山中慎介が語る井上尚弥vs中谷潤人 前編

 5月2日、東京ドーム。日本ボクシング史上最大の興行のメインイベントを飾るのは、世界スーパーバンタム級4団体統一王者・"モンスター"井上尚弥選手と、3階級制覇王者・"ビッグバン"中谷潤人選手の頂上対決。

パウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキング2位の井上と同6位の中谷との対戦は、世界的な注目を集めている。

 試合直前に配信されたドキュメンタリー番組『The Day』のなかで、井上は中谷について「相性は最悪」と口にした。世界戦27連勝の歴代記録保持者で、4本のベルトを束ねる「比類なき王者」がそう語った真意とは。元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏に、その本音と勝負の分かれ目を聞いた。

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【山中氏から見た井上と中谷の相性】

――井上選手が言う「相性は最悪」について、山中さんから見ると中谷選手のどのあたりが"最悪"だと思いますか?

「サウスポーで、長い距離があって、体のフレームが大きい、というところだと思いますね。井上はサウスポーが苦手なわけではありません。(ムロジョン・)アフマダリエフや(マーロン・)タパレスなど、これまでもサウスポー相手にもきちんと結果を出しています。ただ、中谷がスタンスを広く取って、頭を遠くに置くとかなり距離が長くなる。それでいて、相手を倒すパワーも兼ね備えていますからね」

――加えて中谷選手は、いろんな軌道のパンチを打ってきます。

「軌道や打ち出しのタイミングがわかりづらいでしょうね。あれだけ離れた距離からフックやアッパーで相手をKOできる選手はなかなかいません。圧倒的なリーチがないと外から巻くようなパンチは打てないんですが、それを遠い距離からテンポよく、ボンボンと打ってきます。ミドル・ショートでも強いパンチを間髪入れずに打てますから、相手からしたら厄介ですよ」

――接近戦ではゲンナジー・ゴロフキンのように、腰の回転を使わずにハンドスピードだけで、さまざまな角度からパンチを入れてきますね。

「ああいった角度のパンチはなかなか打てないですよ。もちろん井上も想定はしているでしょうけど、実際にリングで向き合った時に、感覚として想定とは違う部分は出てくると思いますね」

――逆に井上選手は、中谷選手からすれば「俺みたいなタイプはやりやすいはず」と分析しているようです。

「面白い分析ですよね。井上はすべてにおいて完成度が高い。レーダーチャートでいえばきれいな形になる。パンチの打ち方や軌道も基本に忠実で、最上級に完成された選手。一発の破壊力もあります。どれを取ってもパーフェクトなイメージです。逆に言えば、変則的な、予測不能な動きはあまりない。スタイルがわかりやすい部分はあるかもしれませんが、中谷は井上ほどのパンチを持った相手とは戦っていないですからね」

【勝負を分ける「距離」】

――中谷選手の前戦、スーパーバンタム級転向初戦のセバスチャン・エルナンデス戦の経験はどう生きてくるでしょうか?

「絶対にプラスに働くと思います。スーパーバンタム級の"洗礼"を受けながらも勝った。その経験を踏まえて、さまざまな改善をして井上戦に臨めるのは大きい。当然、エルナンデスと井上のスタイルはまったく違います。

詰め方も、距離の作り方も異なりますが、初戦とはまた違う戦いができるはずです」

――井上選手は直近の2試合、アラン・ピカソ、ムロジョン・アフマダリエフを判定で下していますが、特にアフマダリエフ戦はヒット&アウェイでの圧勝でしたね。

「実力者で、サウスポーのアフマダリエフを相手に、必要以上に踏み込まずに完璧に距離を作っていました。あれをやられると、相手は相当に難しい。ただ、アフマダリエフと中谷だと距離感に違いがありますから、同じようにできるかというと、まだ別だと思うんです」

――中谷選手のほうが長くなりますね?

井上尚弥:身長165cm、リーチ171cm

中谷潤人:身長173cm、リーチ173~176cm

アフマダリエフ:身長166cm、リーチ173センチ

※中谷のリーチについては本人がいる場で、弟でマネージャーの龍人さんに確認したところ「計測するたびに数値が違って173~176cmの間です」とのこと。

「アフマダリエフは、身長もリーチも井上とそれほど変わらない。一方で中谷選手は、身長とリーチがあって、先ほども言ったように、スタンスを広く取って頭を相手から離したところに置くと、より遠く感じるはず。一瞬の踏み込みと距離を詰める速さがある井上でも、中に入るのはそんなに簡単な作業ではないと思うんですよね。それでも仕掛けると思いますが、そこにはリスクも伴います」

――この試合の最大のポイントは?

「やはり距離ですね。瞬間瞬間で両者がベストなパンチを出していくでしょうけど、そのすべてのカギを握るのは距離です」

【予想される展開は?】

――中谷選手が、どう仕掛けるのかも気になります。

「そこですよね。中谷はバンタム級でも、基本的には距離を取りながら戦ってきました。ただ、西田凌佑戦(2025年6月)では、試合開始直後に前に出た。

サウスポー同士の試合で、あの入り方は意外でしたよね。

 井上陣営には『中谷は、ああいう入り方をしてくることもあり得る』ということが頭のなかに入りました。警戒するポイントが増えたこともありますけど、見たことで対策も練られる。中谷が前に出る戦い方を選んできたら、井上にとってはやりやすくなる部分もあると思います。中間距離や長い距離で見合っている展開のほうが、井上にとっては嫌だと思うんですよ。だから中谷がどう仕掛けてくるかが、この試合のポイントになると思います。また違うサプライズがあるかもしれないですけどね」

――井上選手はどう試合に入ってくると予想されますか?

「序盤は慎重にいくと思います。ただ、日本史上最大の決戦、東京ドームでの一戦ですから、どこかでヒートアップする瞬間はあるでしょう」

――井上選手は東京ドームで行なわれたルイス・ネリ戦では1ラウンドに、ラスベガスでのラモン・カルデナス戦では2ラウンドにダウンを喫するシーンがありました。

「両方とも大舞台。井上への期待が大きい空気感のなかで、若干のリスクを背負ってでも打ち負かしてやろう、という気持ちがあったと思うんですよね。それがダウンにつながった部分もあると思うので、当然そのへんを頭に入れて慎重に入ると思います」

――井上選手は「引き出しは自分が少し多い。ただ、引き出しをより使わなきゃいけないのも自分」と話していました。

「中谷のほうは、やることが比較的、明確だと思います。自分のほうが相手との距離を長く取れるし、体格差もある。基本となる戦い方が見えます。一方で井上は、いろいろな引き出しがあるぶん、状況に応じて何を出すか、逆に何を抑えるかを選択していかなきゃいけない。前回、前々回のように、"攻めすぎない"という微妙な加減を意識しなきゃいけない部分もある。井上が言っているのはそういうことでしょう」

――近い距離でも遠い距離でも、中谷選手は手数を出してくるでしょうね。

「長い距離で見合えば中谷選手のテンポで打ってくるし、近づけば近づいたで、ポンポン手数が飛んでくる。井上選手は1秒1秒判断していかなきゃいけませんから、それが疲労につながるかもしれませんね」

(後編:山中慎介が「井上尚弥vs中谷潤人」の勝敗を予想 "モンスター"が勝った場合の「もう1試合」の相手も考察した>>)

【プロフィール】

■山中慎介(やまなか・しんすけ)

1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年に第65代日本バンタム級王座、2011年に第29代WBC世界バンタム級王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の世界王座12度の防衛を果たし、2018年に引退。

現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。

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