◆報知プレミアムボクシング ▽後楽園ホールのヒーローたち 第33回 坪井智也

 日本人初のアマチュアボクシング世界選手権金メダリストからプロ入りした坪井智也(30)=帝拳=が、世界挑戦を視界に捉えている。昨年3月のデビューから4戦を行い、世界ランクはWBCとWBOで1位、WBAでも2位だ。

対戦相手が「やりづらい」「パンチが当たらない」と声をそろえるように、唯一無二のスタイルで圧倒する。アマチュア時代に完成したものだが、たどり着くまでには大きな壁に2度跳ね返され、試行錯誤の末にようやく答えがでたという。「相手に何もさせず完封する」と言い切る「坪井流」の誕生までと、今後の抱負を聞いた。(取材、構成=近藤 英一)

 アマチュア時代は世界選手権で金メダル、プロ入り後も最速タイ記録となる2戦目で地域タイトルを獲得。今では世界ランク1位という坪井は、誰もが認めるボクシングエリートだ。

 「自分のキャリアを振り返って、五輪だけは(金を)取れませんでしたが、ほぼ計画通りにきている。『人と違うことをやろう』と考えてやってきた結果が、今の自分のスタイル。アマで世界一を取ったのは自分だけで、そのテクニックは自分にしかないもの。他の選手とは、”ヘルツや温度感”が違う」

 昨年11月、プロ3戦目で対戦した元世界王者カルロス・クアドラス(メキシコ)との一戦は圧巻だった。パンチがヒットした次の瞬間に相手から離れ、クアドラスがパンチを出そうにも当たる距離にはいない。接近すれば瞬時にリズムを変えて連打を打ち込む。正確にパンチをヒットすることで、ラウンドごとのポイントを奪い、同時に元世界王者をジワジワと弱らせ8回、TKOに持ち込んだ。

逆にクリーンヒットされたパンチはほぼゼロに等しく、対戦相手にしてみれば、本当の「くせ者」。アマ時代、プロの世界王者らからスパーリングパートナーを頼まれたことが何度かあった。一方的にパンチを当てる坪井の姿を見かねて、ジム側から「明日から来なくていいから」と言われたことは、一度や二度ではなかった。「いいことばかりが目立ちますが、実はアマ時代は挫折だらけ。挫折があっての、成功なんです」と振り返る。唯一無二の「坪井流」は、10年以上の年月を経て、ようやく成就したものだという。

 高校時代のスタイルが、現在の原型になっている。足を使って動き、時折スイッチしたりというトリッキーなアウトボクサーだった。ただ、手数は少なく消極的。優勝経験はなく、インターハイ3位で満足していた。強豪の日大に進み、ここで1回目の壁にぶち当たった。1年目からレギュラーとしてリーグ戦に出場することが決まったが、体の強さでは先輩たちの足もとにも及ばなかった。

「1年生と4年生では体のパワーが全く違った」。さらにカルチャーショックを受けたのが、「ひたすら前に出て殴り合う」スタイルだった。当時のリーグ戦は、こうしなければジャッジからの支持を得られず、白星に結びつかなかった。自身とは正反対のファイタースタイルでも、勝つためには百八十度のモデルチェンジを迫られた。「徹底的な走り込みとフィジカルトレーニング」に終始した。大学1年の時の全日本選手権ライトフライ級決勝戦。相手は大阪商大4年の京口紘人(元世界2階級制覇王者)。ひたすら前に出て頭をつけ合う距離で激しく打ち合い、最後は押し相撲のような展開になった。体で押し合いながらの打ち合いを身につけると、4年連続で全日本選手権を制覇した。

 国内では負けなかった。ひたすら前に出て殴り合った坪井は、日本で優秀な成績を収めるのだが、国際大会では勝てなかった。「日本で負けなかったので、このスタイルが正解だと思い込み、過信していた。

世界に出るとこのスタイルでは通用しなかった。ジャッジの見方も違い、前に出るだけではダメで、しっかり出入りをしないと勝てない」ことを痛感した。2回目の壁だった。

 自衛隊体育学校時代の2019年11月、東京五輪予選に負けると、腹をくくった。

 「五輪、世界選手権で金を取るには、小手先だけのボクシングでは限界がある。高校では技術を学んで、大学の4年間ではパワーをつけ“殴り合い”ができるようになった。高校と大学のスタイルをミックスして独自のもので勝負しよう」

 人と違うことをやる。この言葉を柱に試行錯誤を繰り返した。ガチガチのファイタースタイルから前後左右に動き、距離を取りながら有効打を打ち込む。相手のパンチをもらわないためにはどうするか。相手が嫌がることは何かを考え続けた。その時期、新型コロナウイルス感染拡大という緊急事態が重なり、大会は全面的に中止になった。

練習したことを実戦で試したかったが、その場を失った。それでも何かを補おうと、ロマチェンコ、パッキャオ、ゴロフキン…。世界チャンピオンたちの映像から、まねできるものを貪欲に盗んでいった。

 2年が経過した。ぶっつけ本番で挑んだ2021年11月、セルビア・ベオグラードでの世界選手権。足を動かし、出入りのスピードで試合の主導権を握った。素早いハンドスピードで世界の強豪から確実にポイントを奪い、岡沢セオン(ウエルター級)とともに日本人初の金メダルという偉業を達成した。パンチをもらわないことを第一に掲げるが、競技の性質上、パンチをもらうシーンは必ず訪れる。ただ、この状況になった時でも、坪井はこう表現した。

 「相手に打たせている。自分のリズムで、相手に打たせているんです」

 どんな状況でも主導権は渡さない。そして会見で必ず口にする言葉は、驚くほど自信に満ちあふれている。

 「相手に何もさせずに完封します」

 格上の選手だろうが表情ひとつ変えず言い放つ。KO勝ちはボクシングの醍醐(だいご)味だが、坪井には独特の価値観がある。「試合ではテクニックを見せたい。倒すことはすごいことだが、同じボクサーとして一番嫌なことは、リング上で何もできないこと。相手と向き合って、何もできずに一方的に殴られて終わるのが、一番の屈辱だと思う。ボクシングをやっているからには、圧倒的な差を見せて勝っていきたい」というのが坪井の「哲学」。そして自信とプライドが言葉の端々に表れる。その自信はどこからわいてくるのか。「確かに、どこからわいてくるんでしょう。今考えると、世界選手権をとったあたりからでしょうか…」と坪井はいう。日本人初の金メダルこそが、確固たる自信の裏付けとなっている。

 世界ランクはWBCとWBOで1位、WBAでも2位。

世界挑戦は限りなく近い。日本ボクシング界で五輪、世界選手権で金を取り、プロでも世界チャンピオンになったのは村田諒太(ロンドン五輪金、元WBA世界ミドル級スーパー王者)ただ一人。2人目になる権利を持っているのは、坪井だけだ。

 スーパーフライ級はジェシー・ロドリゲス(米国・帝拳)がWBA、WBC、WBOと三つのベルトを持ち、IBFはウィリバルド・ガルシア(メキシコ)が王者として君臨。世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(大橋)との対戦もうわさされるロドリゲスは、6月13日に米国で、WBA世界バンタム級王者のアントニオ・バルガス(米国)と3階級制覇をかけ対戦する。ロドリゲスが王座獲得に成功し、スーパーフライ級の三つの王座を返上すれば、坪井には9月に予定する次戦で王座決定戦のビッグチャンスが舞い込む。プロ5戦目での王座獲得となれば、田中恒成(元世界4階級制覇王者)に並ぶ最速タイという記録もついてくる。

 「自分の中では、世界チャンピオンという肩書よりも、強い相手を倒すということが一番重要なんです。強い相手とやった方が自分の限界値も上がる。でも、強い選手とやるというのが、世界戦なんでしょう。そう考えると、早くベルトが取りたい。次で(世界戦が)できるならやりたい」と臨戦態勢を決め込む。「坪井流」がプロでも世界を制すのか、答えはもうすぐ出る。

 ◆坪井 智也(つぼい・ともや) 1996年3月25日、静岡県浜松市生まれ。小学校6年から浜松市のアマチュア専門のジムでボクシングをスタート。浜松工業高から日大に進学。大学時代は4年連続で全日本選手権で優勝。その後、自衛隊体育学校に進み、2021年セルビアのベオグラードで開催された世界選手権にバンタム級で出場し、日本人初の金メダルを獲得。アマ戦績は131戦106勝(10KO・RSC)25敗。25年3月にA級(8回戦)でプロデビュー。プロ戦績は4戦3勝(2KO)1無効試合。身長160センチの右ボクサーファイター。既婚。

編集部おすすめ