ロックの殿堂(Rock & Roll Hall of Fame)が、2026年の殿堂入りアーティストを発表。パフォーマー部門ではオアシス、ウータン・クラン、ビリー・アイドル、アイアン・メイデン、フィル・コリンズ、シャーデー、ルーサー・ヴァンドロス、そしてジョイ・ディヴィジョン/ニュー・オーダー(Joy Division / New Order)が選出された。
昨年、この2組を軽視する殿堂側を批判した名物ライターのロブ・シェフィールドは、この一報を受けて何を思うのか?

「Up, down, turn around, please dont let me hit the ground(上がって、下がって、振り向いて、どうか地面に叩きつけないで)」──ジョイ・ディヴィジョンとニュー・オーダーのファンにとって、祝杯を挙げるべき瞬間だ。数十年にわたる拒絶の末、彼らはついに「ロックの殿堂」入りを果たした。

仮にこの二組を別々のユニットとして考えたとしても、どちらも殿堂入りの資格は過剰なほどにある。過去50年において、最も革新的で影響力のあるバンドのうちの二組なのだから。昨年、彼らは一つの枠にまとめられてノミネートされたが、史上稀に見る低調な顔ぶれの中にあってさえ、結局は落選した。もはや絶望的かと思われた。

ゆえに、これは「殿堂」側にとっての大きな勝利といえる。この二組が殿堂を必要としている以上に、殿堂の側が彼らを切実に必要としていたからだ。長年、彼らの不在は殿堂における「最もスキャンダラスな欠落」であった。しかし今回の選出は、投票者たちが、80年代や90年代のロックに対してこの組織が長らく抱いてきた敵意を、ようやく捨て去る準備ができたことを示す希望の兆しだろう。もし彼らが「Disorder」や「Isolation」、「Wilderness」、そして「Love Will Tear Us Apart」を生んだバンドでなければ、手放しで「喜ばしい出来事」と呼べたかもしれない(彼らの音楽性を考えれば、安易に「ハッピー」と呼ぶのは冒涜に近い気がしてしまうのだ)。

ジョイ・ディヴィジョンとしての活動は、わずか数年だった。
70年代後半のパンクの爆発から現れた彼らは、『Unknown Pleasures』と『Closer』という二枚の崇高なアルバム、そして「Transmission」や「Atmosphere」といった一連のシングルを残した。彼らは、故郷であるイングランド北部の街・マンチェスターの、爆撃の跡のような都市の荒廃を反映した「インダストリアルな悲劇」という新たなスタイルを定義した。しかし悲劇的にも、1980年5月、初の全米ツアーを目前にしてシンガーのイアン・カーティスがこの世を去る。残された3人は、他に何をすべきかも分からぬまま演奏を続け、ニュー・オーダーとして再集結したが、ジョイ・ディヴィジョンの楽曲には一切触れないという道を選んだ。

誰もその役を引き受けたがらなかったため、ギタリストのバーナード・サムナーが新しいシンガーとなった。「歌いながらギターを弾くなんて無理だと思った」と、彼は自伝『ニュー・オーダーとジョイ・ディヴィジョン、 そしてぼく』に綴っている。「というか、そもそも歌うこと自体が無理だった」(これはバーニーの謙遜ではない)。彼らはドラマーのガールフレンドだったジリアン・ギルバートをシンセサイザー担当として加え、ニューヨークの薄汚れたクラブで夜な夜な耳にしていたエレクトロニック・サウンドに手を出し始めた。ニュー・オーダーの突破口となったのは、1982年のシングル「Temptation」だ。9分間に及ぶ震えるようなポストパンク・ディスコのアドレナリンは、ゴスの憂鬱とダンスフロアの歓喜を融合させていた。そして、ほとんど偶然のようにそれは実際のフロアで爆発し、「Blue Monday」「Confusion」「Bizarre Love Triangle」「True Faith」といったクラブ・クラシックや、今秋に発売40周年を迎える『Brotherhood』のような名盤へと繋がっていく。内気で床を見つめていた「うつけ者」たちが、ビートボックスに熱狂する「パーティー・ピープル」へと進化していった過程には、ポップ・ミュージックの歴史のすべてが凝縮されている。


周知の通り、ニュー・オーダーは最終的に、不倶戴天の敵同士という二つの派閥に分裂してしまった。サムナー、ギルバート、ドラマーのスティーヴン・モリスは活動を続け、一方でベーシストのピーター・フックは脱退して自身のバンド「The Light」を結成。ライバル関係にあるツアーで、全く同じ楽曲群を演奏している。バーニーとフッキーは共に優れた回想録を執筆したが、そこにはアンプを積み上げるかのごとく些細な恨みつらみを重ね、互いをいかに軽蔑し合っているかが綴られている。この二人が同じ演壇に立つ姿を想像できるだろうか? 彼らに比べれば、ギャラガー兄弟なんて可愛いものだ。

両バンドの影響力は世代やジャンルの垣根を超え、音楽界の至る所に深く浸透している。オリヴィア・ロドリゴは、ロックの殿堂のポッドキャスト『Music Makes Us』でキャスリーン・ハンナ(ビキニ・キル)を相手に、彼らへの熱い思いを語ったばかりだ。最近何を聴いているかという問いに、彼女はこう答えている。「ザ・キュアーのディスコグラフィーを深掘りしているし、ニュー・オーダーやジョイ・ディヴィジョンといった同時代のバンドも聴いているわ」。彼女の次回作が『You Seem Pretty Sad for a Girl In Love(恋する女の子にしては、ずいぶん悲しそうね)』という、いかにもイアン・カーティスが付けそうなタイトルなのも納得だ。まるで「Shes Lost Control」の一節のようではないか。彼女の「Drop Dead」は、「Dead Souls」への返歌になるのだろうか。


80年代的な観点から言えば、こういうことだ。ニュー・オーダーは映画『プリティ・イン・ピンク』のサントラ参加組として初めての殿堂入りを果たした。これは巨大な世代交代の波だ。この流れは、ザ・サイケデリック・ファーズ、エコー&ザ・バニーメン、INXS(今年はノミネートされたが、次こそは)、OMDといった面々にとっても吉兆でしかない。彼ら全員、私の清き一票に値する。

「80年代」を軽視し続けてきたロックの殿堂

今年の殿堂入りメンバーは、彼ら以外も輝かしい顔ぶれだ。投票者の選択は非の打ち所がない。ウータン・クラン、ルーサー・ヴァンドロス(信じがたいことに二人とも初ノミネートだ)、オアシス、シャーデー、アイアン・メイデン、フィル・コリンズ、そしてビリー・アイドル。私が投票した全員が当選した──こんなことは間違いなく初めてだ。さらに「Early Influence Award(黎明期の先駆者)」部門も、セリア・クルース、フェラ・クティ、クイーン・ラティファ、MCライト、グラム・パーソンズと、気高い布陣だ。「Award for Musical Excellence(音楽的功労)」部門では、プロデューサーのジミー・ミラー(ストーンズの最高傑作群を手がけた)、アリフ・マーディン(スクリッティ・ポリッティ『Cupid & Psyche '85』だけで受賞に値する)、リック・ルービン(言わずもがな)、そしてフィリー・ソウルのソングライター、リンダ・クリード(スタイリスティックス「誓い(You Make Me Feel Brand New)」を書いた。以上、異論なし)が選ばれた。
また、エド・サリヴァンが入ったのも素晴らしい。エルヴィスを「腰から上」しか映さなかったあの彼だ。ロックの味方として記憶されることは、渋々そうしていた彼にとって最悪の悪夢だろうが。

今回の殿堂入りは、一つの分岐点のように感じる。昨年の大失態を経て、ようやく希望が見えてきた。2025年の候補リストは、選考委員会の歴史において最低最悪のどん底だった。60年代から70年代の「D級」の残りカスが並び、それなのにモンキーズは(いい加減にしろと言いたいが)まだ入っていない。あんなお粗末なメニューでは、投票者も手の打ちようがなかった。今年はそれとは全く違う。例え、この殿堂が「Love Will Tear Us Apart」の歌詞通り、再び期待を裏切る日が来ると分かっていても、今は希望を抱くのに十分な状況だ。

覚えておいてほしい。ロックの殿堂の主な目的は、我々に議論を戦わせ続けることにある。
それは意図的に設計されたものだ。人々を怒らせることは、殿堂にとって欠陥(bug)ではなく仕様(feature)なのだ。1986年にアーティストの殿堂入りが始まって以来、すでに何百ものふさわしい候補者がいたが、毎年ほんの一握りしか選出されない。授賞式はディナー形式であり、招待できる人数には厳然とした上限があるからだ。さもなければ、晩餐会は朝食の時間まで長引いてしまうだろう。だから、殿堂は常に議論の火種であり続けるし、それこそが存在理由でもある。あらゆるファンにとって、ポップ・ミュージックを愛する理由の一部はそれについて議論することにあり、だからこそ、普段はまともな大人たちが殿堂のこととなると口を極めて熱狂するのだ。

しかし長年、殿堂は1980年以降の音楽に対して、それがメガプラチナ級のセールスでない限り、奇妙なまでの恐怖症を抱えていた。その時代のロックバンドはタブー視され、とりわけイギリスのニュー・ウェーブは「禁断の領域」だった。2019年にようやくザ・キュアーが選出され、続いてデペッシュ・モードやデュラン・デュランが後に続いた。それでもなお、殿堂は80~90年代のロックを頑なに拒み続けてきた。その典型がB-52'sだ。
彼らは一度もノミネートされたことがない。あえて訊くが、B-52'sが普遍的に愛されるポップ現象ではないなんて、どこの「Private Idaho(世間離れした場所)」の話だ? 50年近く経ってもなお活動を続け、影響力と革新性を保ち続けている彼らのキャリアを考えれば、これは殿堂の「錆びたブリキの屋根(rusted tin roof)」に空いた巨大な穴だ。

ピクシーズについても同じことが言える。ニルヴァーナやその後に続くすべてにインスピレーションを与えた、アメリカのアンダーグラウンド史上最も影響力のあるバンドの一つでありながら、一度もノミネートされていない。リプレイスメンツは? 一度ノミネートされたきり、切り捨てられた。ハスカー・ドゥは? ソニック・ユースは? 一度もだ。ザ・スミスは? 二度ノミネートされたが、それ以来無視されている(まあ、それが我々スミスファンの望む形であることは否定しないが。「病んでる」とでも、「青白い」とでも呼んでくれ)。

「90年代」の扱いはもっと酷い

90年代は、ロックバンドが人気、文化的影響力、商業的権威、そして音楽的活力において、史上最高潮に達したディケイドだった。しかし、殿堂が最も激しく無視してきたのもこのディケイドだ。あの時代の最大のロックバンドに過ぎないスマッシング・パンプキンズですら、一度もノミネートされていない。アラニス・モリセット、フィオナ・アップル、ウィーザー、ホール、クランベリーズ、ノー・ダウト──全員が超有名で、何年も前から資格を満たしているというのに、誰一人ノミネートされていない。言っておくが、ここで私は自分の個人的なお気に入りのインディーズ・バンドの話をしているのではない(執拗なペイヴメント狂の私が、スマパンを擁護する側に回るのがどれほど苦痛か分かるだろうか? 「簡単だろ」と思うかもしれないが、君は間違っている)。

フィッシュ(Phish)は昨年、ファン投票で勝利した。というか、圧勝だった。誰もが彼らの当選は確実だと思っていたが、今年はなぜかリストから不可解に削除された。今年のノミネートで、殿堂は2000年代のポップアイコンたちをランダムに混ぜ込んできたが、ジェネレーションXを早送りし続けるわけにはいかない。毎年繰り返される、殿堂による90年代の軽視は、まさに「結婚式の日の雨(raaaaain on our weddin day)」のような皮肉だ。

だからこそ、今年の殿堂の顔ぶれは歴史的な転換点のように感じられる。いつものような60年代・70年代の「底辺の残り物」ではなく、1980年以降のレジェンドたちが勢揃いしたクラスなのだ。ようやく、その時が来た。

ジョイ・ディヴィジョンとニュー・オーダーは、非常にクールな氷山の一角に過ぎない。ウータン・クラン──たとえ12枚の投票用紙が必要になっても、私は彼ら一人ひとりに個別に投票したいくらいだ。ルーサー・ヴァンドロスはついに一発で殿堂入りを決めた。アメリカ音楽界の巨星であり、あまりのレジェンドぶりに、今年はシェールがうっかり彼にグラミー賞を渡してしまったほどだ。アイアン・メイデンは、ついにマスコットの「エディ」を殿堂のヘヴィメタル阻止網の先に忍び込ませた。そしてオアシス。彼らもまた、その「チャーミングな人柄」のおかげで、ついに殿堂入りを果たしたというわけだ。

私はシャーデーに何度も投票してきたから、彼女がついに選ばれたのは本当に喜ばしい。ボウイ以降のロンドン・ニュー・ウェーブ・シーンから現れたニュー・ロマンティックの旋風でありながら、自身のサウンドを一切変えることなく、アメリカのR&B界へとクロスオーバーするという繊細な離れ業をやってのけた、唯一無二のキャリアの持ち主だ。ビリー・アイドルは永遠の「愛すべき汚れ役」であり、「ビリーはアイドリングしない(Billy Never Idles)」というスローガンを掲げてニューヨークの空気環境キャンペーンを牽引した。おかげで本誌に「駐停車違反界のグレタ・トゥーンベリ」とまで呼ばれることになったが。

フィル・コリンズについては、あの完璧な「In the Air Tonight」のソロ──バ・ドゥン、バ・ドゥン、バ・ドゥン、バ・ドゥン・ブン・ブン──のためだけにでも、殿堂入りに値する。誰もが口ずさめる、最高に愉快なドラムソロだ。正直なところ、私は「Against All Odds」にある8連打のソロ──ブン・パッ・ブン、バ・ダ・ドゥン・バ・ドゥン──のほうがさらに好きだったりするのだが……まあ、そんな些細なことはいいだろう。

疑いようもなく、これはロックの殿堂にとって、希望に満ちた新たな方向性を感じさせる瞬間だ。ジョイ・ディヴィジョンもニュー・オーダーも、決して楽観主義をかき立てるようなバンドではなかったが、それでも「Temptation(誘惑)」に抗うことはできない。閉ざされた一時代を象徴する、殿堂史上最も物議を醸した「欠落」として長年放置されてきたが、あの愛すべきマンチェスターの悲観主義者たちがついに認められたのは、喜ばしい知らせだ。これでようやく、我々は心置きなくスクリッティ・ポリッティやヘイジ・ファンタジー、あるいはカジャグーグーについて議論を戦わせるフェーズへと移ることができる。だが、勘違いしないでほしい。我々はこれからもずっと「ロックの殿堂」について言い争い続けるだろう。それこそが、我々に殿堂が必要な理由なのだから。

From Rolling Stone US.
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