千葉商大付「大人マネージャーと高校生マネージャー」の絆(前編)
昨今の高校野球では甲子園常連の強豪私学だけでなく、公立校でも外部指導者を招くチームが増えている。
打撃や投球、走塁、守備を教える臨時コーチに加え、トレーナーや管理栄養士、メンタルトレーナーなど、各種エキスパートの力をいかにチームに加えるか。
「外部コーチがたくさんいるなら、外部マネージャーがいてもいいのではと思いました」
2024年の夏を控え、千葉商科大学付属高校野球部の吉原拓監督はそう考えた。2019年からチームを率い、2023年夏と秋には千葉大会でベスト4に導いた47歳の指揮官だ。
大学卒業後は一般企業に就職。34歳から大学の通信制で学んで教職を取得し、社会科の教諭、そして高校野球監督になったという異色のキャリアの持ち主だ。固定観念にとらわれず、チームづくりを行なっている。
【高校野球に大人マネージャー誕生】
2024年5月。日本史の教諭でもある吉原監督は、自習中に野球部でマネージャーを務める当時2年生の菅谷愛子さんに尋ねた。
「愛子、"大人マネージャー"が来たら、どう思う?」
菅谷さんは何のことかわからず、聞き直した。
「看護師の人が、もしかしたら大人のマネージャーとして野球部に来るかもしれない。秋田でずっとマネージャーをやっていた人が東京に来て、社会人野球と高校野球、どっちでマネージャーをやるか、悩んでいるんだよね」
菅谷さんは「はぁ、わかりました」と気のない返事をした。吉原監督が何を意図して言っているのか、よくわからなかったからだ。
それからすぐ、"大人マネージャー"としてやって来たのが鳥海菜々子さんだった。
鳥海さんは秋田で看護師として働き始める前、SNSに「マネージャー、もう1回やりたいな」と投稿すると、友人から地元の社会人野球チームを紹介された。そこで4年、さらに少年野球チームで同職を1年務め、マネジメントの醍醐味をさらに味わった。
「誰かが頑張る姿をずっと見届け、背中を押せることにやりがいを感じました。看護もそうだと思うけど、そういう存在になりたいという気持ちがあります」
高校を卒業して看護師になったのは、「子どもに関わりたい」と希望したからだ。だが、少子化の進む秋田では思ったほどその機会が得られなかった。
そこで2024年春、「子どもの一番多い東京で、看護師としてもっといろいろ勉強したい」と上京。小児科で働き始めた1カ月後、野球ロスに気づいた。
「東京に来て仕事以外に何をしようかと思った時、今までずっと仕事しながら携わってきた野球のマネジメントがないことに気づいて。秋田の社会人野球の監督に相談して、千葉商大付を紹介してもらいました」
そうして全国の高校野球部では珍しい、"大人マネージャー"が誕生した。
【この人とは仲良くできないかも...】
「どういうマネになりたいの?」
鳥海さんは"大人マネージャー"に就任して初めて千葉商大付のグラウンドにやって来た日、菅谷さんに単刀直入に尋ねた。
<あ、この人とは仲良くできないかも......>
菅谷さんは第一印象でそう思った。
だが、打ち解けるのに時間はかからなかった。鳥海さんは夏休みを前に勤務先の病院をやめ、生活のすべてを野球部に捧げたからだ。
「みんなに『頭おかしいんじゃない?』って言われました。でも野球って、1日1日が勝負じゃないですか。夏の大会に1日来られないで、その日に3年生が引退してしまったら、私は一生後悔すると思ったんです。それなら仕事をしている場合じゃない。貯金を切り崩して、ここの野球部に全振りしようと思って。私の人生はここに賭けようって」

鳥海さんはあくまでもマネージャーという立場で、交通費を除いて報酬は発生していない。
姉妹のように仲良くなったふたりは、高校生の菅谷さんが主(あるじ)、"大人マネージャー"の鳥海さんが補助という関係でチームを支えている。
「選手たちに頼られるマネージャーになりたいです」
ふたりが初めて顔を合わせた時、菅谷さんは理想の姿をそう語った。
鳥海さんが観察すると、菅谷さんはすでに信頼を得ている様子だった。千葉商大付は、吉原監督の方針でマネージャーは各学年ひとりと決められている。菅谷さんは2学年上の先輩が引退して以降、ほぼひとりで支えてきた。
選手たちから事あるごとに「愛子」と呼ばれ、練習がうまく回るようにサポート。小学生の頃にソフトボールをプレーしていた菅谷さんは、高1の冬からノッカーも務めるほどだ。
【大人マネージャーの役割】
では、"大人マネージャー"はどんな役割を果たすべきか。鳥海さんは自身の立ち位置を熟慮した。
「高校生マネージャーが練習を支える役割だとしたら、私は子どもたちの心と体の変化に気づく存在でありたいと思いました。
鳥海さんは悩んでいそうな部員の相談に乗るだけでなく、看護師ならではの強みも発揮している。たとえば食物アレルギーの部員がいることを知ると、アナフィラキシー反応を起こした際に使うエピペンの講習会を開いた。
夏に向けて力を入れるのが、熱中症の予防だ。水分を摂るタイミングに加え、水やお茶だけでなく塩分を摂ることも重要だ。命に関わることであり、絶対に未然に防ぎたいと考えている。
そしてもうひとつ、鳥海さんが特に力を入れているのが「広報活動」だ。具体的にはInstagramを通じで、選手やマネージャーのキラキラと輝く瞬間を日々、発信している。この取り組みには、チームの魅力を届け応援してもらえる存在になること、選手たちの高校野球人生の一部を映像や言葉で残すこと、そしてSNSを通じて"こっそり"選手を鼓舞するといった思いが込められている。
また練習中にふたりでおにぎりを握り、選手たちに食べてもらうようになったのは、菅谷さんのアイディアを鳥海さんが後押しして実現した。
「愛子ちゃんがやりたいと言うから、『どうしておにぎりを食べる必要があるのか、提案すればいいじゃん?』と話しました。たとえば、どういう具材を使えばタンパク質がプラスになるか。練習中におにぎりを食べる意味をまとめ、父母会に提案して費用を負担してもらえることになりました」
自分でやりたいことがあるなら、実現できるように動けばいい。
10歳近く年下の高校生にも、少しでも自分の存在がプラスになればいい。そう考え、心がけるのは絶妙な距離感だ。
「最初はどこまで踏み込んでいいのかもわからないし、どう接していこうかと悩みました。でも子どもたちから繊細さや、いろんなことを成し遂げていく姿勢など、学ぶこともたくさんあります。先生たちはいろんな経験をしていますしね。私は、両者に中立な翻訳者的な役割であれたらいいのかなと。ここまでの温度感で入っていいところ、あえて見守るところを考えながら日々すごしています」
医師と患者の間で気を配り、健康回復を支えるのが看護師の仕事だ。"大人マネージャー"という独特な立場だからこそ、野球部の力になれることがある。
そう考える鳥海さんの後押しが千葉商大付を救ったのは、今年の春大会を控え、チームがどん底に沈んでいる頃だった。
つづく>>