◆スポーツ報知・記者コラム「両国発」

 今年は昭和100周年。4月29日の「昭和の日」に記念式典が行われ、財務省によると8月に記念銀貨の申し込みが始まるという。

 昭和44年(1969年)生まれの私が昭和を振り返った時、7日間だけだった昭和64年(89年)の印象が強い。当時、東洋大1年。昭和最後となった箱根駅伝にチーム10番手で出場したが、全く通用せず、8区14位。心身ともに疲れ果てて東京・大手町に戻った。順大4連覇のゴールテープを切ったのは同学年の巽博和さんだった。多くの人に祝福される姿を遠くに見て、彼我(ひが)の差を感じた。

 巽さんは中学時代から世代トップの選手だった。埼玉栄高3年時の87年に1500メートルと5000メートルで当時の日本高校記録を樹立。5000メートルの14分0秒14は従来の記録を13秒も更新した。

 先日、巽さんの次男で湘南工大4年の勇樹を取材した(「箱根への道」で掲載予定)。学生ラストシーズンに箱根出場を目指し、きっぱりと話した。

 「父を尊敬しています。

父は良かった時のことはほとんど話しません。苦しかった時のことを多く語り、アドバイスしてくれます」

 巽さんは2年時には箱根1区で14位とブレーキ。3年目以降、箱根を走ることなく、順大を中退した。先日、巽さんにも会う機会があった。「あいつ、そんなことを言っていましたか」と爽やかに笑った。

 私には3人の息子がいるが、彼らから直接間接を問わず「父を尊敬している」という言葉を聞いたことはない。令和の今でも同世代のスターが息子の支えとなり、箱根駅伝に関係していることがうれしい。(箱根駅伝担当・竹内 達朗)

 ◆竹内 達朗(たけうち・たつお)1992年入社。東洋大で箱根駅伝3回出場。2014年から念願の現職。

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