錦織圭という奇跡【第40回】
内山靖崇の視点(4)

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◆内山靖崇の視点(1)>>「フォアハンドのスイングスピードが速すぎて......」
◆内山靖崇の視点(2)>>ダブルスを組んで「やっぱ、すごいなこの人」
◆内山靖崇の視点(3)>>「もらったメッセージは、悩んだ時に元気が出るおまじない」

「あれだけすごい人なのに、初めて会った頃とほとんど変わらない。こんなにすごい人が、なんでこんなに驕(おご)らずにいられるのかと、不思議に思うくらいです」

 錦織圭を少年時代から知る内山靖崇は、声に敬意と親しみを込めて言った。

 現在34歳の内山は、13歳の時に錦織の背を追うように、海を渡ってIMGアカデミーへと赴く。それから約20年の月日が流れ、互いに肩書きや世界での立ち位置も大きく変わった。

 それでもいまだ変わらないのは、錦織の素朴で飾らぬ佇(たたず)まいだという。

錦織圭の引退は「なんとなく感じていた」 内山靖崇が絞り出した...の画像はこちら >>
 IMGアカデミーでともに少年時代を過ごしたふたりだが、その後、両者の足跡が交錯することは意外なまでに少なかった。錦織が世界の最前線で活躍していた頃、内山のランキングはまだ200~300位台。内山がトップ100入りし、グランドスラムに出ていた頃は、今度は錦織がケガで戦線離脱が多くなった。

 そんな両者はここ数年、ATPチャレンジャーで顔を合わせる機会が増えたという。「ベテラン」と呼ばれるだけのキャリアを重ねたふたりの旅路は、再び上を目指す道程で重なったのだ。

「ここ数年、圭くんがケガからの復帰過程でATPチャレンジャーに出ていた時に、同じ大会だったことが何度かありました。

 チャレンジャーに出ていても、圭くんは見ている先が違うように感じました。やはり世界の4位まで行った人ですから、復帰して目指す場所もトップ10レベルになるわけですよね。

 だからおそらく、理想と現状のギャップは感じていたと思います。

それでも本当にすごいなと思うのは、どんな時でもやるべきことをコツコツと細かく、妥協なくずっとやっているんですね。

 苦しんでいるのは、正直、見ていて感じました。ただ、苦労や葛藤は、後輩の僕にはあんまり見せない。自分が大変な時でさえ、僕のことを気遣ってアドバイスをくれたり、一緒に練習したり、食事に誘ってくれたりするんです」

 試合や練習を終えて食事に行く時、ふたりはあまりテニスの話はしなかったという。ただそのなかで、内山の記憶に色濃く残ったのが、トーナメントのドロー表についての会話だった。

【その時、錦織がポツリと言った】

 錦織は大会中、ドローを見ないことで有名だ。勝利直後の会見では、次の対戦相手を知らないことも珍しくなかった。そんな錦織のポリシーが、内山には少し不思議だったという。

「なぜなら僕は、ドローを見るからなんです。自分が誰と当たるかも気になりますし、楽しいんですよね、自分だけではなく、ドロー全体を知るのが。『誰々とあの選手が1回戦で対戦するのか』とか、『あいつは勝ち上がりそうだな』とか考えながら見るんです。

 ただ、圭くんが言っていたのは、『ストレスになるから見ない』だったんですね。ドローは大会が開幕する数日前に出るのが一般的。

月曜スタートが多いので、土曜の夜などに出ることが多いんです。

 そうするとドローを見たら、土日や、場合によっては月曜も試合のことばかり考えてしまう。寝る前にも、相手のことをいろいろと考えてしまう。だからなるべく、自分にストレスをかけないようにしていると言うんです。

 それって裏返すと、普段それだけ多くのストレスを抱えている、ということですよね。あれだけの地位にいる人なので当然と言えば当然ですが、普段はそんな様子を本当に人に見せないんです。だからあの時は、本当はとてつもないストレスを抱えていたんだなと思いました」

 篤実(とくじつ)に語る内山は、「ストレスの話でいうと......」と、何かを思い出したように言葉を続けた。

「すごく覚えているのが、去年(2025年)1月のデビスカップ対イギリス戦。あの時は日本代表に欠場者が出たので、僕に緊急招集がかかり、急遽ヨーロッパから日本に帰ってチームに合流したんです。

 ただ、無理がたたったのか、体調を崩してしまった。そんななか、初日の第2試合で圭くんがイギリスのジェイコブ・ファーンリーに負けたんです。

 次の日の朝、チームは先に会場入りし、圭くんと僕は後発でした。

その出発の時、ホテルのエレベーターホールで圭くんと遭遇したんです。圭くんは前の日に負けているので、僕もなんて声をかけたらいいかわからず、しばらく沈黙が流れて。その時に圭くんが、ポツリと言ったんです。

『デ杯(デビスカップ)って、なんでこんなにプレッシャーがかかるんだろうね』......って」

【錦織は「お守り」みたいな存在】

 はっとした瞬間だったと、内山は言う。

「当時の圭くんはケガから復帰したばかりで、でもツアーでは結果を残していたので、みんながまたトップに戻っていく圭くんを想像していたと思うんです。その圭くんが負けたことで、チームもすごく動揺したし、それが本人にも伝わってしまったと思うんです。それでもチームのみんなといる時は、落ち込んでいるようには見えなかった。

 あのエレベーターホールでは僕とふたりだったので、一瞬、気が緩んでぽろっと本音が出たんでしょうね。それでも、会場に着いたら不安そうな様子はまったく見せず、すぐに西岡(良仁)とその日の試合についてディスカッションし、アドバイスを与えている。『この人、本当に強いんだな』って思いましたよね」

 このイギリス戦以降も、仮にケガなどで試合に出られずとも、添田豪監督は錦織を日本代表に招集してきた。「錦織選手の経験や持っている情報量、そして彼の存在そのものがチームに大きな安心感を与えてくれるから」と。

 その添田監督の判断を、内山は「やっぱり圭くんを呼びたくなりますよね」と支持した。

 「もちろんスポーツは勝敗がはっきり出るので、結果論で意見や批判が出てくるのは当然だとは思います。

ただ......こういうことを言うと、ちょっとコーチとかに失礼かもしれないですけど......」

 やや言いよどみつつも、内山は自らの言葉を継いだ。

「デ杯ではルール上、選手がコートサイドから具体的なアドバイスをするのはNGなんです。それでもやっぱり試合中に、圭くんの『ナイス、ナイス!』とか、『もっと積極的に』という声は、すごくよく聞こえるんですよ。

 選手たちが日本チームとして勇敢に戦っていくうえで、錦織圭は、とてつもない武器のひとつなんです。いてくれるだけで心強くなれるというか、なんか『お守り』みたいな存在なんです」

【圭くんに頼りすぎてしまった】

 2026年5月1日──。錦織圭の引退表明を、内山は通常のニュースで知った。

「こういうことを、わざわざ後輩には言わないのかな。ほかの選手はどうだったかわかりませんが、僕はネットニュースで知りました。でもそんな雰囲気は、なんとなく感じてもいましたし。

 引退のニュースを見て本人に連絡を入れたら、すぐに返事がきました。『今年に入ってから、やっぱり練習やトレーニングに向き合うモチベーションの低下を感じて、それが急に来た』ということとか。

 僕はひたすら、感謝を伝えました。

今まで、本当に多くを与えてもらってきたことに対して。

 圭くんはとにかく努力の人で、その努力を周囲に見せない人だったと思います。苦しさも人にあまり見せないぶん、いろんな思いを内に秘めているのは感じていました。

 だからこそ、圭くんが発する言葉の一つひとつが大きかった。成績だけではなく、テニスへの取り組み方など、背中でたくさん見せてもらった。

 だから本当に、感謝しかないです。テニス界や、僕を含めたいろんな人に残してくれたものは、本当に大きすぎるので」

 思いの丈を語る彼は、ふと表情を緩めて続けた。

「それだけ感謝がある一方で、今まで圭くんに頼りすぎてしまったかなと思います。なので、終わったらいろんなものから解放されてほしいなって。重荷を降ろして、ラクになってもらいたいなと思います」

(つづく)

◆添田豪の視点(1)>>


【profile】
内山靖崇(うちやま・やすたか)
1992年8月5日生まれ、北海道札幌市出身。ジュニア時代から頭角を現し、2011年にプロ転向。単複双方で世界を転戦し、デビスカップ(国別対抗戦)では主にダブルスで日本チームの勝利に貢献してきた。

2019年のブリスベン国際やジャパンオープンではシングルスでベスト8入りを果たし、同年11月に自己最高ATPランキング78位を記録。2021年に故郷・札幌で「UCHIYAMA CUP」を立ち上げるなど、テニス界の発展にも尽力している。現在も現役選手としてツアーを転戦中。ATPチャレンジャー・シングルス通算7勝。身長183cm。

内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

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