連載:NEXT STAGE~トップアスリートのセカンドキャリア
福岡堅樹インタビュー(前編)

 7年前のラグビーワールドカップで爆発的な走りを披露し、世界を驚かせた「スピードスター」福岡堅樹。2021年に28歳の若さで引退し、現在33歳となった彼は今、順天堂大学医学部の6年生である。

つまり、卒業試験と医師国家試験を控えた現役医大生だ。

 日本で開催された2019年ラグビーワールドカップでは、日本代表WTB(ウイング)として4トライをマーク。強豪国アイルランドやスコットランド撃破の立役者となった。男子セブンズ(7人制ラグビー)日本代表としても2016年のリオデジャネイロオリンピックに出場し、メダルまであと一歩の4位という好成績に貢献した。

 ワールドカップメンバーとオリンピアン──。その両方を経験したラグビープレーヤーは、ごくわずかだ。

 独特な前傾姿勢と健脚の高速回転が生み出す、一瞬で相手を抜き去るランニングスピード。それが福岡のトレードマークだ。ワールドカップ日本大会で両翼を担ったWTB松島幸太朗(東京サンゴリアス)とのコンビは、「ダブルフェラーリ」の異名を取った。

元ラグビー日本代表WTB福岡堅樹は現在33歳の医学部6年生「...の画像はこちら >>
 古巣であり、現在もアンバサダーを務める埼玉パナソニックワイルドナイツのホストスタジアム「熊谷ラグビー場」に姿を見せた福岡の体つきは、現役当時とそう変わらないように見えた。ポロシャツから伸びる腕は太く、胸板も厚い。医大生のイメージとは乖離した、完全なアスリート体型を維持している。

「いえいえ、現役時代と比べたら全然ですよ」

 福岡は笑って謙遜する。

「日常的に最低限のトレーニングをするようにはしていますが、もちろんトレーニングの量は減っています。週1回ほど、器具や自重による筋トレを健康維持のための運動としてやっています。現役時代みたいにバチバチに鍛える必要はないので、ベンチ台とダンベル、トレーニングバイクも買って、自宅でトレーニングしています。息を上げる運動はもっぱらバイクですね」

【今はもうアスファルトでは走れない】

 一見すると「まだあのスピードで走れるのでは?」と思えてしまう。軽度のランニングなどは、今でも続けているのだろうか。

「ひざが悪いので、今はもうアスファルトでは走れません。芝の上であっても10分も走っていると痛くなってしまいます。(現役当時の)あのレベルで続けていくためには、2年に1度(ひざの)クリーニングのオペ(手術)をしないといけないほど状態が悪かったんです」

 歴史的なインパクトを残した2019年のワールドカップ後、誰もが福岡の次なる国際舞台での活躍を期待し、福岡自身も東京オリンピック出場を見据えて研鑽し続けていた。

「2019年のラグビーワールドカップと2020年の東京オリンピックをラグビーの(最終的な)目標として定めていたので、それが終わり次第、もともと目指していた医師の道に戻ろうと計画していました。

 ただ、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響でオリンピックの状況が変わってしまったので(1年延期)、それまで柔軟に目標を変えてきたものの、当初の予定どおりのタイミングで引退することにしました。

 きっとそういう運命だったんだろうという感覚で、未練はありません。2016年のリオデジャネイロオリンピックには出場させていただきましたし、本当にすばらしい経験をさせてもらったので、それでよかったのだと思います」

 2020年をもって国際舞台から退き、所属のパナソニックワイルドナイツ(現・埼玉ワイルドナイツ)でジャパンラグビートップリーグ(現・リーグワン)2021年シーズンいっぱいまでプレーして現役生活を終えること、そしてかねてより目指していた医師の道へと邁進する決断を下した。

 2023年まで日本代表を指揮し続けたジェイミー・ジョセフ前ヘッドコーチは、「ケンキ、まだできるだろう」と福岡の不在を惜しんだという。

「そのように(戦力として)求めていただけるのは、選手の立場としては本当にありがたいことで素直にうれしかったのですが、それはきっとあのタイミングで一線を退いたからだろう、とも思いました。

 自分の一番いいイメージを残すことができたからこそ、その後も戦力として求めてもらえていたと思うので、そういった意味でも自分にとってはいいタイミングでの引退だったのかなと思います。自分のベストのパフォーマンスができた、一番いい時期でした」

【選手と受験生との両立が一番しんどかった】

 福岡の現役ラストイヤーとなったトップリーグ2021シーズン、5月23日の決勝でワイルドナイツはサンゴリアスを31-26で撃破し、5度目の優勝を果たした。5シーズンぶりの王座奪還に大きく貢献した福岡は、シーズンのベストフィフティーンとMVPに選出された。

 完璧と表現しても差し支えないラグビーキャリアの締めくくりとなったが、福岡はその裏側で順天堂大学医学部の受験勉強とワイルドナイツでのトレーニングを両立する、ハードな日々を送っていた。

 2021年2月20日のトップリーグ開幕戦のキックオフ直前に、晴れて合格の知らせを受けた福岡だったが、受験期間のみならず大学入学後の4月以降もトップアスリートとしての生活を並行して続けていた。

「選手と受験生、医大生を両立していましたが、一番しんどかった時期かもしれません。ただ、受験までの時期に関してはチームの協力もあって受験のほうに軸足を移させていただき、太田(群馬県太田市/当時のチーム拠点。現在は埼玉県熊谷市)に行く機会を減らしてもらいました。

 週1回くらいしかトレーニングに行けないような状況でしたが、それ以外の時間は基本的に東京で受験に備えて勉強していました。チームがそれを了承してくれたおかげで、なんとか受かることができました」

 ふたつの道を両立する過酷な時期から早5年。アスリートから医大生に転身した当初は、とまどいや悩みはなかったのだろうか。

「そこまで大きな苦労はありませんでしたが、アスリートから普通の大学生になると、『運動ってこんなにしないものなんだな』と痛感しました。それまでは当たり前だったトレーニングがなくなった物寂しさみたいなものは少しありましたし、自分で意図的に時間を作ってやろうとしないかぎり運動しないので、自宅でトレーニングをするようになったわけです」

【同級生は現役生だと10歳も年下】

 元トッププレーヤーならではの意識が、医大生になった今も福岡の体をアスリートたらしめている。そして、言わばラグビーのテストマッチ(代表チーム同士の真剣勝負)のような試練に向けた準備を今、スタートさせている。

「卒業試験、医師国家試験は大きなハードルなので、そこに向けて準備をしていく必要があるわけですが、まったくクリアできないような障壁ではないと思っています。もちろん本当にしっかりと勉強し、準備することが前提にはなりますが。

 今ではすっかり仲よくさせてもらっている同級生たちと一緒に勉強して、互いに学び合う取り組みもしています。同級生は現役生だと10歳も年下ですが、みんなタメ口で話してくれますし、僕の家に集まって勉強会をしたりしています。そんな毎日なのでそこまで構えすぎることなく、とにかく自分にできることをやっていこうと考えています」

 33歳の医大生は、若い同級生たちとともに自然体で卒業試験と医師国家試験に挑もうとしている。

(つづく/文中敬称略)

◆福岡堅樹・中編>>30代で医師を目指す元ラグビー日本代表の勉強法


【profile】
福岡堅樹(ふくおか・けんき)
1992年9月7日生まれ、福岡県古賀市出身。5歳でラグビーを始め、中学生で100m11秒台を記録した俊足WTB。福岡高3年時に全国高校ラグビー(花園)出場。筑波大では1年生からレギュラーとなり、全国大学選手権での活躍が評価されて2013年4月に日本代表初選出。

2015年と2019年のラグビーワールドカップに出場し、後者は4トライを決めて日本代表初の決勝トーナメント進出に貢献した。通算38キャップ。男子セブンズ(7人制)日本代表として2016年のリオデジャネイロ オリンピックにも出場。パナソニックワイルドナイツ(現・埼玉ワイルドナイツ)ではラストイヤーとなったトップリーグ(現・リーグワン)2021シーズンで優勝を果たしMVPにも輝いた。同年から順天堂大学医学部に通う医大生。身長175cm。

編集部おすすめ