【イランとの決勝で見せた無双状態】

 上がれば打つ。そして、打てば決まる。

 10月4日、男子バレーのアジア大会の決勝で大塚達宣が"無双"した。

2セットを失い、1-2で迎えた第4セット終盤だった。

【男子バレー】大塚達宣はアジア大会のハードな日程を「求めてい...の画像はこちら >>

 16-21と5点のリードを追う状況で、サーブ順が大塚に巡ってきた。

「最後の最後、(決勝の)2セット目ぐらいになって、やっとこの会場の照明に慣れてきた。準々決勝の時は疲労もあったし、試合中もずっと目がチカチカしていたぐらい、なかなかフィットできなかった。決勝はサーブの感覚もよかったし、照明の問題も解消されたので『これはいける』と思った。迷わずに打ちました」

 コート中央からゾーン1方向(後方右)へ放ったサーブを相手選手が弾き、サービスエース。17-21と点差を縮める。続いて放ったサーブもイランの守備を崩し、チャンスボールからの攻撃を自らバックアタックで決めて18-21。さらに西川馨太郎のブロックで19-21と追い上げた。

 そのあとはイランも得点を重ね、21-24、マッチポイントを握られたが、途中出場の新井雄大が決めて22-24、新井に代わって再びコートへ戻った甲斐優斗のサーブで崩したところを大塚が続けて決め24-24と、最大6点差から土壇場で同点に追いついた。

 相手ブロックは常に2枚、3枚とそろう。それでも大塚に上げ続けた、セッターの河東祐大に迷いはなかった。

「ネーションズリーグからアジア選手権、タフなスケジュールのなかで試合に出続けて、最後までいいパフォーマンスを出していたので、たとえシャットされたとしても『ここは絶対に大塚へ持っていく』と。2枚ブロックもきていましたけど、そこで止められるような選手ではないので。あれだけ点差が離れても最後まで本当にいい形で日本のバレーができた。すごい後輩だな、と思います」

【試合に多く出たことで得たもの】

 結果的に、最後は大塚のスパイクがサイドラインを割り、チャレンジの末に24-26で敗れた。だが、点差が離れても諦めずに攻め続ける。エースとしてチームを勝利に導くべく、最後まで戦い続けた姿に、満員の観客からは拍手が沸き起こる。

 何より、大塚自身も敗れた悔しさとはまた違う、別の感情を抱いていた。

「河東(祐大)選手も、イランのブロックがくるとわかっていても僕に上げてくれた。ひとりの選手としてありがたいことでしたし、これだけ託してもらえることは代表ではなかなかないこと。それが一番面白かったです」

 ロサンゼルス五輪の出場権を獲得したアジア選手権を終えた直後に、アジア大会へ臨むチームに合流。大会前には岩手での合宿、親善試合に出場し、本番が始まれば7日間で6試合を戦うハードスケジュールだ。

 大変なのは言うまでもないが、大塚には「それも求めていたこと」と笑顔で臨む理由があった。

「この夏は試合で長くコートに立つ経験がなかったので、焦りのほうが強かったんです。

(アジア大会が)終わればすぐにイタリアリーグが始まる。去年はずっと試合に出続けて、日本に帰ってきたけれど代表ではなかなか出られず、また(イタリアに)戻ったら土台を作るところから始めないといけない。大会の日程がハードなのは間違いないですけど、試合に出る経験を重ねて、自信をつけてまたイタリアでのシーズンに入りたい、という気持ちのほうが強かったです」

 クラブシーズンも代表シーズンも分けることなく、大塚は常に「自分のバレーボールをやり続けるだけ」と口にしてきた。その時々、それぞれの場所で求められることがあるならば、100%の力を尽くすだけ。アジア選手権ではリリーフサーバーとして出場した直後にサービスエースを取り、限られた出場機会の中でも大事な1点を逃さなかった。

 ゲームチェンジャーとしての役目も果たしたが、スタメン出場を重ねたアジア大会では、スパイクやサーブでより多くの得点を取り、レシーブ面でもチームに貢献。苦しい場面ではコート内で率先して声をかける。その姿勢を、ロラン・ティリ監督も大塚の名を挙げ「本当に大切な存在になってくれたし、リーダーシップも学んだ」と称賛した。

【充実の大会で得た自信】

 ロス五輪の出場権を手にし、これからは日本代表12名の枠を争う熾烈な戦いの始まりでもある。大塚にとって大きなアピールの場となったのは事実で、「長い時間コートに立てて示せたものがたくさんあった」と手応えを語る一方、もっと広い視野で得た収穫も口にする。

「夜の試合が続いて、疲労もたまっていたせいか、あまりよく寝られない日も多くて(準々決勝の)カタール戦は目がチカチカして、グルグル回っているような感じで体調もあまりよくなかったんです。でも、その時に代わって入った後藤(陸翔)選手がすごく活躍して、コートを盛り上げて、クオリティの高いプレーを出していた。

新井(雄大)さんも同じで、出番は少しでしたけど、同じポジションの選手が決めるべきところで決めている姿を見るとすごくうれしい。

 出られない選手が、どれだけ『出たい』と思っているかは、僕もよくわかるので。年齢や立場に関係なくみんなで話し合いながら、誰かに頼る、任せるんじゃなくひとつのチームとして戦えた。ハードではありましたけど、いい(代表)シーズンの締めくくりになりました」

 決勝の翌日は大会の最終日。ソフトボールやビーチバレー、セパタクローやレスリングなど同日にメダルを獲得した選手たちとともに男子バレー日本代表チームもメダリストセレブレーション、閉会式にも参加した。だが、その場に大塚の姿はない。10月18日から始まるミラノでのクラブシーズンに向け、決勝翌日の5日には機上の人となったからだ。

 実に慌ただしいスケジュールではあったが、銀メダルと、「いいシーズンだった」という手応えと自信を得た。何より、決勝で対峙したイラン代表のロベルト・ピアッツア監督は、ミラノで2シーズンを一緒に戦った間柄。いわば、イタリアでの師でもある。

「もっといろいろやってくると思ったんですよ。僕のことを全部知っている人ですから。

そこをなんとかこじ開けてやろうと思っていたんですけど(笑)、そこまでじゃなかった。でも、試合中に何度も目が合って、僕が決めると『やりやがったな』という顔で見てきたかと思えば、ブロックされたら『止めてやったぜ』という顔をしてきたり(笑)。決勝という大一番でも、そんなふうにコートに立つことを楽しみながら戦うことができたのもうれしかったし、楽しかったです」

 ミラノで迎える3シーズン目は、ロス五輪にもつながる新たなアピールと成長の場でもある。きっとまた、アジア大会で見せたような逞しい姿を、さまざまな試合で見せ、さらなる自信をつけて日本に戻ってくるはずだ。

 長い戦いが終われば、また新たな戦いが始まる。

 常に100%、求められるべき役割を果たし続けた先に、目指す頂がある。

田中夕子●取材・文 text by Yuko Tanaka

編集部おすすめ