって」みたいに言われるのは嫌というか……全く別もんですからね。何なら僕を非難するよりも、僕が一生懸命作った曲を笑うあいつらを非難してほしいですよ(笑)。

Terrys Terryの貴重な一本、運命的な出会い
 
ー本日もう一本お持ちいただいたTerrys Terryのアコースティックギターに関しては、いつどうやって手に入れたものなのでしょうか?

後藤 さっき言ったAPX-50Sをいつか買いたいと思ってたんですけど、そもそもギターっていうものが好きで、今はネットで調べられるから、いろいろ見てたんです。で、あるとき長渕さんの『長渕剛LIVE89』のジャケットを見てたら、「ちょっと待てよ、これAPXちゃうなあ」と。ヘッドの形が違うんですよ。で、「何やこれ?」と思って、また調べて、Terrys Terryの存在を知ることになるわけです。思い返すと、「なんかおかしいな?」と思うシーンが多々あったんですよ。それでいろんな映像とかを見て、細部の違いがわかるようになり、テリー中本さんというヤマハにいた方が作ったブランドだっていうこともわかる。で、長渕さんがベルリンからの生中継で出演した1990年の紅白歌合戦の映像を見ると、弾いてるギターのヘッドに「TsT」って書いてある。「これだ! 欲しい!」ってなって。

フットボールアワー後藤が語る、本気の「ギター愛」

Photo by Masato Yokoyama

ーでも、オーダーメイドの相当貴重なギターなんですよね。

後藤 調べても情報が全然出てこないんで、「いつか買えたらな」みたいな感じではありました。例えば、そろそろ引っ越したいなって思うと、移動中に住宅情報をちょこちょこチェックしたりするじゃないですか? そうやって不動産屋のサイトを見るがごとく、ギターをちょこちょこ検索したりはしてて。でも、大体「これ前にも出てきた商談済みのやつやん」とか「販売終わってるやつやん」みたいな感じなんですよね。たまにAPXの前身のCWEを検索しても、やっぱり大体商談済み。でも、あるときいつものように「Terrys Terry 長渕」って入れて検索したら、ポンって出てきて、「これも商談済みやろうな」と思ったら、売ってると。しかも、個人情報がわかってまうからナンバーは言えないんですけど、超初期のやつだったんです。そのときちょうど新幹線で名古屋の収録に向かってたんですけど、「どこの店や?」と思ったら、名古屋の楽器店やったんですよ。

ーすごい偶然!

後藤 「えー!」ってなって、収録が19時くらい終わりで、楽器屋が19時半とか20時くらいまでやったから、ひとまず楽器屋に連絡して、「閉店ギリギリに行くと思うんですけど、あのギター見せてもらえますか?」って言っておいて、収録終わってタクシー飛ばして行ったん覚えてます。で、「見せてください」って言ったら、「これなんですけど」って奥から出してきて、すぐに「買います!」って言いました。

ー試奏もせず、即決で(笑)。

後藤 高かったんですけど、まさにずっと見てたあのギターで、もう二度と出てこないと思ったんですよ。で、もう一回紅白の映像見直して、「一緒やん!」って、その買ったギターと見比べながら酒飲む、みたいなね(笑)。

ー楽器屋さんがもともとLEDの会社で働いていたり、欲しかったギターがたまたま向かう先で売っていたり、ドラマチックなエピソードが多いですね。

後藤 そうですね、出会いはありますねえ。

後藤輝基にとってギターとは?
 
ー紅白歌合戦の映像と実物を見比べながらお酒を飲むというのはなかなか贅沢ですけど(笑)、やっぱり年齢とともにギターとの付き合い方も変わってきますよね。

後藤 学生の頃は時間関係なく、朝から晩までずっと弾いてましたけど、なかなかそこまで集中力も続かなくなるんで、欲しかったギターを買っても、弾くかと思いきや置いて、見ながら酒飲むって……ようわからんことになってますね。今ってドリルを使わなくても3点画鋲みたいなんで家の壁にギターかけられるんで、「ただいま」って帰ってきた廊下の道すがら、リビングに向かうまでにチラッと見る、みたいな(笑)。もともとコレクション気質もあるんですけど、「どんな楽しみ方しとんねん!」とは思います。でも楽器屋いわく、そんな保管の仕方はダメやと。どの季節もぶら下げっぱなしなんてもってのほかで、ちゃんと湿度を守って、ケースに入れて保管せんとダメやとは言われてて。

ーヴィンテージギターは結構繊細だったりしますもんね。

後藤 ホンマ名機やと思ってますんで、これを僕の代で終わらしてはいけない、この先誰かに継いでいかないといけない、だから大事にせなあかんって思ってたら……ここクラック(ひび割れ)入ってるんですよ。合わせ板なんで、よくあるギターの現象なんですけど、湿度守ってないから出ちゃったんで、これはちゃんと修理して、ちゃんと保管しようと思ってます。何かね、出所のない責任感みたいなのを感じるんですよね。確か、野村義男さんもそんなん言ってはって、「コレクションしてるけど、俺で留めようとは思わない」みたいな。誰かが「すげー!」って弾いてくれるのが一番いいやろうし、もしかしたら息子が弾くかもしれんし。そういうのは思いますね。

ーヴィンテージギターにはそういうロマンがありますよね。では最後に、あえてベタに聞かせていただきますが、後藤さんにとってギターとは?

後藤 僕にとってギターとは……楽器です(笑)。

ーそこをもう一声お願いします!

後藤 そうですね……学生の頃に出会ってますから、お笑いと同じくらい長い付き合いなんですよね。思春期の同じころにドン!って興味が湧いて、僕の人生の柱の一本になってるような気はします。こういう世界は何か特技があるに越したことはないですけど、僕ホンマこれしかないんですよ。ただ、こんなことに活きるとは思ってなかった。「マジ歌選手権」だけじゃなくて、ギターを使ったネタは今のコンビでも前のコンビでもよくやってましたしね。そういう幅をつけてくれたのは、ギターかもしれないですね。

ー今日お話を伺って、今後もバラエティで後藤さんがギターを弾いてる姿を見るのが楽しみになりました。

後藤 でも、今回LED作ってもうたでしょ? 「次どうするんですか?」って言われても、「もう無理やで!」って感じなんですよ。そう言いながら、どうしようかなって思うんですけど……でも、ちゃんと衝動で作りたいんでね。

ーやりたいからやる、じゃないと嫌だと。

後藤 そうそうそう。何か狙って作ったりとか、そういうのはやりたくないんです。ホンマに「こういうギターを持ちたい」ってものじゃないと、絶対嫌なんですよ。

Gretsch G6138 Bo Diddley

フットボールアワー後藤が語る、本気の「ギター愛」


フットボールアワー後藤が語る、本気の「ギター愛」


2019年末の「マジ歌選手権」で初披露された、フルカスタムギター。極小のチップLEDには個別にICが入っていて、様々な色で光り、ただ貼り付けられているのではなく透明の樹脂でコーティングされている。ピックアップやその他のパーツも交換され、トップのカラーはこだわりのゴールドに。サイドバックとネックの裏も黒から濃い茶色に再塗装され、「GRETSCH」のロゴが「GOTOH」に変わっていたりと、こだわりの詰まった一本。

Terrys Terry

フットボールアワー後藤が語る、本気の「ギター愛」


フットボールアワー後藤が語る、本気の「ギター愛」


『アメトーーク!』などでお馴染みのアコースティックギター。Terrys TerryはAPXのデザイン・開発に関わったテリー中本がヤマハを退職後に設立したオリジナルのギターブランド。テリー中本は後藤が尊敬する長渕剛ともデビュー当時から交流があり、長渕はシリアルナンバーNo.1など、数本のモデルを使用している。

エフェクター
(OVALTONE 34-Xtreme、JOYO Noise Gate Gate of Kahn)

フットボールアワー後藤が語る、本気の「ギター愛」


「マジ歌選手権」でLED付きのボ・ディドリー・モデルを演奏する際に使用されているコンパクトエフェクター。34-Xtremeのツマミはテープで固定されている。「LEDをつけるとビーって音が入っちゃうんで、歪みのエフェクターで濁して消す上に、ノイズをカットしてて。その調整もめちゃくちゃ難しいんで、この間の『マジ歌ライブ2020』でも津嶋くんが来てくれてセッティングしてくれました」

後藤輝基(フットボールアワー)
大阪府大阪市出身、1974年6月18日生まれ。1999年結成、フットボールアワーのツッコミを担当。相方は岩尾望。『今夜くらべてみました』(日本テレビ)、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ)、『ウチのガヤがすみません!』(日本テレビ)の司会を務める。

Photo = Masato Yokoyama
Styling = Takashi Shimaoka(Office Shimarl)
Editor = Yukako Yajima
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