むしろ店員が本音で「対応がきつい」と漏らすのは、決して怒鳴り散らさない、本人には悪気のない中年客だ。自分ではマナーが良いと思い込み、店側から面倒な客として扱われていた現実に気づいた男性のエピソードを紹介する。
行きつけの店で感じる「見えない壁」
都内のメーカーに勤務する佐藤大輔さん(仮名・46歳)は、独身で1人暮らし。自炊はせず、夕食はほぼ毎日、近所の定食屋や居酒屋で済ませている。「自分としては、ごく普通の、むしろマナーの良い客のつもりでした。店員には必ず敬語を使いますし、注文を間違えられても怒鳴ったり、露骨なクレームを入れたりしたことは一度もありません」
佐藤さんは、通い慣れた店では「感じのいい常連客」として迎えられていると信じて疑わなかった。しかし最近、行きつけの店でさえ居心地の悪さを感じるようになったという。
「店に入っても、店員さんの笑顔が引きつっているというか。事務的に処理されているような、見えない壁を感じるようになったんです」
丁寧な言葉で“マニュアル外”の接客を強いていた
なぜ、佐藤さんは店側から歓迎されなくなったのか。原因は、本人が無意識に発していた一言にあった。「仕事帰りで疲れている時は、席につくやいなや『急いでいるので、早くできるものにして』と注文していました。他にも、メニューの小鉢変更を求める際に『前もこうしてもらった』と言ったり、クーポンの条件外でも『いつもは大丈夫だった』と食い下がったり。無意識に口にしていました」
佐藤さんに横柄な態度は皆無だ。
怒鳴る客や暴れる客は「明確な迷惑客」として、毅然とした対応を取れる。一方、一見すると感じよく振る舞いながら圧をかける客への対応は、スタッフの精神を削っていく。
後輩の指摘で気づいた恥ずべき自身の姿
佐藤さんが自身の痛さに気づいたのは、20代の後輩とランチに行った際のことだった。混雑する店内で、いつものように「急いでいるので先にお茶を。いつもは混んでいても大丈夫だった」と店員を急かした。店を出た後、後輩から言いにくそうに指摘された。「先輩、さっきの店員さんへの言い方は少し怖かったですよ。クレーマーみたいで、一緒にいてハラハラしました」
指摘を受けた佐藤さんは、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「自分では効率を求めた感覚でしたが、周囲から見れば、自分勝手で厄介な客でした。店員さんの引きつった顔も、私への警戒心の表れだったと初めて理解しました」
自分は好意的な常連ではなく、厄介な客として扱われていた。
「中年になり会社である程度の立場になると、無意識に『自分の意図は理解されて当然』『融通が利くはず』という思い上がりが出てしまうのでしょう」
佐藤さんは自戒を込めて語る。それ以来、振る舞いを改め、「急いでいるなら混雑店を避ける」「マニュアル外の要求をしない」と心に決めた。
表面的な言葉の丁寧さや、怒鳴らないことだけでは、真のマナーとは呼べない。相手の事情や店舗のルールを想像できるかどうかが、大人の品格を分ける。悪気のない一言で、店員を静かに追い詰めていないだろうか。
<TEXT/maki>
【maki】
ライター・エッセイストとして活動中。趣味は人間観察と読書。取材からエッセイ、コラムまで幅広く執筆している
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