製薬業界は2026年から2030年にかけ、メガブロックバスターの特許切れが相次ぐ「パテントクリフ」の歴史的転換期を迎えます。主要な日本の製薬銘柄の動向、新たな成長機会、投資戦略を解説します。


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日本の主要製薬企業の動向とパテントクリフへの対応

 日本のメガファーマ各社もまた、グローバル市場の荒波の中で自社の屋台骨を支える主力製品の特許切れという重大な局面に直面しています。各社がこのクリフをどのように乗り越えようとしているか。各社の動向について紹介します。


アステラス製薬(4503):イクスタンジの喪失とFocus Areaアプローチへの転換

 アステラス製薬にとって中長期的な最大の懸念材料であり、経営の最重要課題となっているのが、前立腺がん治療薬「イクスタンジ(一般名:エンザルタミド)」の特許満了です。同薬は、アステラスの収益の中核を長年担ってきました。


 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の特許を基盤とし、旧メディベーション社(現ファイザー)との共同開発・販売契約を通じて展開されてきたイクスタンジは、全世界でのピーク時売上高が6,000億円から7,000億円に達すると想定される巨大な製品です。


 しかし、この巨大な収益源の物質特許は、米国において2027年8月、欧州で2028年6月、そして日本で2029年7月に満了を迎える予定となっています(特許訴訟の結果により前後する可能性がある)。イクスタンジの売上高は2025年をピークに、ジェネリックの参入により2030年には急激に減少すると見込まれ、このギャップをいかに埋めるかが同社の命運を握っています。


 この巨大な穴を埋めるため、アステラス製薬は中長期的な視点から「戦略的製品」への置き換えを急ピッチで進めています。


 急性骨髄性白血病治療薬「ゾスパタ」、尿路上皮がん向けADC「パドセブ」、更年期障害に伴う血管運動神経症状というアンメット・メディカル・ニーズに対応する「フェゾリネタント」、および胃がん治療薬「ゾルベツキシマブ」などが、次世代の成長ドライバーとして位置付けられています。


 さらに同社は、標的タンパク質分解誘導、遺伝子治療、がん免疫、再生と視力の維持回復といった先端科学分野への投資を集中させる「Focus Areaアプローチ」に基づく初期・中期開発プログラムを強力に推進しています。


 株式投資の観点からは、イクスタンジの減収カーブと、パドセブやフェゾリネタントなどの新製品群の立ち上がりカーブが交差する「2027年前後の利益水準(ボトム)」が最大の焦点となります。特にパドセブが、従来の化学療法に代わる一次治療の標準療法としてどれだけ早く市場浸透を果たせるかが、同社の株価のキーファクターになっています。


<アステラス製薬(4503)の月足株価>
製薬株のジレンマ[2]:アステラス、第一三共など国内製薬銘柄を分析!(茂木春輝)
出所:MSIIより筆者作成(2026年5月13日終値時点)

第一三共(4568):リクシアナの特許切れとADCグローバルリーダーとしての成長痛

 第一三共の経口抗凝固薬「リクシアナ(一般名:エドキサバン)」も、近い将来にパテントクリフを迎える重要な製品です。リクシアナのグローバル売上高は、2023年度の予測で2,773億円に達しており、日本国内の抗凝固薬市場においても45.4%(2023年第2四半期)という圧倒的な販売シェアを誇っています。


 リクシアナの主要特許は、米国および欧州などの主要市場において2028年以降から2030年にかけて満了する予定ですが、一部の地域ではすでにジェネリック参入の足音が迫っています。


 例えば韓国市場においては、2026年11月の特許満了を見据え、現地の後発品メーカーであるNVPヘルスケア(旧ナヴィファーム)が、物質特許の範囲確認審判で勝訴するという画期的な出来事があり、ジェネリック参入の期間が大幅に短縮される可能性が高まっています。


 また欧州市場においても、2030年以降、コスト意識の極めて高い各国の医療システムの中で、ジェネリックへの移行が国策として加速すると予測されています。


 しかしながら、第一三共に対する株式市場の評価は、リクシアナの特許切れリスクを大きく上回る「抗体薬物複合体(ADC)フランチャイズ」への熱狂的な成長期待によって強力に支えられています。


 アストラゼネカ(AZN)と提携するメガブロックバスター「エンハーツ」をはじめ、Dato-DXd(ダトポタマブ デルクステカン)、HER3-DXd(パトリツマブ デルクステカン)といった独自のADC技術基盤は、世界の腫瘍学市場をけん引する圧倒的な競争力を持っています。


 さらに直近の懸念材料として、第一三共は2026年3月期の業績予想に関して、ADC製品の世界的な需要急増に対応するための供給計画見直しに伴い、医薬品製造受託機関(CMO)への損失補償として約757億円を引き当て、さらに小田原工場のADC関連設備投資の中止に伴う減損として約193億円を計上し、営業利益予想を従来から1,060億円も引き下げて2,290億円とする大幅な下方修正を発表しました。


 投資家は、第一三共が急拡大するADCのグローバル需要に対して、いかに迅速かつ安定した自社・外部ネットワークの製造・サプライチェーンを構築し、利益率を向上させていくかという「成長痛」の克服プロセスを慎重に注視する必要があります。


<第一三共(4568)の月足株価>
製薬株のジレンマ[2]:アステラス、第一三共など国内製薬銘柄を分析!(茂木春輝)
出所:MSIIより筆者作成(2026年5月13日終値時点)

武田薬品工業(4502):エンタイビオのバイオシミラー脅威とニッチ市場への展開

 武田薬品工業の業績を力強くけん引している主力製品、潰瘍性大腸炎・クローン病治療薬「エンタイビオ(一般名:ベドリズマブ)」もまた、欧州で2027年ごろ、米国で2028年ごろに特許保護を失い、本格的なバイオシミラーの競合に直面すると予測されています。


 北米および欧州の医療費抑制圧力を背景に、より安価な治療選択肢が優先されるため、バイオシミラー参入後は激しい価格競争と市場シェアの侵食が避けられません。


 また、短腸症候群治療薬「ガテックス」についても、小児向け適応による独占期間が米国で2026年5月16日に終了しますが、この製品に関する後発品の具体的な参入時期は、製造の難しさや規制の壁もあり依然として不透明な状況が続いています。


 武田薬品はエンタイビオの特許切れダメージを最小限に抑えるため、生物学的製剤特有の「バイオシミラー参入障壁の高さ」を最大限に生かす戦略をとっています。生物学的製剤は低分子医薬品と比較して製造プロセス自体が極めて複雑であり、全く同じものを製造することは不可能に近いという特性があります。


 これに加え、エンタイビオは中等度から重度の炎症性腸疾患において確立された極めて高い有効性と安全性プロファイルを有しており、同社は長期投与データの蓄積や、皮下注射製剤など新たな治療レジメンの提供を通じて、医師と患者のロイヤルティーを高め、シェアの急減を緩和する戦略を展開しています。


 同時に武田薬品は、血漿(けっしょう)分画製剤や希少疾患、デング熱ワクチンなど、開発難易度が高く競合が参入しにくいニッチかつ高付加価値な領域へと事業ポートフォリオの軸足を移しています。投資家としては、これらの特殊なモダリティ領域における収益の成長速度が、エンタイビオの漸減を補って余りある規模に達するかどうかを見極める必要があります。


<武田薬品工業(4502)の月足株価>
製薬株のジレンマ[2]:アステラス、第一三共など国内製薬銘柄を分析!(茂木春輝)
出所:MSIIより筆者作成(2026年5月13日終値時点)

大塚ホールディングス(4578):レキサルティの喪失と過去の教訓を生かした経営

 大塚ホールディングスにとって、抗精神病薬「レキサルティ(一般名:ブレクスピプラゾール)」の米国における特許および小児独占期間が2026年4月から10月にかけて満了することは、業績上の大きなマイルストーンとなります。


 デンマークのルンドベック社と共同開発されたレキサルティは、統合失調症やMDD(うつ病)の補助療法として米国を中心に市場を開拓し、直近ではアルツハイマー型認知症に伴う行動障害への適応拡大という新たな価値を付加することで、同社の精神神経領域における収益を力強く支えてきました。


 世界の統合失調症市場は2027年までに128億ドル規模に達すると予測されており、MDD市場も約120億ドル規模と巨大ですが、米国におけるレキサルティの市場シェアは8%未満にとどまっており、旧来のジェネリック薬や新薬との競争が激化しています。


 レキサルティの特許満了後には、競合製品である「ラツーダ(ルラシドン)」が2023年に特許切れを迎えた後にジェネリックにまたたく間に市場を奪われたのと同様の、急激なシェア低下と価格下落が予想されます。


 しかし特筆すべきは、大塚製薬が過去に、当時の世界最大級のブロックバスターであった「エビリファイ」の特許切れ(2015年)という巨大なパテントクリフを経験し、それを多角化戦略で見事に乗り越えてきた実績とノウハウを持っている点です。


 エビリファイの特許切れに伴う市場の懸念に対し、同社は持効性注射剤「エビリファイ メンテナ」、そして「レキサルティ」や「サムスカ/ジンアルク」といった新製品群を次々と立ち上げ、さらにポカリスエットやネイチャーメイドに代表されるニュートラシューティカルズ事業の利益率を高めることで、製薬事業のボラティリティを吸収する強靭(きょうじん)な収益構造を構築しました。


 同社はすでに次世代の中枢神経系パイプラインやデジタルヘルス領域(治療用アプリなど)への布石を打っており、過去のパテントクリフ克服の歴史が、同社の株価に対する長期的な安心感と下支えとして機能する可能性が高いと考えられます。


<大塚ホールディングス(4578)の月足株価>
製薬株のジレンマ[2]:アステラス、第一三共など国内製薬銘柄を分析!(茂木春輝)
出所:MSIIより筆者作成(2026年5月13日終値時点)

日本国内市場の構造変化と周辺セクターにおける成長機会

 製薬業界を取り巻く環境は先発企業にとって厳しいものがある一方で、視野を広げれば、関連する周辺セクターには確実な成長の波が訪れています。


 マクロ的に見れば、超高齢化社会を迎えている日本の医薬品市場全体の規模は、2025年の844億米ドルから2034年には1,049億米ドルへと、年平均成長率(CAGR)2.45%の安定したペースで拡大していくと予測されています。この成長を支えるのは、慢性疾患管理や長期ケア医薬品に対する持続的な需要です。


バイオシミラー市場の爆発的成長

 パテントクリフ最大の恩恵を受けるのが、バイオシミラー(バイオ後続品)を開発・製造する企業群です。世界のバイオシミラー市場は2025年の348億9,000万ドルから、2032年には712億4,000万ドル(CAGR 10.73%)へと倍増すると予測されていますが、日本国内市場の成長速度はそれをはるかに上回っています。


 日本のバイオシミラー市場規模は、2025年に約5億8,380万ドルに達し、その後2034年までに約36億1,960万ドル規模へと、年平均成長率(CAGR)22.47%という驚異的なペースで急拡大すると予測されています。


 この爆発的な成長の背景には、医療費の高騰に危機感を抱く日本政府が、バイオシミラーの普及促進に向けた強力な政策的インセンティブを設けていることがあります。


 がんや糖尿病などの慢性疾患の増加に伴い、高額な生物学的製剤の使用量が増加する中、費用対効果の高い治療オプションであるバイオシミラーへの切り替えは国家的な至上命令となっています。


 技術的ハードルが高いため過当競争に陥りにくく、承認プロセスの効率化も進んでいることから、この分野に早期に参入し製造ノウハウを蓄積している企業は、長期にわたって高い利益成長を享受できる公算が大きいです。


ジェネリック大手企業の躍進と経営課題

 国内ジェネリック市場を長年けん引してきた東和薬品(4553)や沢井製薬にとって、相次ぐ特許切れと政府のジェネリック普及促進策は継続的な追い風となっています。


 例えば、東和薬品が発表した2026年3月期第3四半期決算の概況を見ると、売上高が2,040億円(前年同期比5.3%増)、営業利益が194億円(同4.7%増)、純利益が170億円(同16.8%増)と、市場の期待に応える堅調な業績を示しています。


 しかし、日本のジェネリック市場特有のリスク要因にも目を向ける必要があります。日本政府が実施する「2年ごとの薬価改定(引き下げ)」は、ジェネリック医薬品に対する恒常的かつ強烈な価格下落圧力をもたらしています。また、昨今の業界内での品質不正問題に端を発する深刻な供給不足・出荷調整の連鎖に対応するため、各社は生産ラインの増強を迫られています。


 実際、東和薬品のキャッシュフロー計算書を見ると、有形固定資産の取得による支出に多額の資金が投じられており、成長のための設備投資と有利子負債のコントロールが経営上の重大な課題となっています。


株式投資戦略からみる「防衛的イノベーション」

 株式投資においては製薬会社の「防衛的イノベーション」の進捗(しんちょく)を投資のバロメーターとするのが一つの手段だと考えています。


 まず先発企業がパテントクリフの衝撃を和らげる最も確実な戦略は、既存製品をより利便性の高い新しい剤形へと進化させることです。


 メルクのキイトルーダが静脈内投与から皮下注射へと切り替えを進めているように、この「剤形スイッチング」がジェネリック参入前にどれだけ順調に進捗するかが、将来の利益率維持の決定的な鍵を握ります。


 投資対象企業の四半期ごとの決算説明会資料において、これら新製剤への「患者切り替え」が計画通りに推移しているかを追跡することが、非常に有効な先行指標となります。


日本固有のリスクと成長機会

 日本の医薬品市場は、世界に類を見ないスピードで進行する高齢化により、慢性疾患治療薬の需要が確実に増加し続けるという強力な下支えがある一方で、世界で最も厳しい「2年ごとの薬価引き下げ」という強烈な足かせが存在します。

そのため、国内市場の売上のみに依存する内資系製薬企業は、長期的な利益成長の余地が極めて限定的にならざるを得ません。


 製薬業界への投資としては、まず収益の過半を薬価制度が比較的柔軟で市場規模の大きい米国市場から得ているグローバル製薬企業である第一三共、アステラス製薬、武田薬品などを中核としてみつつ、国内の政策的恩恵としてジェネリック・バイオシミラー使用促進をダイレクトに受けるバイオシミラー開発の専業企業や、圧倒的な効率性と規模の経済で生き残る一部のトップ・ジェネリック企業に注目していくべきだと考えます。


 製薬業界におけるパテントクリフは、備えのない企業にとっては致命的な転落をもたらす恐ろしい崖ですが、革新的なサイエンス技術と冷徹な資本戦略を持つ優れた企業にとっては、古い事業構造を破壊し、新たな市場シェアを獲得して飛躍するための踏み台となるでしょう。


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