出版社にとっては太いビジネスとなる自費出版

300万円かけた自伝が「裁断処分」に…シニアに広がる自費出版...の画像はこちら >>
 いま、若者の間で「ZINE(ジン)」という小規模な自費出版プラットフォームがブームである一方、出版社による自費出版ビジネスも活性化している。大手の商業出版社から地方新聞社まで、新たな収益源を求めて、「自費出版」の看板を掲げ、広告や営業に力を入れている。

 フリーランスの出版プロデューサーM氏は、参入増加のカラクリをこう明かす。


「通常の商業出版は、出版社が制作費を負担し、本が売れなければ赤字を被る『在庫リスク』との戦いです。しかし自費出版は著者が制作費、印刷費、さらに出版社の利益までを“前払い”してくれる。つまり、本が1冊も売れなくても、出版社には確実に利益が残る。もはや出版業というより、受注型の製造業やサービス業に近いんです」

 そのなかで、地方新聞社にとって自費出版は「既存購読者との関係を収益化する高単価商材」だという。

「新聞の発行部数が落ち込む中、長年の購読者は宝の山。信頼関係があるから、営業の電話一本で『お父さんの自分史、作りませんか』と食い込める。地方で築いてきた信頼関係をビジネスに転換する装置として、自費出版は非常に機能的なんです」(M氏)

 さらに、地方新聞社にはもう一つの狙いがある。それは地元企業とのコネクション強化だ。

「普通の新聞広告の営業では門前払いされるような地元の老舗企業の社長でも、『社長の歩みを社史として、あるいは自伝として一冊にまとめませんか』という提案なら、喜んで会ってくれます。これをきっかけに経営者の懐に深く入り込めれば、新聞広告はもちろん、イベントの協賛や周年行事の受注など、別の太いビジネスにも繋がっていく」(同)

 ここで整理しておきたいのが、「私家版」と「自費出版」の決定的な違いだ。親戚縁者に配るだけの「記念品」にするなら、それは何を書いても自由で、誰からも文句は言われない「私家版」となる。だが、「自費出版」は、ISBN(国際標準図書番号)を付与し、Amazonや書店の棚に並ぶ「商品」になることを意味する。
ここに大きな落とし穴があると、中堅出版社で文芸編集者から自費出版部門に異動した編集者・B子さん(30代)は語る。

「著者は『自分の本なんだから、好きに書かせろ』といいます。でも、商品として世に出る以上、出版社には名誉毀損や差別表現に対する社会的責任が発生します。修正をお願いすると『俺が金を出しているんだぞ!』と激昂されることも。私家版の自由さと、商業出版の体裁……その両方を求めてしまうことで、編集現場では終わりのない修正交渉というバトルが幕を開けるんです」(B子さん)

”武勇伝”を書きたがる団塊世代。コンプラ無視の差別表現も……

 自費出版を希望する主な世代はシニア層だが、B子さんはこう分析する。

「90~80代の方は、戦時中や戦後のどさくさなど戦争の記録を遺したいという真摯な内容が目立ちますが、メイン顧客の70代・団塊世代はとにかくパワフル。原稿の多くは、学生運動でいかに自分が“革命の志士”として戦ったかという英雄譚から始まります。しかし、数ページ後には『そんな尖っていた俺が、当時いかに女性にモテたか』という艶聞録がネチっこい性描写とともにねじ込まれてきます。女性著者は、亡くなった夫への恨み節を延々と綴る方や、義理の兄弟への実名攻撃、さらには科学的根拠のないスピリチュアルな健康法など。『神が書かせた』と言ってまったく修正に応じない人も」(同)

 中小企業の「叩き上げ社長」による一代記も悩みの種だという。

「昭和の成功譚はドラマチックで面白いのですが、地方蔑視や女性・若者への差別表現が散見されて……修正を求めると『何が悪いの? 俺が生きてきた時代の真実だ』と開き直られる」(同)

 そんななか「優良顧客」と見なされがちなのが、定年を迎えた「元教師」だ。
書き手と実際の契約交渉を担う、40代の営業担当C氏はこう明かす。

「彼らには『教え子』という確実な購買ターゲット層がある。出版記念パーティを開けば教え子が集まり、本を一定数買ってくれる。出版社としては最初から売上の計算が立つ、とてもありがたいお客様です」

 しかし、そこにも独特の苦労が伴う。

「教育理論が“バリバリ昭和”のまま止まっていることも多いのですが、『先生』と呼ばれてきたプライドが邪魔をして、修正案がなかなか通らない。だが編集はコンプライアンスを守りたい。つねにその板挟みになります」

高額な出版費用の件で家族関係が悪化するケースも

 こうした本の出版費用は活字中心であれば1冊300万~500万円。新車が一台買える金額だ。当然、家族は大反対するケースが多い。

「家族に相談するも『誰が読むの』『お金の無駄だ』と責められ、内緒で契約を進める方もいます。その結果、あまりに悲しい結末を何度も見てきました」とC氏は声を落とす。

「ある時、見本が出来上がったタイミングで著者が亡くなり、ご家族が受け取りを頑なに拒否されたことがありました。
生前の独善的な契約が原因で、家族関係が壊れていたんです。結局、著者が“命を削って”書いた1000冊はそのまま製本所で裁断処分に。なんとも言えない気持ちになりましたね」

 さらに、一度本を出して「著者リスト」に載れば、追い打ちをかけるように別の出版社から営業がくることもある。

「『お出しになった本、拝読しました。次はブラッシュアップ版を出しませんか』。そんな甘い言葉で、一度味わった高揚感を再び煽られる。追加の課金を繰り返し、気づけば老後の資金を削り取られてしまうケースも、決して珍しくはないんです」(M氏)

 そんな業界に最近、生成AIを使った「執筆代行」という新勢力も登場している。

「ターゲットは、セルフブランディングを急ぐ現役のビジネスマンや若手経営者層です。30分程度のインタビューを受ければ、AIが数日で『本らしきもの』を作り上げる。そこには執筆や校正の苦しみも、葛藤も存在しません。『本を出している』という実績をタイパ良く手に入れることが目的化しています」(M氏)

 命がけで言葉を絞り出す高齢者の横で、AI製の書籍が電子の棚を爆速で埋めていく。

「自費出版は、『本を出した自分になる』という体験をパッケージして売る一種のアトラクション。
私たち出版社はそうした著者の満足度をいかに上げるかに腐心していると言っても過言ではないですね。私はもう、自分を編集者ではなく“有料のカウンセラー”と思っています」(B子さん)

 自費出版とは、本を売る商売である以上に、「本を出したい人の人生」に伴走する商売なのかもしれない。

<取材・文/浅田みやこ>
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