西武・西川愛也インタビュー(後編)
91敗を喫した昨季から一転、シーズン序盤から上位争いに絡む西武の新たな"顔"としてチームを牽引しているのが西川愛也だ。
バットの末端を胸より少し低い位置に構え、素早くトップをつくって振り抜く。
入団8年目の今季、長らく将来を嘱望されてきた西川がついに才能を開花させたのは、大きな壁を乗り越えたからだった。
【長年のルーティンをやめた理由】
「『あの動きがダメ』とか、僕はいっさい思わないです。たとえば、中村ノリさん(=紀洋/元近鉄ほか)や宮﨑敏郎(DeNA)もあの動きをやっている。でも、西川があれをやると、どう考えてもタイミングが取れていなかったんですよ」
昨年の9月のことだ。そう話してくれたのは、当時西武のヘッドコーチ兼打撃戦略コーチだった平石洋介氏だ。「あの動き」とは、バットの先端を大きく動かしてタイミングを図る動作だ。どうしても始動が遅れ、ストレートに差されるという課題を抱えていた。
西川にとって、高校時代から続けるルーティンだった。この動作をすることで気持ちを高め、甲子園では埼玉県勢初の頂点にも立った。
長らく続ける習慣を変えるのは、誰しも並大抵のことではない。西武のコーチ陣はデメリットを指摘してきたが、昨季途中まで西川はこの形にこだわっていた。平石氏が続ける。
「今年(2024年)の自主トレで中村晃(ソフトバンク)のところに行って、『下(半身)は間に合っているのに上が遅い』って言われて、それをやめたんですよね。でも、それがちょっと狂いだして、また元に戻って。あいつ、その繰り返しだったんです。でも今の形は自分でいろいろ考えて、パッと(トップを)つくれるようになった。やっと、そこのベースができつつあるんで、今までの愛也とはちょっと違うかなと思いますね」
長らくやっていたルーティンを変えるのは、西川にとって大きな決断だったはずだ。
「すごく勇気のいることでしたが、ヒットがなかなか出ない状況だったので、自分の感覚にはまったくなかったことを取り入れて、変わったほうがいいのかな、という考えでした。自分の感覚だけでは乗り越えられない壁があったので、周りの人の助言に耳を傾けて、何とか乗り越えたいという気持ちでしたね」
昨年の西武は交流戦前の5月26日に松井稼頭央監督が事実上の更迭となり、渡辺久信GMが兼任で監督代行に就任。以降、西川はずっとスタメンで起用されたが、打率は1割台から2割前半に沈んでいた。
【今井達也からのアドバイス】
そんな折に背中を大きく押されたのは、昨年7月、チームメイトの今井達也と食事に出かけた際の言葉だった。
「今井さんも入団当初は伸び悩んでいで、『自分とはまったく違う感覚を取り入れて、人生が変わった』みたいなことを言っていて。『それくらい勇気のいることをしないと変われないよ』と。当時、僕も打率が2割前半で『愛也も今、そういうのも大事なんじゃない?』みたいに言われて。それが大きかったと思いますね」
投手と野手でチームでの動き方は異なるが、今井は普段からよく野球の話をする間柄だ。
伸び悩んでいた今井が変わるうえで、大きなきっかけとなったのは鴻江寿治トレーナーに身体の使い方を学んだことだった。西川も一度会い、指導してもらったことがある。
「変わったというより、それから一貫してできるようになってきました。僕はインパクトで腕を伸ばして力んでしまうことが多いんですよ。で、引っかけてセカンドゴロ、ファーストゴロが多かった。そこを何とか脱力するように取り組んでいます。難しいですけど、そうしないといい結果は生まれにくいので。力を抜けば抜くほど、いい結果が出るという考えでいます」
今季の今井が脱力投法で圧倒的なピッチングを続けるように、西川も力を抜くことでヒットを積み重ねている。
「まだ満足はまったくしていませんし、もっともっと上を目指していきたいなという気持ちは強いですね。フォアボールを取れるところもたくさんあったと思うので、もっと出塁率も上げていきたいなと思っています」
【目指したいタイトルは?】
向上心の裏には、周囲への感謝の気持ちが強い。苦しい時期、陰で支えてくれる人が多くいた。
「僕ひとりだけの力だったら、今頃ファームにいたかもしれません。僕って周りの人に恵まれているというか。そういうのは生きていて、野球人生のなかですごく感じますね」
高卒8年目のブレイク。感覚的には「あっという間」だったが、冷静に見つめ直すと「ちょっと長すぎた」と感じている。
だが、まだ26歳だ。野球選手がピークを迎えるのはこれからだ。
「ここからですね。高校でも、僕はスーパー1年生とかではなったし。中学でも1年生から出るとか、プロに入っても1年目から出るというタイプではないので。しっかりコツコツ積み重ねて、最後に大きい花を咲かせられればいいなと思います」
今後、西川はどんな選手になっていきたいのだろうか。
「走攻守のバロメーターが大きい選手になりたいですね。バランスよく」
西武が今季見せる快進撃は、51番を背負う西川に牽引されるところが大きい。
「去年は"当たり前のこと"がちょっと疎かになっていたところもあったと思います。キャンプの時から、『そういうところから、しっかりやろう』とコーチ陣、監督から言われて、みんなやろうとしているので、そこはだいぶ変わってきたなと思います。去年より接戦を勝っているのは、そういうことが絶対に関係していると思いますね」
2025年、西川にとって節目のシーズンは折り返し地点にきた。ここにきて上位チームとの差が少し開いてしまったが、まだまだAクラスを狙える位置につけている。
「チームはもちろんリーグ1位を目指してやっているので、そこに僕も貢献して、日本一を目指したいと思います。個人的には、最多安打のタイトルを獲りたいなという気持ちがありますね」
苦節8年。高校時代から波乱万丈の野球人生を経て、スポットライトを浴びる場所にたどり着いた。あらためて西川が歩んできたキャリアを振り返ると、今季見せているプレー、そして言葉は、いっそう重みを増している。
西川愛也(にしかわ・まなや)/1999年6月10日生まれ。大阪府出身。花咲徳栄高では1年秋からベンチ入りし、甲子園に3度出場。