東京の主要道路には、「明治通り」「昭和通り」がありますが、「大正通り」は見当たりません。元号を冠した通りがあるなかで、「大正」だけがなぜないのでしょうか。
東京には「明治通り」や「昭和通り」と、元号を冠した愛称が付いた幹線道路があります。前者は、東京都港区から北区を経て、江東区に至る環状の道路、後者は港区から台東区を南北に結ぶ道路です。
靖国神社(右)前の靖国通り。かつて「大正通り」と呼ばれていた(画像:photolibrary)。
明治、昭和があるのならば、「大正通り」はないのでしょうか。国立公文書館アジア歴史資料センターのウェブサイトによると、靖国神社(東京都千代田区)の前を通る現在の「靖国通り」が、かつて「大正通り」と呼ばれていたと記述されています。
「靖国通り」は、隅田川に架かる両国橋の西詰(中央区東日本橋)から、新宿駅北側のJR線高架橋、通称「大(おお)ガード」(新宿区歌舞伎町)までを東西に結ぶ都道302号(一部、国道14号)のこと。東京都建設局によると、「靖国通り」の愛称が制定されたのは1962(昭和37)年のことだそうです。
では、それ以前は「大正通り」と呼ばれていたのかというと、そうでもないようです。
「1962(昭和37)年には、『靖国通り』を含む69路線について愛称を制定しましたが、その多くは、地元である程度浸透していた通称を採用しています」(東京都建設局)
「靖国通り」も同じく、昭和30年代の時点ですでにそう呼ばれていたそうです。
「大正通り」=「靖国通り」? そもそもどんな道なのかそもそも、「靖国通り」はどのような道なのでしょうか。靖国神社の地元である千代田区の日比谷図書文化館に話を聞きました。
――「靖国通り」はかつて「大正通り」と呼ばれていたそうですが、どのような道路なのでしょうか?
1923(大正12)年に発生した関東大震災の復興事業として計画された道路です。関東大震災では、地震そのものというよりも、その後に発生した火災によって多くの人が亡くなりました。このため防火対策として広い道路が建設されることとなり、そのひとつが昭和初期に完成した「大正通り」でした。
――もともとあった道なのでしょうか?
一部は既存の道を拡幅し、一部は新規に建設されています。関東大震災の震災復興道路はいくつか計画されましたが、結局、南北と東西の幹線道路2路線だけが実現しました。南北の通りが、現在の港区田町から台東区入谷に至る「昭和通り」、そして東西の通りが、新宿から両国橋に至る「大正通り」です。
※ ※ ※
先述の国立公文書館アジア歴史資料センターウェブサイトによると、関東大震災の復興期において、「帝都を南北に走る昭和通りと東西に走る大正通りは、道路整備計画の中心的な位置づけとなっていました」としています。
なお、「明治通り」も同時期に造られています。東京の様々な道路の来歴をまとめた『東京の道事典』(東京堂出版)によると、「明治通り」は1921(大正10)年に東京都市計画街路改修事業のひとつとして着工、その2年後に発生した関東大震災からの「帝都復興計画」を踏まえて建設が続けられ、1932(昭和7)年に全通したといいます。愛称は公募によるものだそうです。
ちなみに、「昭和通り」のすぐ東側には、「平成通り」も存在します。中央区の東京証券取引所前から、築地2丁目に至る南北の通りです。
※一部誤字を修正しました(4月12日12時15分)。
【地図】「大正通り」と「昭和通り」の位置
大正通りは現在の靖国通り。昭和通りに並行して、中央区内に平成通りもある(国土地理院の地図を加工)。

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