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前編:メジャー&NPB入りを目指すハワイ大ふたりの日本人選手

 全米大学体育協会(NCAA)1部のハワイ大野球部にプロのスカウトから注目を集める日本人選手がふたりいる。2年生の武元一輝(いつき)と4年生の境野竣介だ。

 

 智辯和歌山高校出身の武元は、シリーズの一番手として先発登板し、打撃ではDHとしてクリーンナップを打つ二刀流。今季、ハワイ大が所属するビッグウェスト・カンファレンスのファーストチームに選ばれた逸材は、7月に行なわれるメジャーリーグのドラフトで日本人として6人目の指名が期待されている。

 そして内野手の境野は、抜群の守備と安定した打撃を見せる。千葉県生まれ、アメリカ育ちの22歳は、日本の野球に憧れ、大学卒業後は日本のプロ野球、もしくは社会人野球を希望している。

 ハワイ大のリッチ・ヒル監督によると、試合には日米の多くのスカウトが訪れるそうで、「メジャーリーグのスカウトがイツキ(武元)を見に来て、日本のスカウトがシュン(境野)を見に来る」と明かした。

【1年目の夏にその名を全米に轟かせた武元】

 身長191㎝の武元は、智辯和歌山高が2021年に全国高等学校野球選手権大会で優勝した時の2年生メンバーで、3年生となった翌年にも夏の甲子園出場を果たした。もともとは日本のプロ野球を目指していたが、「(高校)3年の春に(中谷仁)監督からまだ1軍で活躍できるレベルにはないと言われて、自分でもそう感じていたので、レベルアップをするうえでどこがいいのかと考えたとき、監督の助言もあり、最終的にアメリカで野球をしようと決めました」と渡米を決断した理由を語る。とはいえ、アメリカに来た今、目指しているのは、「一番憧れの場所」であるメジャーリーグだ。

 米大学野球情報の大手メディア『D1 Baseball』が1年前、「この夏、武元一輝ほど大学野球で輝いた選手はいない」と記したほど、武元がその名を轟かせたのが、昨夏の「ケープコッド・ベースボールリーグ」(メジャーリーガーの卵が集う米大学最高峰の夏季リーグ)での活躍だ。

 ドラフト候補生がずらりと顔を並べる同リーグで、1年生ながらオーリンズ・ファイアーバーズのロスター入りを果たした武元は、最初はリリーフとして登板していたが、持ち味を発揮して好投の連続。同チームのケリー・ニコルソン監督とジム・ローラー投手コーチらの間で、「一輝はすばらしいピッチングを続けている。彼を先発にするのが、チームにとってベスト」と合意し、最終的に先発投手に起用した。

 同リーグの期間中に開催されるオールスターのメンバーにも選ばれた武元は、先発2試合を含む9試合に登板して3勝1敗、防御率0.71を記録。

投球回数25回1/3で、23奪三振と大学トップレベルの選手たち相手に堂々としたピッチングを見せた。チームが1-0で敗れたプレーオフではリリーフでの登板だったが、ニコルソン監督から「ブルペンから最初に出るのはお前だ」と伝えられ、2回1/3を1安打無失点。結局、この試合で投げたのは、ハーバード大でアイビーリーグの最優秀投手に輝いた2年生の先発投手と武元のふたりだけだった。「私たちは、一輝のことをチームのベストピッチャーのひとりだと思っていた。それが、終わってみればケープコッド・リーグのベストピッチャーとなっていた」とニコルソン監督。

 武元はケープコッド・リーグの最優秀投手に選ばれた。

 同リーグでプレーした昨年夏の約2カ月間は、武元本人にとっても「少し自信になった」経験となり、ハワイ大のヒル監督も「一輝は、より強く、より自信を得てケープコッドリーグから戻ってきた」と言うほど成長につながるものとなった。

 それでも武元に気の緩みはない。「(最優秀投手に選ばれたことは)本当にうれしいです。でも過去は過去。正直、まったく気にしてないし、これから先レベルアップするだけ」と大学での2年目のシーズンに集中した。

【ハワイ大2年目は主力として飛躍】

メジャーのスカウトが注目する智辯和歌山出身のハワイ大の二刀流、武元一輝がアメリカに渡った理由
武元は二刀流選手として打撃でも際立つ才能を見せている photo by Hawaii Athletics
 1年生の時は20試合の登板(先発3)で3勝1敗5セーブ、打者としては16打数5安打で打率.313ながら「主にリリーフ、主に代打」だったが、2年生では「先発投手、先発DH」に立場が変わった。ケープコッドリーグでは、ニコルソン監督の「故障を招くことはしたくなかった」との配慮もあり、投手として起用されただけだったが、ヒル監督は、「パワーが増し、とてもいい打球速度を出している」と打撃の中軸を任せ、シーズン半ばには打率.379を記録。
投手としては、レギュラーシーズン13試合の先発登板(計14度の登板)で2勝5敗だったが、5回以上を投げて自責点2以下に抑えながら、勝ち星がつかなかった、または負け投手となった試合が6試合あった。

 同監督は、「一輝は強肩で複数の球種をうまく投げ分ける。彼のカッターに打者は困惑する」と評価する。武元の持ち球は、ストレート、カーブ、スライダー、カット、チェンジアップ、スプリット。球速は、昨年の時点でそれまでの最速151キロから153キロに、そして現在は154キロまで伸びている。

 その一方で武元は昨年との違いを「考え方」を挙げる。

「どこで自分がどうしたいのか、マインドがクリアになっている。タイミングや緩急など、どうしたらバッターが嫌なことかというのも考えながらできています」

 そして「僕、バッターもやっているので、『このカウントだったら待っていないだろうな』っていう球を投げてみたりとか。まだ完成ではありせんが、いろいろ試しながらやっています」と語るなど、成功に向けての研究は尽きない様子だ。

 打撃について向上した部分についても、「頭の整理とアプローチの仕方」と話すなど、メンタル面で成長を感じている武元。もちろん「全体的に筋力も出力も上がっている」と、パワーアップに取り組んできたことも向上の要因だ。

【日々研鑽を積み、いつかは大谷超えを目標に】

メジャーのスカウトが注目する智辯和歌山出身のハワイ大の二刀流、武元一輝がアメリカに渡った理由
甲子園球児の武元はアメリカの大学経由でメジャー入りを目指す存在に photo by Yamawaki Akiko
 武元の野球人生は、父の秀仁さんとの練習から始まる。
秀仁さんは、ラグビーをやっており元野球選手というわけではないが、小学校低学年の時から野球に夢中になっていた武元のキャッチボールの相手となり、野球の勉強をして鍛えてくれた。

「それが結構厳しくて、めちゃめちゃ泣かされていました」と武元。「僕が『野球選手になりたい』と言ったので、父がいい選手の動きはどうなっているかを研究して、僕に教えてくれました」。父との練習、そして智辯和歌山高でのハードな練習の日々が心身ともに武元を強くし、努力することで自信が育まれた。

 現在つけている背番号17はロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平と同じだが、武元は「(智辯和歌山高時代の)中谷監督が、僕に最初にくれたナンバーが17番だったので」と説明。「結構気に入っているナンバーなので、これから先もたぶん17になると思います」とあどけない笑顔を見せた。

 7月のメジャーリーグドラフトで指名され、プロになることを決断した場合、その後も二刀流でやっていくかどうかは未定だが、大谷については敬意を抱いている。

「もちろん参考にしていますし、憧れでもあります。もう人類誰もが憧れるような人柄、取り組み方、姿勢と、すべてを兼ね備えた人だと思います。

 打撃だったら、もっともっとパワーも必要ですし、もっともっとコンタクトも、すべてにおいてまだまだレベルアップが必要だと思っています。ピッチャーにおいてもバッターにおいても、本当に『もっともっと』っていう言葉が一番思っていることです」

 今はまだ「憧れ」だが、いつか大谷に追いつき、追い越したいという目標に変えられるよう、これからもまい進していくつもりだ。

「"トップレベル"になりたいので、球速も、変化球のキレもそうですが、何か圧倒できるような球、『武元一輝と言ったらこれだ』って言ってもらえるような特技を身につけたい。

大谷さんであれば、スイーパーとかスプリットとかいろんな武器があると思うんですけど、そういう武器が何個も持てるような、そういうトップレベルの選手になっていきたいです」

 武元一輝の夢は、無限大だ。

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