そんなわずかな隙さえ突いてくるのか──。神奈川県大会準々決勝の横浜対市ヶ尾の試合を見ながら、横浜のあるプレーに目を奪われた。

 6回裏二死二塁から、2番・小林大雅がレフト前にヒットを放った。二塁走者が本塁を狙うなか、市ヶ尾の左翼手・溝口隆太は本塁へ送球し補殺を狙ったが、三塁手の恩賀龍之介が送球をカット。本塁で走者を刺すのをあきらめ、打者走者を刺そうと二塁へ転送した。しかし、小林はすでに二塁へ到達していた。

 最速157キロを誇る織田翔希の存在によって優勝候補に挙げられる横浜だが、見逃してはならない強みがある。それが"走力"の高さだ。

 ただし、ここで言う"走力"とは、単に盗塁の多さを指すわけではない。相手守備のわずかな隙を見逃さず、次の塁を奪う走塁技術と判断力である。

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【横浜に染みついた"一打二走"】

 この夏の甲子園でも、その意識は随所に表れている。2回戦の日南学園(宮崎)戦で目を奪われたのは、6回表一死一塁の場面だった。5番・江坂佳史がライトへ飛球を放つと、右翼手が落球。一塁走者の川上慧はすかさず二塁を蹴り、三塁へ向かった。日南学園の守備陣が慌てて三塁へ送球すると、今度は打者走者の江坂が二塁を陥れた。

 紙一重のところで江坂はアウトになったが、判定が出るまでの一瞬の隙を突き、川上は本塁へと走り出した。結果、川上もアウトになったが、横浜が目指す野球が凝縮されていたように思う。

 普通のチームなら、右翼手が落球した時点で一死一、二塁にとどまっていても不思議ではない。だが、横浜はそこから一死二、三塁をつくろうとし、さらにその先の1点まで奪おうとした。

 結果だけを見れば、ふたつの走塁はいずれも失敗に終わった。だが、相手にわずかな隙があれば次の塁を狙い、さらに得点の可能性まで探る。その意識の高さは普通ではない。

 はたして、走塁の意識はどこまでチームに浸透しているのだろうか。川上は言う。

「体が勝手に動いたので、狙いました。(二塁の)審判の方がタッチの確認に気を取られているなと思ったので行ったんですけど、ちょっとダメでした。あれは暴走だったと思います。

監督からは『切り替えていけ』と言われただけでしたが、冷静な判断も必要ですね。

 走塁に関して、監督から言われているのは"一打二走"です。ひとつの打球でふたつ先の塁まで進むことを意識しています。千島(大翼)さんや小野(舜友)さんは、相手の隙を見つけて次の塁を狙うのがうまい。そういう走塁はチーム全体で意識して取り組んでいます」

【打ってから走るでは遅い】

 これ以外にも、川上はレベルの高い走塁を見せている。2回表、二塁走者だった川上は、6番・田島陽翔のレフトフライでタッチアップし、三塁を陥れた。決して当たり前にできる走塁ではない。この場面でも、川上の的確な打球判断が光った。

 川上が続ける。

「相手のレフトの肩がそれほど強くないことは把握していたので、ああいう打球ならタッチアップできるかなと思いました。走塁練習は、甲子園に来てから3、4回やりましたし、二塁から一気に本塁へ生還する走塁など、すごくこだわっています。そこはどこの高校にも負けないと思います」

 最終的な判断は走者に委ねられているが、その土台となる基本姿勢は徹底して叩き込まれている。村田浩明監督によれば、二塁走者のスタートやコーナリングなど、基本的な走塁技術を身につけるのは大前提。

そのうえで、練習や試合を通じて、とにかく意識づけを繰り返す。

 ただ、横浜の走塁レベルが高い理由は、それだけではない。村田監督が「それだけではナンセンス」と語る、もう一段上の判断力を選手たちに求めているからだ。

 村田監督はこう語る。

「たとえば二塁走者が、ヒット1本で本塁を狙う場面で、『打ってから走る』というのはナンセンスだと言っています。打つ前に、キャッチャーがどこに構えているのかを見る。インコースなら打球が内側に入ってくることが多いので、球の高さを見てスタートを切ることもできる。打球が飛んでから判断するのではなく、事前に予測して、インパクトの前から走り出す。それくらいの意識が大事だと伝えています」

 こうした判断力について、村田監督は「訓練して鍛えるしかない」と話すが、高いレベルの走塁を身につけるためには、失敗を避けるのではなく、失敗も成長の過程として受け入れることが重要だという。

「失敗すると思うし、失敗していかなきゃいけない。今日の(日南学園戦での)失敗というのは、とてつもなく大きなものです。完璧なんて絶対にないので、その失敗をどう糧にして、また成長し、強くなれるかというところです」

 成功だけを求めるのではなく、失敗から学びながら判断力を磨いていく。

その日々の積み重ねによって、横浜の走塁は鍛え上げられている。

【逆転を生んだ一瞬の判断】

 3回戦の霞ケ浦(茨城)戦でも、1点を追う6回表に横浜らしい好走塁が生まれた。二死満塁から9番・千島がライト前へ弾き返し、2者が生還。ここで目を引いたのが、二塁走者・田島陽翔の走塁だった。

 田島は、千島のバットがボールをとらえるのとほぼ同時にスタートを切っていた。まさに村田監督が語った「インパクトの前から走る」を体現する走塁で、悠々と本塁へ生還。田島の生還が逆転の得点となっただけに、その価値は高い。

 田島はこの走塁について、次のように語った。

「2アウトで2ストライクでした。打ったのはたぶんフォークだったと思うんですけど、ピッチャーが投げた瞬間、千島さんが沈んで打ちにいくのが見えたので、『バットに当たる』と思ってスタートを切りました。インパクト前にスタートを切ったわけではないと思うんですけど、頭のなかではそれくらい早く判断していました。0.1秒でも早くスタートを切ろうと。

 野球では、2アウト2ストライクでストライクゾーンに来たらスタートを切るという基本があります。

当たり前のことをどこまで極められるかということをやってきたので、それがあの走塁に出たのかなと思います」

 横浜の走塁には迷いがない。それは、数多くの練習や試合経験を重ねるなかで、判断の基準が徹底して叩き込まれてきたからだ。川上が「体が勝手に動いた」と語ったのは、じつに興味深い。横浜が追求してきた走塁の意識が選手たちの体に染みつき、試合のなかで自然とプレーに表れているのだろう。

 頭で考えてから動くのではない。相手のわずかな隙を感じ取った瞬間、感覚的に「いける」と判断して体が動く。その一瞬の反応の速さが、相手をわずかに上回り、次の塁を奪うことにつながっている。

【村田監督が求める究極の領域】

 ただ、横浜が追求する走塁は、ここで終わらない。村田監督には、選手たちにもうひとつ求めていることがある。それは、いわば走塁における「究極」の領域とも言えるものだ。

「0アウト、1アウトの野球と2アウトの野球では、全然違うじゃないですか。2アウトなら、走者は何も考えずにスタートを切れる。

でも、そこじゃなくて、0アウト、1アウトでも、2アウトでできる感覚の走塁をしてほしいんです。なるべく2アウトの走塁に近づける。そういう意識は持ってほしいですね」

 走塁に満足はない、というのが村田監督の考えだ。だからこそ、どこまでも突き詰め、究極の走塁を追求しようとする姿勢が今の横浜にはある。

 かつての横浜には、打席に立つだけで相手に威圧感を与えるような強打者が揃っていた。今年のチームに、そこまで圧倒的な力強さがあるわけではない。だが、走塁に目を向ければ話は別だ。これほどまでに次の塁を貪欲に狙い、相手のわずかな隙を得点へとつなげようとする横浜を、これまで見た記憶がない。

 準々決勝の相手は花巻東(岩手)。同じように走力に自信を持つチームだ。村田監督は「走塁がうまい選手は守備もうまい」と語り、走塁と守備は表裏一体だと考えている。

 横浜・織田と花巻東の強打者・古城大翔や赤間史弥らの対決に注目が集まりそうな一戦だが、どちらが相手のわずかな隙を先に見つけ、次の塁を奪うのか。そして、どちらがその隙を与えずに守り抜くのか。わずか0.1秒をめぐる攻防が、勝敗を分けることになるかもしれない。

氏原英明●文 text by Hideaki Ujihara

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