コロナ禍で苦境に立たされる業界の一つに旅行業界が挙げられるでしょう。
苦境脱出に妙手はないのですが、こんな時こそ求められるのが市場に受け入れられる商品の造成。コロナ前、空前といわれたブームに乗って好調だった鉄道ツアーは、有望分野の一つといえるでしょう。今回は「旅行会社の鉄道ツアー」をテーマに、前半は「鉄旅オブザイヤー2020」にみるヒットツアーのヒント、後半は鉄道ツアーを得意とする日本旅行とクラブツーリズムに取材して、一押しツアーを推薦してもらいました。
10回目を迎えた「鉄旅オブザイヤー」
「鉄旅オブザイヤー」は、旅行会社が企画・催行した鉄道ツアーを審査する顕彰制度です。鉄道ツアーというとJRグループや大手私鉄が相次いで送り出す観光列車を思い浮かべますが、鉄旅で表彰するのはハードの列車ではなく、ソフトとしてのツアー。乗車するのはたとえ普通車両でも、現地でのメニューを工夫してオンリーワンの体験ができるツアーです。
鉄旅の表彰セレモニーは例年1~2月に開かれますが、2021年はコロナ禍で延期。通常より2ヵ月遅れて4月21日、さいたま市の鉄道博物館で開催されました。感染拡大防止で取材にも制限が掛かり、紹介が遅れたことをお詫びします。本稿は、事務局から取り寄せた資料を基に、旅行会社にも追加取材してコラムにまとめました。
選考対象は、2019年11月~2020年10月に販売・催行された鉄道ツアー。
「『鉄印帳』付き・みちのく鉄道周遊」がグランプリ
応募45作品から最優秀賞のグランプリに選ばれたのは、読売旅行、日本旅行、読売旅行出版社、第三セクター等鉄道協議会(三セク協)の4者(社)が共同企画した、「三セク鉄道のオリジナル印〝鉄印〟がもらえる『鉄印帳』付きツアー・9つの列車をツナグ!みちのく鉄道周遊」でした。
2020年10~11月に催行されたツアーは東京(上野、大宮)発の2泊3日で、東北新幹線で一ノ関に向かった後、JR線と三セク鉄道を乗り継いで北東北をめぐります。三セクで乗車するのは三陸鉄道、IGRいわて銀河鉄道、秋田内陸縦貫鉄道の3社。各社で鉄印をもらえます。
三セク40社が鉄印で共演
ツアーの目玉は、何といっても「鉄印」。鉄印帳の旅については2020年8月に本コラムで紹介させていただいたので、繰り返しを極力避け、鉄道愛好家に受け入れられた理由、さらに「鉄印帳を発想させたのは、実はある女性だった!?」という、取材秘話(?)を披露しましょう。
三セク鉄道とは、国鉄改革でJRに引き継がれず、地元に移管された鉄道。最近は整備新幹線の開業でJRから経営分離された在来線も仲間入りし、有名どころは三陸鉄道、北越急行、智頭急行、肥薩おれんじ鉄道など。三セク協には全国40社が加盟します。
鉄印帳の旅は、2020年7月に始まったイベント。田舎の鉄道に乗って、帳面に朱印を押してもらう。要はそれだけですが、テレビや新聞、雑誌などで80回も紹介されたそう(うち3回は本サイトです〈笑〉)。
一般に鉄道の利用促進策は、沿線に絶景スポットがあるとか、○○駅のテーマパークに新しいアトラクションが登場したとか、××駅近くに名店グルメがあるとか、列車で行く目的地の情報を発信します。ところが、鉄印帳の旅は鉄印を押してもらうことが旅の目的です。
鉄印を押してもらった後、駅近隣のスポットを観光したり、お土産を買ったり、何か食べたりするので、沿線は完全に無関係といえませんが、とにかく列車に乗ってもらうのが、最大のPRポイント。これなら沿線に観光名所やグルメのない鉄道も、お客さんを呼び込めます。
鉄印帳のヒントは社長の奥様のお出掛け!?
ここまでは、新聞や旅行雑誌に出ている話。せっかく再度の執筆機会をいただいたので、誰が鉄印帳を思い付いたのか、もう少し突っ込んで取材してみました。
鉄印帳を考え出したのは、実は熊本県のくま川鉄道の永江友二社長。そして、ヒントを与えたのが社長の奥さんです。奥さんは四国八十八ヶ所めぐりが趣味で、朱印を集めていました。私も四国の親戚宅で見せてもらったことがありますが、朱印帳はなかなか見栄えある冊子で、思わず人に見せたくなります。ということで、「商売の種は身内にあり」を鉄印帳の話題のオチにしましょう。
鉄旅ではほかに、クラブツーリズムの「ひとりの贅沢『九州鉄道三昧~4社共同特別企画・くまもと応援編~3日間』」がエスコート部門賞、JTBの「豊肥本線に乗ろう!阿蘇・熊本」がパーソナル部門賞、日本旅行の「せとうち広島デスティネーションキャンペーン・JRで行く!瀬戸内スペシャル」がDC(ディスティネーションキャンペーン)賞、クラブツーリズムの「とどけよう元気・東日本応援企画お座敷列車華で行く館山日帰りの旅」が国土交通省鉄道局長賞(特別賞)、小田急トラベルの「北海道から九州まで!日本列島鉄道縦断ツアー」が旅に出よう!日本を楽しもう!賞(特別賞)、東浦拓斗さんの「四国の三兄弟に会いに行く!小学生が考えた四国全県制覇の旅!!」が一般部門ベストアマチュア賞を受賞しました。
「ながまれ海峡号」で道南の食を味わう
ここから話題を広げ、鉄道ツアーが得意な旅行会社の今夏一押しツアーを見てみます。
日本旅行の「鉄道の旅サイト」には、「『WEST EXPRESS 銀河』2021年夏・紀南への旅」、「『ながまれ海峡号』に乗ろう!」、「観光列車『etSETOra(エトセトラ)』せとうちスイーツプラン」、「柑橘香る観光列車『ゆずきち号』貸切乗車」といった鉄旅が並びます。
鉄道ファンや旅行ファンに人気なのが、道南いさりび鉄道の観光列車「ながまれ海峡号」。2016年3月の北海道新幹線開業で並行在来線になった、三セクの道南いさりび鉄道を走る観光列車です。「ながまれ」は道南の方言で「のんびりして」を表します。
海峡号は気動車2両編成でJR函館―木古内間を往復します。ツアーは、「道南の味覚を味わいながら、懐かしさや昭和モダンを感じさせる鉄道の旅を楽しんでもらい、手づくりのもてなしで歓迎する」がコンセプト。
クラツーは新金線から生中継
クラブツーリズムの「鉄道の旅特集」も「8つのD&S(デザイン&ストーリー)列車でめぐる!九州鉄道浪漫」、「貸切車両での運行が実現!昔懐かしき関西6つのローカル線の旅3日間(阪堺電気軌道など)」とユニークな鉄旅のオンパレード。クラツーが得意なのは普段、旅客列車が走らない貨物線や短絡線を走る特別列車に乗車するツアーです。
最近話題を呼んだのは、2021年4月24日に催行した「爆笑鉄道トーク!クラブツーリズム専用列車『かぎろひ』、『楽』W乗車 伊勢の旅」です。クラツーは2020年11月、よしもとグループとの協業で、50歳以上のシニアを対象にした旅行クラブ「よしもとスマイルクラブ50」を立ち上げましたが、ツアーではクラブメンバーから参加者を募集。ツアーでは、鉄道好き芸人の中川家礼二さんらが鉄道トーク、貸切列車は複雑な運行経路をたどりながら、途中に洗車体験などを挟み、195人の参加者を満足させました。
文:上里夏生